第6話 土曜日「ゆるキャラ」
妻が同窓会に出かけることになったので、小学生の息子と1日過ごすことになった。
夕飯までには帰ってくるとのことだが、せっかくの休みなんだからどこかに連れて行って欲しいと言われたので、近くのショッピングモールに来人を連れて行くことにした。
地方都市のショッピングモールはもはやアミューズメントパークだ。
さまざまなショップがあり、レストラン、フードコート、ゲームコーナー、映画館、場所によってはフットサル場、小さな遊園地まである。
とりあえず、ここに連れて来たら小学生の息子なら半日は飽きさせずに過ごせることは簡単だ。
午前11時、ショッピングモールに着いた僕らは、まずは館内マップをみてどこに行こうか相談した。
「どうする来人?まずなに見る?」
「オモチャ!!!」
「まてまてまて笑。オモチャは最後のお楽しみしよう。今日はカード3パック買ってあげるからさ」
「えーーー、うーーーん・・・・・じゃあ、ゲームコーナー」
「おっと・・・そうな・・・あっ!!!来人。スニーカー小さくなったって言ってなかったけ?先に靴買いに行こう」
「えーーーーわかった・・・・」
いきなりオモチャを買って、ゲームコーナーになんて行ってしまったら夕方どころか、昼食前にすべてのイベントが終わってしまう、多少の時間稼ぎは必要だ。
まず、靴屋にいってスニーカーを買って、フードコートで食事をして、ゲームコーナーで遊んで、最後にオモチャコーナーに行って最近ハマっているカードゲームのカードを買って帰ろう。それでも少し時間が余りそうだな。
面白そうな映画でもやっていないかなぁ・・・・
僕と来人はまず靴屋に行ってスニーカーを買うことにした。
親としては安くて、見た目もそんなにダサくない普通のスポーツブランドの物を買いたいところだが、小学生男子のセンスだ。『瞬足』のような、そう、ミニ四駆みたいなゴテゴテとしたメカっぽい靴を欲しがる。
まあ・・・大人になってそう思うだけであって、自分も小学生の頃はいかにも子供の好きそうな、男の子心をくすぐるものは好きだった。
来人もまだ小1、もちろんそういうデザインが好きだが、妻がダサい!といって頑なに買い与えてこなかった。
妻の気持ちもわかるし、来人の気持ちもわかるが、ここでミニ四駆シューズを買って帰った日には妻に怒られるのは目に見えている。
なんとか上手く誘導してスポーツブランドのスニーカーを買って帰ろう。
「ねえパパ!!!」
来人が何かを見つけて僕のことを腕を引っ張った。
「なに?いいのあった?」
「みてみて!!!これかっこいい!!!」
来人が指をさした先にあった物は・・・・
おお・・・・笑
コッテコテのミニ四駆シューズ、マットブラックのベースにシルバーのライン、ところどころに蛍光色のワンポイント。まあ・・・小学生男子にはドンズバなセンスだな・・・・
「ねえねえ、これ買ってよ!!これがいい!!!」
「おっおおう・・・これな・・・」
「ブラッククロウみたいでかっこいい!!!」
「ブラッククロウ?」
「え?パパ、ブラッククロウ知らないの?」
「え?なんだっけ?TVでやってるやつか?」
「違うよ!!烏丸くんが変身するんじゃん!!!」
「烏丸くん?ああ・・・あのゆるキャラの?」
烏丸(からすまる)くん、この街の公認ゆるキャラだ。
名前の通りカラスのゆるキャラ。
お世辞でもかわいいとはいえない、あほヅラのキャラだ。
ブラッククロウ・・・ああ・・・なんかご当地ヒーローみたいなもいたような気がするな、ただ・・・カラスをモチーフにしていているせいか、ヒーローというかどちらかと言うと悪役のようなキャラだったような気がする。
ああ、たしかにソレに似ているかもな・・・・
「あっ!!来人。もうこんな時間だ!!!ご飯食べに行こう」
「えーなんで、これがいいよ〜」
「まあまあ、あとで買ってあげるから、ご飯行こう」
流石にこのミニ四駆シューズを買って帰ったら妻にどやされてしまうだろう。
とりあえずごまかしてご飯を食べよう。
来人を連れてフードコートに向かった。
久々の外食、うまいもんでも食いたいが、まあここは来人の食べたい物を優先だ。
「来人、なに食べたい?」
「うーーーーーん、ラーメン!!」
「おっ!!いいねーじゃあラーメンにしよう」
本当はコッテコテ家系ラーメン専門店のラーメンなんかを食べたいが、フードコートのラーメンは及第点、上手くも不味くもないファミレスのハンバーグよりはよっぽどマシだ。
来人とラーメンを食いながら話をしていた。
「あのねー、あのゲームさ、隠しキャラいるみたいなんだけどさ、それがめっちゃチートでさー」
「チート??」
「え?ゲームバランスぶっこわすくらいの強キャラのことだよ〜」
「へ〜・・・・・」
「でも、そのキャラにめっちゃ強いのがさ、最弱っていわれてたキャラでさ〜、まじ対戦のキャラ選びがむずいんだよね」
「へ〜・・・・・・」
あれ?俺の知らないところで来人は成長しているのかな?なかなか意味がわからないぞ・・・
ラーメンが食べ終わりそうな時、フードコートの真ん中のステージになにやら人が集まってきた。
『は〜い、みなさんこんにちは〜』
お姉さんでいいよな、お姉さんがステージの上で子供たちに呼びかけていた。
なにやらイベントが始まるようだ。
食器のトレイにチラシが敷いてあった。
『烏丸くんふれあいイベント&ブラッククロウショー』
「おっ来人、烏丸くんとブラッククロウが来るみたいだぞ!」
「え?ほんと!!!みたいみたい!!」
チーターとか俺にはよくわからないちんぷんかんぷんなワードを操る今時の小学生かと思ったが、ゆるキャラとご当地キャラのイベントに喜ぶ小学生らしい小学生だったようだ。
しばらくすると、出来のわるいブサイクなあほヅラの着ぐるみがステージに上がってきた。
「わあ!烏丸くんだ!!!パパいこうよ!!」
「わかったわかった、パパ食器を片付けるから先行ってていいぞ」
俺がトレーを返却しに向かう瞬間に、来人は他の子供たちと同じ様にステージのブサイクなゆるキャラに駆け寄った。
ステージ上のブサイクなキャラは子供たちにもみくちゃにされていた。
「あはは、あのゆるキャラのどこがいいんだか笑」
トレーと食器を返却し、俺もステージに向かった。
『烏丸くんふれあいイベント』は小学生にぴったりな物だった。
烏丸くんと一緒に『烏丸音頭』を踊ったり、じゃんけん大会、そして最後は写真撮影会。
来人はすごく楽しそうだった。
「パパ、烏丸くんと写真撮りたい!!」
「おお、いいよ〜、結構並んでるけど大丈夫か?待てるか?」
「うん!大丈夫!烏丸くんと写真とってみんなに自慢する!!」
大人っぽいんだか、子供っぽいんだかよくわからないが、来人がそこまで気に入っている理由が気になって聞いてみることにした。
「なあ、来人。なんでそんなに烏丸くんが好きなの?」
「え?なんでって・・・・」
来人は少し考えて話し出した。
「烏丸くんってね、八咫烏なんだよ」
「え????やたがらす???」
「うん、そうだよ。神様の使いのすごいカラスなんだけど、3本足なの。ただでさえカラスって悪い鳥でみんなに嫌われてるんだけど、烏丸くんは3本足のカラスで、ほかのカラスからもいじめられているんだよ」
なんだ・・・あのあほヅラのゆるキャラにそんな深い設定があったのか・・・・
「でもね、烏丸くんはすごくやさしいの。どんなにいじめられたりしても、わらってゆるすんだよ。『まあまあ、どうでもいいカラス』っていつもわらっているんだよ」
・・・・よくわからない設定だが、だからあんなあほヅラしてんのかな・・・
「それでね・・・本当に悪いことをする人がいたら、烏丸くんも怒るんだ。そして、ブラッククロウに変身して悪いヤツラをやっつけるんだ」
なるほどね・・・そういう設定なのか・・・・
役所の人たちも地域を盛り上げようと大変だなぁ、いろいろな設定を考えているんだな。
「あっパパ次だよ!!」
ステージに上がり、烏丸くんと写真を何枚か撮影してもらった。
来人はご機嫌だった。
この後15分後にこのステージでブラッククロウのヒーローショーが行われるようだった。
「来人、どうする?ヒーローショーみて行く?」
「うん!!!ブラッククロウ見たい!!!」
「わかった、じゃあブラッククロウみてからオモチャ買いにいこうか」
「うん!!」
ライトにジュースを買い、フードコートの席を確保してヒーローショーに備えた。
ふう・・・・タバコが吸いたくなった。すぐ近くに喫煙所があることはさっき確認しておいたので、ライトにタバコ吸ってくると伝え喫煙所に向かった。
四方3メートルほどのガラス張りの喫煙所に、思わぬ人?がいた・・・・
烏丸くんの着ぐるみだった。
烏丸くんの着ぐるみは、器用に着ぐるみを着たままタバコを吸っていた、子供の前で着ぐるみを脱ぐわけにはいかないだろうが・・・着ぐるみを着たままタバコを吸うよりは、着ぐるみを全部脱いだほうが良いんじゃないか?と思ったが、まあ、忙しいんだろう。
びっくりはしたが、何事もないフリをして烏丸くんの隣でタバコに火をつけた。
「・・・・さっき写真とってくれたにいちゃんやな?」
烏丸くんが話しかけてきた、怪しげな関西弁で。というか、この声おっさんやん!!!烏丸くんの中の人の声は明らかにおっさんだった。あかん!!こんなん来人には絶対知らせたらあかん!!!
「あ・・・はい・・・・」
「なにやっとんねん!ガキほったらかしにして、なにタバコふかしとんねん!!」
俺は関東生まれの関東育ちなので、烏丸くんの関西弁は正しいかよくわからないが・・・あきらかに・・・あやしい関西弁だった・・
「あ・・そこに。見えるとこにいるんで・・・」
「・・・そうか・・ならまあええか・・つうか、かみさんどうしたんや?」
「ああ、同窓会に行ってて・・・」
「おおそうか、ごくろうさん。おつかれさまやなぁ」
「いやいや・・・そちらこそ大変ですよね。子供の前じゃ着ぐるみ脱げませんもんね・・・でも・・そのままの格好でタバコ吸うのもどうかと思いますけど笑」
「脱ぐ?なにいうとんねん。」
「え?」
「なにを脱ぐって話や」
「え?いや・・・着ぐるみ・・・・」
「あはは、にいちゃんも着ぐるみ思うてんか?子供たちといっしょやな」
「はい?」
「この姿はほんもんや、。わしらはこの街の子供を楽しませて、この街の平和を守るために生まれたんけん。脱ぐもなにもあらへんで」
嘘くさい関西弁と九州弁も混ざり始めた・・・まあ、キャラを演じるためにいろいろやっているんだな・・・たかがゆるキャラの着ぐるみなのに・・・
そのプロ意識に尊敬しつつ、俺にはこんなことはできないなと思ってしまった。
「まあ、わしらは、この街の子供を笑わせて、平和を守るためにつくられたものじゃけんのお、なんの疑問ももってないけどな、でもにいちゃんはちゃうで」
「え?」
「あのな・・・」
烏丸くんが何かを言おうとした時、フードコートのステージにどよめきが起こっていた。
缶チューハイを手に持った若者3人ががステージに上がり、セットを蹴りたおし、なにやら叫んでいた。
「あははは、なにがヒーローショーだよ」
「そんなもんいたら世話ないわ」
「おいガキども、こんな嘘信じたらロクな大人にならないぞ笑」
スタッフが若者たちを制止しようと駆け寄ったが、若者たちはスタッフたちを殴り倒し、フードコートに悲鳴が響いた。
「ヒーローはどこにいるのかなぁ笑」
若者たちは悪びれずにステージの上で暴れていた。
「やれやれ・・・・」
烏丸くんは、タバコを灰皿に捨て、ステージに向って歩き出した。
「あの子らも小さい頃はええ子やったはずなんやけどなぁ・・・」
「なあ、にいちゃん」
烏丸くんはそう言いながら振り向いて俺に話しかけた。
「わいは、この街の子供を笑わせて、この街も子供を守るヒーローや、でもな、あのガキなんつったっけな、ライトやったっけ?あの子を笑わせるのも、あの子を守ってやんのも、にいちゃんやで。タバコなんかふかしとらんで、しっかりせなあかんで。」
ステージに向かって歩き出し、首を左右に2回ほど振り、コキコキと音を鳴らすと、烏丸くんの体がどんどん変化していった。
1.5等身の体がどんどん筋肉隆々の姿に変わり、その筋肉の筋を沿うように、シルバーのラインが現れてきた、筋肉の隙間・・・肉体の隙間から見える細胞?繊維は蛍光色に輝いていた。
「ブラッククロウ・・・・・」
烏丸くんはブラッククロウに変身した。
ステージに上がったブラッククロウは瞬殺、そう、瞬きをするするかしないかの間に酔っ払いの若者たちを打ちのめしていた。
『みんな〜ブラッククロウが悪者をやっつけてくれたよ〜』
いかにも演出だったと思わせるかのように、お姉さんが機転をきかせてマイクで大きな声で叫んだ。が、実際は大混乱だった、警察が駆けつけ、若者たちは連行された、ヒーローショーのスタートは30分ほど遅れた。
それでもヒーローショーは行われ、来人とヒーローショーを観た。
「やべえ・・・やっぱ、ブラッククロウ超かっけぇ・・・・」
アクシデントもヒーローショーの演出だと思った来人は感動していた。
演出・・じゃないな・・・
大人には陳腐に感じるショーで来人を楽しませて、アクシデントを何事もなく解決して来人を守って・・・
ヒーローか・・・・・
「あっ!来人、もうこんな時間だ、オモチャ売り場行くか」
「おもちゃいらない!」
「え?」
「あの靴買って、パパ!!」
「ああ・・・あの靴か」
「うん!!」
俺たちはおもちゃは買わずに、靴屋でミニ四駆テイストなブラッククロウみたいスニーカーを買って家に帰った。
同窓会から帰ったきた妻にはもちろん『なんでこんなダサい靴買って買ったの!!』とどやされた。
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