第4話 木曜日「パドック」
平日の競馬場。
競馬といえば週末。そんなイメージがあるだろう。
JRA。日本中央競馬会の開催は週末だ。
TV番組や爽やかなタレントが出ているCMが流れ、クリーンなイメージがある。
GIの開催も週末が多い。
JRA、週末の競馬のイメージはだいぶ良くなっているだろう。
しかし、平日の競馬。
地方競馬のイメージは決して良くないだろう。
というか、多くの人が平日に競馬が開催されていることなんて知らないだろう。
そして、平日の地方競馬をやっているやつなんて、わざわざ競馬場にまでくるやつなんてよっぽどの競馬好きか、もしくはギャンブル好きだ。
俺は後者だ。
人生っていうのは不思議なもんだ。
これでも途中までは上手くいっていた。
一流大学を卒業して、一流企業に入社。
そこそこ、いや・・・自分でいうのもなんだが一般的には上流といわれるくらいの収入はあった。
結婚もして、子供もでき、なんの問題も人生を歩んでいた。
なんの問題もない、幸せな家庭を気づいていたと思っていた。
妻が浮気をした。
すぐに離婚調停になった。
妻の浮気が原因なんだから、親権、慰謝料なんかはもちろん俺に有利な判決が下ると思っていた。
世の中は理不尽だった。
妻の浮気の原因を作ったのは、俺とのセックスレス、仕事を中心にした生活が原因だということだった。
俺の準備が足りなかった。
妻の浮気の証拠は曖昧で、妻のほうは弁護士と入念な打ち合わせをして裁判に望んできた。
結果は・・・・親権をうばわれ、慰謝料を払うことになった。
なんだかどうでも良くなってしまった。
俺は会社を早期退職し、退職金をもらって、日雇いのバイトをしながら、生活をしてる。
ギャンブルは離婚してから始めた。
パチンコ、競馬、競輪、競艇、オートレース。
競馬が一番面白かった。
馬の血統、適正距離、騎手、前レース前々レースの結果など、分析すれば結果がついてくる・・・ってことはなかったが、分析をするのが楽しかった。
自分が分析したデータが当たった時の快感は今までの人生の中で一番のものだった。
週末の中央競馬に飽き足らず、いつの間にか、平日開催の地方競馬にも顔を出すようになった。
今日は調子が悪い・・・・
残り3レース、マイナス5000円・・・・
残りのレースでなんとかプラスに戻したいもんだ・・・・
次のレースのためにパドックをみていた。
パドック・・・・なんて説明すればよいんだろうか・・・
ボクシングで言うと前日の軽量?コンディションの披露会?
レース前の馬の状況を確認できるものだ。
初めは見た時は全く意味がわからなかった。
ただ馬が歩いているだけ、お散歩しているようにしか見えなかった。
しかし、何度も見ていくうちに少しづつ見方がかわってきた。
馬の毛並み、歩き方・・・最近だと目の輝きに差があるのがわかってきた。
1番人気馬の調子が悪そうなのを感じて、調子が良さそうな馬に掛けて万馬券をとった時にはアドレナリンが出まくった。
とはいえ、俺の目が正しければ、今日のマイナス5000円もありえないし、とっくに億万長者になってるはずだ。
パドックで馬を見ていると隣に若い男がブツブツつぶやいていた。
大学生くらいか?
競馬新聞を持っているが、なんだこいつは、意味のわからない数字を沢山書き込んでいた。
「兄ちゃん、競馬初めてか?」
「え?あ・・・そうですね・・」
「それな、競馬新聞。見方わかるか?」
「え・・まあ・・・はい・・・」
「そのよ、○とか△とか◎とか・・まあ人気順だな」
「ええ・・・わかります」
「まあ、パドックにきてるってことはあれか。データだけじゃ信じられないってか?」
「まあ・・・そうですね・・・・」
「兄ちゃんいいね、見込みあるよ。やっぱな馬も生き物よ。血統やデータだけじゃわからんもんよ」
「・・・・そうですね・・・わかります」
「兄ちゃん、大学生か?」
「え?はい」
「そのなんだ・・・いっぱい色々書き込んでのは?」
「あ〜、僕なりに・・・・分析というか、思ったことを書き殴ってる感じですね。」
「ふ〜ん、で?予想は?」
「え〜と・・・・そうですね。。一着は4番、二着は12番、三着は6番・・・」
「あはは!!そりゃさすがにねえな笑。それじゃあ、おめえ・・・いくつだ・・・70倍だぞ笑」
「そうですか・・・うーん、やっぱ上手くいってないのかなぁ・・・・」
大学生っぽい男は小さな声で呟いていた。
「まあ、このレースは硬く2−3かな・・・まああっても・・おっそうだな、4番はあるかもなぁ・・・」
「そうですか・・・」
「兄ちゃんところで・・・それ、順位全部予想してんのか?」
「え?・・・はい、そうですね・・・」
「あはははは、兄ちゃんそんなの意味ねえよ、競馬ってな一着二着、まあ三着まで当てるギャンブルなんだよ。」
「はい・・知っているんですけどね・・・ちょっとやってみたいなぁ・・・って」
「兄ちゃん変わってるなぁ!!気に入ったよ笑。名前なんて言うんだ?」
「え?はい。井澤です」
「井澤か、じゃあ馬券買いにいっか!」
「え・・・えーと、いや・・・」
「なんだ?金ねえのか?」
「まあ・・・そんなところです」
「まあいいや、次のレース当たったら小遣いやるよ。それでその次のレース買ってみろや」
「え・・・あ・・でも馬券にはあんまり興味ないっていうか・・・」
「まあな。大学生から競馬なんてやっちゃロクな大人になんねーな。まあでもみてろ。面白いからよ!」
男は券売機で馬券を買った。
『まあ・・・このレースは硬いから、2−3を買ってマイナスを少し減らしとくか・・・4番ね・・・まあ悪くないな・・・一応買っておくか・・・』
レースが始まった。
男と井澤は一緒にレースを見ていた。
「おっ4番出たねぇ・・・足がもてばいけるかもしんねぇなぁ・・・」
「・・・・」
「さてこの辺りから・・・2と3が・・・あれ・・・・こねえな・・・」
本命の2番3番は馬群に飲まれなかなか上がって来れないでいた。
そんな中12番がどんどん上がっていく。
が・・・ギリギリ差し切ることができずに一着はそのまま逃げ切った4番、二着は12番という着順でレースは終わった。
「うわ〜まじか・・・・なんだこれは・・・・4−12?・・・・」
「おい井澤・・・お前の予想ってなんだっけ・・・」
「えーと・・・4−12ー6・・・・」
「6???三着じゃねえか・・・70倍???おい!!!お前もったいねーなー!!!」
「あっ・・いや・・・馬券はあんまり興味が・・・」
「いやいや・・・・お前すげーよ・・・・ってお前ひょっとして・・・・」
「あっはい、一応全部あたってました・・・」
「全部って16順までか?」
「はい、一応・・・・」
「お前すげーな・・・よしパドックいくぞ!!!」
「え?あっはい・・・」
男と井澤はパドックに向かった。
「どうだ井澤!!」
「えーと・・・そうですね・・・・」
井澤はパドックを回った馬を一通りみて・・
「6−8−12ー2−1・・・・」
「良いんだよ三着までで!!」
「6−8−12?・・・・・・これ万馬券じゃねーか?・・・・」
「まあ・・・多分ですけど・・・・」
「まじか・・まあ・・・1発ためしてみるか・・・」
「井澤も買えよ!これ100円買ったら12000円になるぞ!流石に100円くらい有るだろう?笑」
「あっいや・・・馬券は・・・・」
「なんだお前また全着順予想してんのかよ・・・」
「そうですね・・・そのために来たっていうか・・・」
「変わってんなぁ・・・まあいいや、500円買ったからよ、当たったらなんかおごってやるよ。一気にプラス。いやいや、大儲けだからなぁ」
男と井澤はまたレースを一緒に観戦した。
「おっっっ・・・・・・6−8いけそうだぞ・・・・12?おおおおおおお、大外からきたか!!!!いけ!いけ!いけ!!!いけぇぇぇ!!!!」
「・・・・・・・」
「うぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・井澤きたぞ!!!」
「そうですね・・・・」
「冷静だなぁおい!!!万馬券だぞ!!!」
次はいよいよ最終レースだった。
「おい井澤煮込み食うか?」
「あっ・・・はい、じゃあいただきます」
「おめえすげーなー、毎週来いよ。お前がいたら億万長者になれそうだよ」
「いや・・・まぁ・・・」
「で、どうだった前のレースは予想は」
「あっはい、一応全部当てれましたね・・・大丈夫っぽいですね・・・」
「え?また12着全部当てたのか?」
「ええ・・・まあ・・・」
「・・・・まじか・・・・なあ井澤・・・次も予想してくれよ・・・・」
「あっはい、一応そのつもりですけど・・・・」
「よし、じゃあパドックいくぞ!!!」
男と井澤はまたパドックに向かった。
「どうだ?井澤?」
「ちょっとまってくださいね・・・・」
「おう!いくらでも待つよ!!」
「・・・・・お金・・・ないんですか?」
「ん?ああ・・まあな・・・恥ずかしい話でなぁ離婚して慰謝料とか養育費でもうカッツカツよぉ笑」
「貯金とかないんですか?」
「あるわけねーよ、もう家売ったりよ、保険やら積み立ても全部解約して、なんとか金つくったよ」
「そうですか・・・・」
「まあ、こんなジジイにいわれたかねえだろうけどよ、金は大事だよ。お前ほんと馬券かっとけばよぉ・・・さっき万馬券だぞ笑」
「そうですね・・・」
「おっやっと買う気になったか?でどうよ・・・・」
「2−11−7−8・・・」
「・・・・井澤・・・オメーはすげえけどな・・・さすがになぁ・・・・1番の馬、見ただろ?大本命だよ。単勝1.2倍・・パドック見ても・・・まあ良い感じに仕上がってたじゃねえかよ・・・」
「・・・・今いくらもってます?っていうか次のレースいくら掛けれますか?」
「あ?さっきの万馬券で5万くらいかなぁ・・・まあでも、今日は最後は軽く流してうまいもんでも食いにいこうかなぁ・・・井澤一緒にいくか?」
「5万か・・・・ちょっとたりないかな・・・」
「うん?」
「おじさん・・・最後2−11−7に7万かけませんか?」
「は?いやいやいや・・・・井澤・・・今日稼がせてもらったから言うのもなんだが・・・流石にそれはギャンブルだわ笑。っていうかそもそも俺手持ちたりないよ笑」
「じゃ・・・・僕のこの3万預けるので・・7万いきませんか??」
「は?なにいってんだよ、お前が買えばいいじゃねえかよ。つーかお前金持ってたのかよ笑う」
「僕・・・18歳なんですよ・・・・」
「は?あははは。そういうことか笑。よくここ入れたな。」
「まあ・・・・」
「まあじゃあ代わりに買ってやるけどよ・・・4万だしたら今日の稼ぎがほとんどねーじゃねーかよ・・・」
「お願いします・・・」
「うーん・・・・まあ・・・今日はお前のおかげだからなぁ・・・・しゃあねえ、かけてみるか!!その代わり井澤。もし外れたら、お前来週も俺に付き合えよ!!」
「はい。もし当たったら・・・僕のお願いも聞いてくれますか?」
「おおなんでも聞いてやるよ!!なんだ?」
「あっ馬券の締め切りが・・・・」
「おっとやばいやばい・・・・」
男と井澤は最終レースも一緒に観戦することにした。
ドン!!
レースがスタートした。
「1番の馬・・・・」
「おう・・」
「多分・・・レース中に骨折します」
「は?」
「っていうか・・・もう物凄く・・レントゲンにもうつらない程度の異常があります。たぶん第3コーナーくらいで・・・・・」
「え?」
「まあ、信じてもらえなくても良いんですけどね。僕そういうの見えるんですよ。」
「はい???」
「僕、人間じゃなくってアンドロイドっていう・・・ロボットなんですよね」
「はいぃぃぃぃ?????」
「昨日、新しいセンシングのプログラム。あーなんて言えばいいかな・・・動画とか、まあ実際の生き物をみて、心拍数だったり、筋肉の状態だったり、骨だったり、精神状態?をチェックできるんですけど」
「おまえ、大丈夫か?」
「あはは・・・まあ、そういう感じになりますよね」
「・・・・・」
「で・・・その新しいプログラムのチェックをしに競馬場に来たんですよ。パドックっていろんな情報をゲットできるんで・・・それで・・・はい。もちろん今までのレースの結果とか血統とか、大事ですね。競馬。そのデータはもちろん分析した上でパドックの状況を、実際の馬をセンシングして、新しいプログラムが正常に動いているかチェックしてたんですよ」
「・・・・・・」
「だから別に馬券とかあんまり関係なくって、全着順当てるってことが意味があったんですよね」
「お前ほんとに大丈夫か?」
「あっ・・ほら・・・・」
第三コーナー、一番人気の1番が遅れ出した・・・いや・・・何かおかしい、トラブルが起きたようだった。
「やっぱり骨折しましたね・・・競走馬って・・・骨折すると・・安楽死させられるんでしたっけ?」
「・・・・・うん」
「お金は大事だと思いますけど・・・やっぱ命のほうが大事なんじゃないかなぁ・・・」
「まあ・・・たしかにな・・・」
「・・・・おじさん・・・・癌ですよ・・・・」
「え?」
「何レースかパドックもみて・・センシングもプログラムも問題なく動いているんで・・・間違い無いと思うんですけど・・・99%膵臓癌ですね・・・・」
「は?」
「あっ・・・そろそろゴールだ!!」
着順は2−11−7・・・・・
万馬券だ・・・・・
「当たりましたね・・・・・なんで、僕の約束きいてもらっていいですか?」
「え・・・おう・・・」
「明日病院行ってください・・・膵臓癌かも?ってちゃんと伝えてくださいね、それで・・まあ・・治療費は結構かかるとおもうんですけど・・・多分・・・90%くらいの確率で助かると思うんです」
「・・・・・」
「治療費は・・・今の万馬券でなんとかなるんじゃないですかね?あっ3万だけかえしてもらっていいですか?僕もあんまりお金ないんで」
「・・・・おう・・・・」
「あっ、このレースも全着順当てました。どうです?競馬新聞よりあてになりそうな情報でしょ?」
「・・・・・・・おう・・・・・」
次の日、俺は井澤の言われた通りに病院にいって検査を受けた。
初期の膵臓癌だった。
膵臓癌は見つけにくいので、この状況で見つかることは珍しいと医者は言っていた。
俺は治療をすることになった。
俺は・・・競馬場にいたアンドロイドの青年に命を救われた。
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