エピローグ

 その日は午後から祝勝パーティーがおこなわれた。

 特務第一、第八大隊の共同作戦で成果を上げたことを祝うパーティーである。


 当初の目的は第一と第八の交流を深めるためで、ささやかなパーティーの予定だったらしい。だけど、孫娘を救ったお礼の一環として、柊木大将があれこれ働きかけた結果、大ホールと中庭を貸し切っての大規模なパーティーへと発展したそうだ。


 という訳で、平の隊員達は中庭で盛大にパーティーを開いて、他の隊との交流を。士官クラスの人間は、大ホールで他の有力者達との人脈作りを――という主旨になった。


 それはいいのだけど、大ホールでのパーティーになぜか私も参加することになった。

 所有する中でも無難なデザインの、だけど背中が大きく開いている夜色のドレスを身に着けた私は、ホールの隅っこで壁の花になろうと思っていたのだけど……参加した当初から引っ切りなしに話しかけられて大変だった。

 柊木大将より直々に招待された人物として悪目立ちしているらしい。


 そう、私は直々に柊木大将から招待されてしまったのだ。

 もちろん、妖魔化の兆候があったお孫さんを救った――なんて事情は話せないので、異世界に存在する魔物が妖魔と似ているので、その知識をお伝えした縁で交流を持った。

 ということになっている。


 もちろん、それを信じたかどうかは分からないけれど、さすがに柊木大将に招かれた私に無礼を働く者はいなく、私はただただ対応に疲れる時間を過ごしていた。

 柊木大将のご厚意だとは思うけれど、この状況は正直に言ってしんどい。


 そろそろテラスにでも逃げようか。そんな風に思っていた私の視界に、柊木大将の姿が目に入った。彼の足元には溺愛する孫娘、理々栖ちゃんの姿もある。


「あっ、レティシアお姉ちゃんだ!」


 私に気付いた理々栖ちゃんが駆け寄ってくる。


「こんにちは、理々栖ちゃん」

「こんにちは!」


 無邪気に笑う姿が可愛らしい。


「すっかり元気になったみたいだね」

「うん、お父さんとお母さんが明るくなったの!」


 元気になったのは妖魔化の兆候が消えたからではなく、それによって両親が元気になったから、らしい。理々栖ちゃんはとても優しい心の持ち主だ。


 こういう子が、将来聖女になったりするんだよね。な~んて、さすがに国内の人間に比翼石を使ってない、なんてことはないよね。

 私はよかったねと理々栖ちゃんの頭を撫でて、近付いてきた柊木大将に向き直る。


「パーティーにお招きありがとうございます、柊木大将閣下」

「ふふ、本当は面倒だったと顔に書いてあるぞ」

「いえ、そのようなことは……」

「隠さずともよい。ただ、理々栖がどうしても、そなたに直接お礼を言いたいと言ってな。それで、そなたをパーティーに招待させてもらったのだ」

「……そうなの?」


 理々栖ちゃんに問い掛ければ、彼女は満面の笑みで頷いた。それからしゃがんで欲しいとジェスチャーをされたので、理々栖ちゃんの前で膝を突く。

 彼女は私の耳元に口を寄せて囁いた。


「レティシアお姉ちゃん、私を助けてくれてありがとう」


 たぶん、その辺りの事情を周りに聞かれないようにと教えられているのだろう。本当に賢い子だ。この子を救えてよかったと心から思う。

 でも蓮くんの鬼の姿が脳裏をよぎって、わずかにスカートの端を握り締める。


「……レティシアお姉ちゃん?」

「うぅん、なんでもないよ。どういたしまして、だね」


 こちらこそ、助かってくれてありがとう――と、理々栖ちゃんの頭を撫でる。もちろん、そんなことを言っても意味は分からないと思うから、感謝の気持ちは心の中で、だけ。

 私は立ち上がって、柊木大将へと視線を戻した。


「蓮くんのこと、ありがとうございます。あの子が出来るだけ自由を得られるように、貴方が便宜を図ってくださったとうかがっています」

「なに、わしに出来ることをしたまでだ」


 出来ること――と彼は口にしたけれど、それは彼がする必要のないことだ。だから私は、もう一度、ありがとうございますと頭を下げた。


 それから柊木大将といくつか世間話をして、理々栖ちゃんともおしゃべりをする。そんな時間を過ごしていると、ほどなくして彼らは次の予定があるからと去っていった。


 それを見送っていると、再び色々な人達にターゲッティングされる。このままではまた根掘り葉掘り聞かれると危惧した私は、そそくさとテラスへ逃げ込んだ。


 そこから中庭を見下ろせば、紅蓮さんやアーネストくん、それに美琴さんや井上さんがパーティーを満喫している姿が目に入った。

 本来ならば、士官である紅蓮さんとアーネストくんも大ホール組なのだけど、二人は堅苦しいのは嫌だ中庭のパーティーに参加している。

 ズルイ、私もあっちがよかった。


 あ、でもそうしたら、理々栖ちゃんの元気な姿は見られなかったね。じゃあ……こっちでよかったのかな。後は、パーティーが終わるまで乗り切るだけだけど――

 と、隣に並び駈けてくる気配があった。

 一瞬だけ警戒した私だけど、その礼服を身に着ける殿方が雨宮様だと気付いて警戒を解く。


「雨宮様も避難してきたんですか?」

「そういうレティシアも同じのようだな?」

「どうもこういうパーティーは苦手で……」


 聖女である私には、繋がりを持とうとする人が多かった。そういう経験の積み重ねで、どうしても近付いてくる相手の下心を気にして疲れてしまう。


「あっちのパーティーは楽しそうですよね」

「そうだな。だが、こっちのパーティーにもよいことはあったぞ」

「……そうなんですか?」


 雨宮様も理々栖ちゃんと会ったのかな? なんて考えながら小首をかしげれば、私をじっと見つめていた雨宮様は苦笑いを浮かべた。


「……雨宮様?」

「いや、なんでもない。そのドレスは異世界の物だな」

「ええ。いつか着てみたいと思いながらも異空間収納に死蔵していたドレスが多くて。この機会に着てみようかな、と。私としてはハイカラさんスタイルも好きなんですけどね」


 西洋風がこの国の流行。なので、今回のような公の席では、私もそのスタイルに似た異世界のファッションを優先している。

 身内のパーティーとかなら気にしないんだけどね。


「そうか? 俺はそのドレスも似合っていると思うがな」

「……え?」

「もちろん、ハイカラさんスタイルが似合わない訳ではない。ハイカラさんスタイルのおまえを見ていると、この国に馴染んでいるように思えるからな」

「そう言っていただけると嬉しいですね」


 雨宮様にここまで褒められると思わなくて、私は少し照れくさくなってしまう。そうしてパタパタと手で顔を仰いだ私は、ふと蓮くんの言葉を思い出した。


「……実は、雨宮様に相談があります」


 前置きをして、私の戦友らしき女性を蓮くんが見たという話を伝えた。その上で、可能ならその女性を探し出したい、と。


「そうか、ならばこちらでも探しておこう」

「……いいのですか?」

「おまえの戦友なのだろう? ならば放ってはおけまい。……それに、おまえの戦友ならば、その……瘴気をなんとか出来るかもしれないからな」

「……雨宮様、ありがとうございます!」


 私のために手伝うと言ってくれているのだと知って嬉しくなる。同時に、もっともっと、こんな風に心配してくれる彼らの役に立ちたい、とも。

 いまの私は再び魔封じの手枷によって力を封じられている。だけどいつか瘴気を浄化して、もう一度聖女としての力を取り戻そう。

 そのときこそ――と、私は隣に寄り添う雨宮様を見上げた。

 

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