第2話 五年後

あれから、五年が経ち……


おばあちゃんは、まだあの家に一人で暮らしている。



だが、ワタシの家族は、一人もいなくなった。


父も、母も、弟も、妹も…。


ワタシが高校受験のために家で勉強している時に、皆で車で出かけ、自損事故で亡くなった。


その年の、初雪の日だった…。


それ以来、どうしても、雪が降るたびに、あの話を思い出してしまう。



事故を検分した警察官が、ワタシに言ったのだ…


「ご家族は、車の中で亡くなっていたのに、皆、口の中に雪が詰め込まれていたんです。


何か、心当たりは、ありませんか」




…あるはずが無い。


それとも、警察はワタシを疑っているのだろうか…。


警察は疑うのが仕事とはいえ、それは、ショックなことだった。


………



「それはさ、本当にただ単純に、心当たりが無いかと思って、聞いただけのことだろ?気にすんなよ。


それに、車内で死んだはずの人間の口に雪が詰まってたら、誰だって驚くさ」



幼なじみで同い年の大夢(ひろむ)が、学校帰りにコンビニで買った肉まんを頬張りながら、ワタシに言う。



「おばあちゃんが、昔、こういう話をしてくれたことがあるんだ…」



ワタシがかつて、おばあちゃんに聞いた雪神の話をする。



「へえ。聞いたことないな。そんな話。まあ、俺のばあちゃんと、じいちゃんは、俺が生まれる前に亡くなってたからな。


昔から伝わる、伝説めいた話だろ?そんな話、本気にすんなって。


それに、その話だと、狙われるのは、若い男じゃないか。


もっと詳しい話を、今から、お前のばあちゃんに聞きに行くか?」


「いや…」


ワタシは首を振る。



おばあちゃんは正直者なので、思ったことが顔に出る。


家族が亡くなって以来、ワタシに会うと可哀相な顔をするので、癒やされたくておばあちゃんに会いに行っても…


会うたびにワタシは家族が亡くなったことを痛切に思い出してしまうので、自然とおばあちゃんの家から足が遠のいていた。



「もしかして…」


大夢がワタシを見て、イタズラっぽく、ニヤッと笑う。


「シノフ山って、本来は、死の夫の山、と書くんだったりして…」


「もう、やめて」


あの日、一人で家に帰れなくなって以来、怖い話がトラウマになっているワタシは手で耳を塞ぐ。


「冗談だよ!…うう、寒っ」


肉まんを食べ終えた大夢が、少し震えた後、制服のブレザーのボタンを閉め、腕を組む。


「アーア、年中夏だったら、いいのにな」



その言葉に思い出すことのあったワタシは、大夢のほうを見ることが出来なくなり、うつむいてしまう。




あれは、今年の夏………


家族を失ったワタシのことを心配してくれた大夢は、ちょくちょく、たった一人で暮らす家に、様子を見に来てくれていた。


夏休みのその日も、大夢は朝顔の鉢植えを抱えてやってきた。


「よう!これ、うちの弟のヤツが、小学校の授業で植えたんだが、もう、いらねえって言うからよ」


庭にドスンと鉢植えを置く。


朝顔にしては珍しく、折り紙で作ったかのような鮮やかな黄色い花が咲いていた。


「ほんとに、いらないって?」


「ああ!ほんとだよ!」


ぶっきらぼうに言ったきり、ワタシのほうを見ない。


その、よく日焼けした横顔をうつむけて、ぬるい風にそよぐ黄色い朝顔の花を、ジッと見ている。



ほんとに、弟くんは、いらないと言ったのかな?


少し大夢は自分の弟に横暴なところがあるから、黙って持ってきたり、「もうこれ、いらないだろ!」と、弟くんの気持ちも聞かずに持ってきた可能性もある。



見事に咲き誇る、太陽の光を映したかのような黄色を眺める。


小学生が、こんなに見事に花をたくさん咲かせられるだろうか。


ワタシが子供の頃は、水をやり過ぎたり、逆にやるのを忘れたりして、丈が短く、花も一つか二つしか咲かなかったことを思い出す。



…もしかして、買ってきてくれた?



そんなことを考えながら、サンダルをはいてベランダから庭に出ると、大夢が言った。


「今日、町の祭りがあるんだけど…、行かねえか?」


「祭り…」


しばし、ワタシは自分の気持ちと相談する。



「悪いけど…、まだ…。祭りとか、そういう賑やかなところに行く気には、なれない…」


「そっか、そうだよな」


大夢は朝顔の花を一つ取ると、おもむろにワタシの髪に指した。


そして…


ワタシの唇に、大夢の唇を重ねた。


人生で、初めてのキス…


衝撃が唇から全身に伝わり、体が痺れたように動かない。


大夢が唇を離して初めて、やっと目を開けることができた。


「それ、似合ってるぜ」


大夢が、太陽の光を受け、薄い茶色に透き通る瞳でワタシを見つめる。


照れくさくて、思わず「フフ」と笑うと。


「お前の唇、冷やっこいな!」


そう言うと、大夢も白い歯を出して、ニコッと笑った…




あの夏の日以来、大夢はワタシに触れてこない。


大夢も、あの日を思い出すことはあるのかな…



大夢を見ると、ワタシを見て言った。


「じゃ、お前はあっち、俺はこっち。今日は初雪が降るかもしれないから、気をつけて帰れよ…」


いつの間にか、別れ道に来ていた。


片手を上げ、去っていく。


その背中を見た時に、ふと淋しさを感じたのは、寒さのせいなのか…



自分の家へ続く道を歩き始めたものの、何か気になり、振り向いた。



………


大夢の姿はすでに無く、そこには、踊っているかのような動きをする女がいた。


やたらに痩せた細い女で、地面に引きずるほどの長く白い着物を纏っている。


そして、両手を上げ、舞うようにクルクルと回っていた。



ふと、冷たい感触に、頬に手をやる。


白い、雪が、ちらちらと空から落ちてきていた。



女を見ると、まだ狂ったように回っている。


真っ黒い髪は、腰まで長く、顔にもかかっていて、その表情は見えない。



そこでやっとワタシの心に薄気味悪さが湧き、その場を離れた。


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