第2章 Trance- トランス⑪

「きゃああああ」

 翌朝、自分は耳を劈くようなその悲鳴で目を覚ました。誰だ?また久美子か?

「・・・・・・・・・!?」

 眠い目を開けると、自分がいつもと違う場所で寝ていたことに気づいた。そこには久美子じゃなくて、イチゴ柄のパジャマをきた女の子がいた。


「イチゴ・・・・・・・」

そうだ、そうだっけ。ここはイチゴの部屋だった。イチゴは呆然と立っている。・・・・どうした?自分がいることを忘れたのかな?


「あ、あなた・・・ジュン君?」

「え・・・・???」

 そう言われて困惑する。相手はもっと困っている。

「どういうこと・・・・?」

「どういうことって・・・?」

 そこで、はっとした。声が違う・・・。鏡!慌てて洗面所へ飛んで行く。

「戻ってる・・・・・。なんで・・・?」

 鏡の中には見慣れた自分がいた。後から追ってきたイチゴを見てドキリとする。イチゴは、自分と同じくらいの背の高さの、二歳年上のお姉さんだった。

 ・・・・マズイことになったぞ。

「ごめんなさい。帰ります・・・・・。」

 とりあえず、逃げろ。ひとまず。状況を把握している場合じゃないんだ。


慌てて、玄関で靴を穿いたとき。

「待って!」

イチゴが叫んだ。

「駅まで送るわ。道々事情を聞かせて。信じられないけど、あなたがジュンなのよね?説明して。」

 イチゴの物分りが早いことに驚く。普通は、朝起きて見知らぬ人間が部屋に寝ていて、連れてきたはずの男がいなかったからって、こういう解釈はすぐできないだろう。どうして今の自分を、「ジュン君」だと思い込めるのか不思議だった。

「服も髪型も話し方も同じだもの・・・・・。性別が変わったって分かるよ。」

「嘘だろ・・・・。」


 ここは、やっぱり異世界なんじゃないだろうか。ゲームのキャラクターであるイチゴがそこにいる。この世界では、朝起きて男が女に変わっていることはよくあることなんじゃないのか?

「ごめん。嘘をついたけど・・・・。嘘じゃないんだ。自分は女の子として生きているんだけれど、男であるもう一人の自分が自分の中に確かに存在していて。今回はそっちの自分がついに表に現れてしまったみたいなんだ・・・・。」

 

「信じられないかもしれないけど・・・・」

「信じられるよ。」

隣を歩くイチゴが言った。自分たちは今、駅に向かっている。

「え・・・?」

「だって私もトランスジェンダーだもん。」

イチゴは悪戯でも仕掛けるみたいに笑った。

「嘘だろ!?」

「本当だよ。生まれたときは男だった。」

頭がくらくら回る。この世界はおかしい。いったいどういうこと?

「苦しくて苦しくて、どうにもならなくて手術したんだよ。ものすごく、完璧でしょ?声までちゃんと変わってるし。こっちの世界の非合法な方法でね。」

 イチゴの口調は淡々としていた。そんな、普通に非合法とかって・・・。その前に「こっちの世界」って?どっちの世界だ?


「そっか・・・」

 なんとなく、事態を理解しつつあった。自分だけじゃなかったんだ。こんなおかしな悩み事を抱えて苦しんでいるのは。

「でも、たまに面白いと思うときもあるんだ。自分が狂っていくのがおもしろい。自分の場合は、男の時と女の時がころころ変わるんだ。磁石みたいになっていて、一緒にいるのが男だと女になって、女だと男になることが多い。」

 初めてこのことをちゃんと誰かにしゃべった気がする。今まで誰にも言えなかった。言えないことが他の何よりも苦しかった。

「おもしろい?」

「えっ・・・・」

イチゴがきつい口調で聞いてきたので、自分は驚いて黙った。

「悲観的なフリして、自分自身を面白がるなんて最低。」

え・・・怒らせた?

「いや。自分だって苦しんだよ。ある日突然、自分の中に自分じゃない自分が現れて、どんどん自分を支配していくんだ。入学した高校がたまたま女子高だったんだけど、同じクラスの女の子を好きになった。どうしようもなく苦しんだし、迷ったよ。」

「そう。苦しみながらも楽しんだ。ジュンはおかしいよ。トランスジェンダーを面白がるなんて。所詮はその程度のものだった?私たちは本気で苦しんでいるのに?」

 そのときのイチゴは、今まで見た中で一番ツンとしていた。こんな風に怒ったりもするんだ・・・・。まるで「私はなんでも知っているのよ」とでも言いたそうな自信が見えた。


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