第2章 Trance- トランス⑩

 とりあえず、××駅で降りる・・・。その間、眠るわけでもなく、ずっと頭が混乱していた・・・。ああ気持ち悪い・・・・・・。

 駅前のロータリーに出るが、行くあてはない。へたりとその場にしゃがみこんだ。道行く人が不審そうにこっちを見ている。これからいったいどうすりゃあいいんだ?

 電車でスマートフォンを握り締めたまま眠って、起きたら男になっていた。そして今はそのスマートフォンが消えた。

 だんだん寂しく、心細くなってきた。泣きそうになる・・・。男物のジャケット、ツンツン立てた髪。こんなのは自分じゃない。身体が男で、中身が女の子という初体験をした。

 夜空は暗く、深く、店の明かりが煌びやか。いつもだったら心躍らすところだけれど、今日ばっかりはその煌びやかな街がよけいに孤独感を強調して、どうしようもなく怖い。不安が広がる。

 こんな状態でも、ある別の自分は今の自分を冷静に小説のように描写しているのだから、不思議だ。


 駅前でホームレスに混じって野宿かな・・・。

 久美子は、娘が帰ってこないことでパニックに陥ったりしていないだろうか。心配になる。自分は、ひどく親不孝だと思う。久美子は、いつも言っていた。純が結婚して幸せになって欲しい、純の花嫁姿や自分の孫が見たい。「なぁに、心配することないわよ。私が孫の面倒くらい見てあげるわ。私、女の子しかいないから男の子もいいわね」

 どこの母親もそうであるように、女性としての娘の将来を楽しみにしていた。ところが、現実の自分は久美子の想像する未来からはどんどん掛け離れていく。結婚なんてしたくない、子供も欲しくない。親の期待にはいっさい応えられない。

同じクラスの女の子が好きだ―。そんなこと絶対言えなかった。頭がおかしいと思われるとか、そんなんじゃなくて。とんでもない親不孝が申し訳なくて・・・・・。




 ・・・・・・・・・・・・


 どれくらい時間が経っただろう。しばらくは、歩くこともせずにそこでそうしていた。まるで不審者だ。


 「・・・・・・ジュン君?」

 ・・・・・それは天使の声だった。

「・・・・・イチゴ!」

 数時間前に会ったままのイチゴが、そこに立っていたのだ。

「ジュン君、こんなところで何やって・・・・。帰ったんじゃなかったの?てか、怪しいよ?」

 自分は、立ち上がってイチゴを抱きしめた。


 「え!きゃ・・・・ちょっ・・・!!!」

「・・・・・・・・。」

 不思議な安堵感に包まれる。今、この世界で、自分を知っている人間はこの女性ただ一人だけだ。

 「・・・・・・・・どうしたの!?・・・・・・・・もしかして、泣いてる?」

「一緒にいて欲しい。」

イチゴからそうっと手を離した。

「え・・・?」

「帰る場所がなくなったんだ。行くあてもない。イチゴしか、知り合いがいないんだ。」

「わ・・・わかったよっ!」

混乱しながらも、イチゴはそう答えた。



 「ジュン君ってー、意外と可愛いんだね。やっぱ年下なんだね」

イチゴが突然そんなことを言い出した。自分も初めてイチゴが年上なことを思い出した。

「まあ、いいじゃん。どっか行こう?」

「しょうがないなぁー。」

 まあ、いっか。はしゃげ。帰る必要はないんだ――。こんなときでも普通に遊べてしまう自分が謎。もういいや。どうにでもなれ。

 最上級の現実逃避。

 昼間と同じ道を歩く。夜だとやっぱり違う。なんでだろう?あたりの景色も、自分の気分も、夜だというだけで違うんだ。のんびり漂う平和感が一変して、藍色の空と街の明かりが無意味に気分を高揚させる。ヒトっていうのは光るものが好きなのか?


 自分でも怖くなるくらい、自分は狂ってはしゃいだ。

「え、ジュン君昼間とキャラちがくない?」

イチゴが困惑した表情を見せた。

「そういえばさぁ」

イチゴがいつの間にか自分の腕をつかんでいる。

「うん?」

「ジュン君って小説書いてるの?」

「え・・・・、うん。」

 あれ?言ったっけか、この話。

「どんなの?」

「いや、面白くはないさ。」

 自分は意味もなく笑った。今日の昼間会ったばっかりのイチゴに、言ってなんかないぜ? この話。恐怖感にも似た不思議な感情が自分の中で沸いてきた。やはり、この「イチゴ」はあの「イチゴ」なのか? 

 アプリを開いたら確かめられるかもと思ったけれど、ああそうだスマホがないんだった・・・・。そもそも自分が漂流してしまったのはスマホがなくなったせいもあるんだったよな。


 その後食事に行き、カラオケに行き、散々遊んで、下らない話をして、イチゴのアパートに行った。イチゴは一人暮らしだった。

「この辺りは初めて来たな・・・。駅前とか、街中は遊びに行くけど。」

「ジュン君ってどこに住んでるんだっけ?」

そんな会話をしながら、イチゴが玄関の鍵を開ける。壁は真っ白で、カーテンとソファーは薄いピンク色だった。家具の上にはくまのぬいぐるみが置かれている。テーブルの上には、イチゴのイラストがデザインされたピンクのマグカップ。いかにも女の子の部屋という感じがした。ジュンの部屋とは違う。これは現実なのか?夢なのか?小説書きにのめりこんだ自分が見ている幻覚なのか?

 時々、素で解らなくなるんだ。

 小説を書いていると、どこまでが現実で、どこからが小説なのか。どこからが現実で、どこまでが小説なのか。自分自身の人生をストーリーとして面白おかしく描いていったら、いつか必ず不幸になる。どこかの小説家が言っていた。

 「特別に泊めてあげるよ。」

イチゴが楽しそうに言った。すぐに恐ろしい眠気に襲われて、自分はソファーで、イチゴはベッドで眠った。まあさすがに・・・・・。何かしようとか思える状況じゃないわな。眠れたことが奇跡だ。 


 頭がガンガンした・・・・・。

 ちょうどあの時電車で眠ったのと同じような感覚で、深い眠りに落ちていった。こういう不安定な場所の方がよく眠れるのだから、不思議だ。


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