第2章 Trance- トランス⑧
陽気な春の午後だった。暇な人間が二人、喫茶店で会話し、そのまま店を出て街を歩く。
「ジュン君はなんであの場所に来たの?」
イチゴが突然聞いた。
「え?」
「だって誰かを探してるみたいな雰囲気だったのに、いきなり声かけてくるし。」
自分は笑った。男として様になっているかな?
「いや、だからナンパする相手を探していたんだ。イチゴが一番可愛かった。」
「嘘。」
すかさずイチゴは言う。
「ジュン君ってそういうことしない人でしょ。話してたら分かるもん。慣れてないんだなって。本当はなんであの店に入って私に声かけたの?」
マジで?勘付かれてる・・・・。でもまあ、スマホゲームをリアルでシュミレーションをしようとしていたなんてバカなこと言えねえよな。
「・・・・言えない。イチゴこそなんで?誰かを待っているみたいに見えたけど、誰も待っていなかったみたいじゃん?今こうして俺と歩いてるし。」
意地悪な返答をすると、イチゴは黙った。
「・・・・・スマホアプリで、バーチャルなキャラとメッセージ交換するシュミレーションゲーム知ってる?」
「・・・!知ってる・・・・。」
知ってるも何も・・・・。え、まさか。
「それで、そのキャラとデートの約束をしたの。もちろん本当に会えるわけじゃないんだけど。待ち合わせは今日の一時に××駅前の喫茶店。バカなんだけど、実際にその場所に行ってそんな気分に浸ろうかなと思ってたら・・・・・、待ち合わせの時間にジュン君が現れたの。」
・・・・嘘だろ?今日の一時に××駅前の喫茶店・・・・・。そっくり同じだ。偶然だろ?
「俺もまあ・・・・。似たような、理由さ。」
加えて待ち合わせの相手が「イチゴ」という名前の女の子だということと、実は自分は女で、ここに向かう途中に気がついたら男になっていた、ということは言わないで置くことにした。さすがにこの話は頭がおかしいと思われそうだ。
いや、すでにもう頭がおかしいのかな?
これは夢なのか?本当に、イチゴなんて名前の女の子が目の前にいるのか?
「そうなの!?やだ、こんな変なこと考えるのって私だけじゃないんだ」
イチゴが自分の隣で、可愛らしく微笑んだ。イチゴ・・・・・。春になると現れる、甘くて、赤くて、小さくて可愛らしい果物。なんとなくファンタジックな香りのする・・・・。
イチゴは確かにそんな女の子だなって、頭の中に小説の一節を描いたりなんかしてみた。やっぱり、自分は狂っているな。
こんな状況でも小説にしか思えない。これは現実だろう?現実っぽくはないけれど。
改めて自分の身体を見直す。・・・やっぱりこんなことっておかしいよな?自分の心は男のつもり・・・でも、身体は女の子で、身体というのはそんなに簡単に性別が変わったりするものじゃないだろう?
当たり前のことを当たり前に頭の中で論じる。
夢か?自分は夢を見ているのか?確か、電車の中でスマホを握ったまま眠ったはず・・・。
自分の横を歩いているイチゴをふと見下ろす。イチゴという名前の女の子・・・。イチゴは本当にアプリの中の人で、自分は何かの加減でイチゴの世界に引き込まれてしまったのか?
・・・・それでも、おもしろい。どこかわくわくする。小説としては最高だ。何が起こっても小説としか見られない自分はやっぱり異常者だ。
それからイチゴと相談をして、映画を見に行くことになった。自分の知っている××市と同じ場所にやはり映画館があり、現在上映されている同じ映画がやっていた。
異世界というほどでもない。自分の知っている世界となんら変わりがない。違うのは男の身体を持ったジュンと、その隣にいるイチゴという女の子だけ。
映画が終わると、すっかり夕方になっていたので、自分はイチゴに礼を言って別れた。××駅前で。スマホで時間を確認する。五時十五分だった。
そのままいつもの電車に乗り込む。スマホを手に握ったまま、また眠くなった・・・・。五分もしないうちに眠りに落ち、気がついたら自宅の最寄り駅のすぐ手前まで来ていた。 スマホを見ると、ゲームキャラの「イチゴ」からメッセージが来ている。
『今日は楽しかったよ!ありがとう。』
これを打ったのはさっきまで一緒にいた女の子なのか、それともただの機械で、この絶妙なタイミングの文面はただの偶然なのか・・・・。
ちなみにさっきの「イチゴ」の連絡先はあえて聞かなかった。
そのまま電車を降りて、念のため自分の身体を見渡す。自分の手であちこち触ってみるが、何も変わっていない。男のままだ。駅の入り口のガラスに映った姿を見ても、やっぱり。自分は、ひょっとしたら、自分の家のあるこの街に戻ってきたらまた女の子に戻っているような気がしていた。でも、違う。
朝乗ってきた自転車が同じように駐輪場に停めてあったので、同じように乗って帰る。
「小さい・・・・」
「よく乗れるな」と他人に言われたほど大きな自分の自転車が、小さい。それは、今朝までは女の子のジュンがそこにいた証拠だろう。
十五分ほど自転車をこいで、自宅につき、玄関のドアを開けた。
「ただいまぁ・・・」
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