第2章 Trance- トランス⑦

 「・・・へ?」

 「イチゴっていうの、私の名前。変でしょ。」

 彼女は可愛らしい声で言った。

 ・・・イチゴだって?まさか――。


 偶然だろ?

「イチゴって歳はいくつ?」

「私?二十歳だよ。」

 オレンジティーをすすりながら、イチゴは言った。

「ジュンくんは?」

「俺?十八。」

「え、年下!?嘘!?」

 イチゴは大げさに驚いた。どきりとする。オーバーで可愛らしいリアクションは、佐知によく似ていた。


 『嘘!?純ちゃん九十点も取ったの!?ありえないよ!』

 期末テストが返却されてくると、隣の席の佐知は大声で驚き、おかげで自分の点数順位その他はすべてクラス中に知られた。自分は半ば嬉しいような微妙な苦笑いをした。

 佐知に驚かれることが嬉しくて、自分は勉強を頑張り、よい点を取り、わざと興味のないフリをした。

 すると大体、佐知は「何点取ったの?」と聞いてきた。そしてすぐに、「教えて」と来る。要は、テストを直して再提出するのが面倒だから写したいんだろうけど・・・・。そして、自分がたまたま隣の席にいて、そこそこ成績がよいからなんだろうけど・・・・。

 自分にとっては、何ともいえない快感だった。



 「なに?なんで笑うの?そんなにおかしかった?」

目の前のイチゴが、綺麗な目をぱちくりさせて言った。

「いや、好きだった人によく似ていたから・・・。」

自分は目を手で覆い隠して、クスクスと笑った。楽しい。何て楽しいんだ!

「・・・・好きだった人?何それ、話して?」

イチゴは、急にキラキラと笑って、身を乗り出してきた。

「え・・・そんなの聞いて面白いの?」

「うん、聞きたい!」

にやにやとイチゴが笑った。

 大人しくて女の子らしい子かと思ったら、意外と積極的で元気な子だった。案外、女友達の中ではボーイッシュなのかな。

 でも、笑い方がとても女の子らしくて、可愛い。キラキラしている。ぞっとするほど、佐知に似ていた。


 「俺が好きだった人・・・・。ついこの間まで同じクラスの隣の席だったんだ。でも、もう二度と会わない。」

自然と声がしんみりしたのかもしれない。

「なんでよ?」

イチゴはやや気の毒そうに聞いてきた。

「卒業したし、友達以下だから。ただのクラスメイトだったから。」

自分はそう答えた。嘘。本当の理由は違う。本当にただのクラスメイトだったらまた会える。好きになってはならない人だったから・・・・。

「それだけ?クラスメイトだったんなら、また会えばいいじゃない。同窓会とかしないの?」

イチゴが聞いた。

「・・・・。」

自分は黙った。

「LINEとかは?・・・まさか、隣の席で仲良くしていたのに聞いてないとか?」

イチゴが自分の顔を覗き込んだ。そうだ。その通りなんだ。

「ああ。・・・・卒業式の日、本当は聞こうと思ったんだけど・・・・」

「けど?」

「前の日に彼女がトイレにスマホを落としちゃって、タイミングを逃した・・・・。」

イチゴはそこで吹き出した。

「なにそれ!?マジで!?いや、でもこっちのを教えるとかして聞けたんじゃないの?」

「そうなんだけど、なんかもういいや・・・って。あんまり面白すぎてあきれちゃった。」

イチゴは大爆笑した。しばらく笑い転げている。豪快で、可愛らしく、楽しそうに笑った。

「でも、それでよかったと思ってる。もう二度と会っちゃいけない人だから。」

 自分と佐知は女子高のクラスメイト。でも、クラスメイトの領域なんかとっくに越えて、異常なほど愛してしまったんだ。でも、それは人間として、いや生物として間違った感情だから・・・・・。

 自分はおかしいだろう?狂っているだろう?穢れているだろう?

『ずっとずっと、この三年一組が大好きだよ。みんなは大好きなクラスメイトだよ』

 あの日、佐知は自分の隣でこう言ったのに。佐知は自分のことを大切なクラスメイトだと思ってくれていたのに。

 自分はクラスメイトになんか見ることが出来ない。もっと、ゆがんだ、汚れた目でした見ることが出来ない。だから、もうクラスメイトとして佐知に会うことなんか二度とできないんだ。


 「そっか・・・。」 

イチゴは小さくうなずいた。

「私もいつも片思いだから、気持ちはよく分かるよ・・・」

そう言った声は可愛らしくて、言葉は優しかった。


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