第2章 Trance- トランス④
『ジュンくん、聞いて。今日ね、友達とカラオケ行ったの。その子、あいみょんがみちゃくちゃ上手なんだよ!』
翌日も、翌々日も、夕方の同じ時間にメッセージが届いた。メッセージが来るのはいつも夕方の六時ぴったりで、すぐ返信をすると次は六時十五分、六時半、六時四十五分、七時と来て、八時に「バイバイ、またね」と言われるということがそのうち分かった。そのことが、唯一イチゴが機械であることを自分に思い出させた。それ以外は、生きた人間と錯覚を起こすほどリアルに出来たゲームだった。
「みちゃくちゃ・・・・って何語だよ!」
イチゴの話はいつも他愛もなくて、楽しかった。自分はその時間は必ず小説を書いていた。ひとりで延々と机に向かっているのはつまらないから、ちょうどいい話し相手になった。
イチゴは、いつもめちゃくちゃなテンションで、日常的な話を楽しそうにメッセージで送ってきた。話の内容は本当に佐知に似ている。
佐知とメッセージしたらこんな感じだっただろうか・・・・。
佐知とは、三年間を同じ教室で過ごした。しかもその多くを隣の席で。しかし、実は自分は佐知のLINEも携帯番号も知らない。
ソフトボール部で、ボーイッシュな子だったけれど、明るくて笑った顔がとっても女の子らしくて可愛かった。自分より、少しだけ背が高かった。どういうわけか、何度席替えをしてもよく隣の席になった。
気がついたら、自分はそんな佐知が大好きで大好きで仕方がなくなっていた。
女の子の友達として、ではなく恋の相手として、佐知が欲しくて欲しくて仕方がなかった。・・・・・・・自分は頭がどうかしていた・・・・・・。
佐知はそんなことも知るはずもなく、自分のことをクラスメイトだと思ってくれていた。それが、申し訳なくて仕方がなくて、自分の気持ちを必死で押し殺していた。
佐知の隣で、自分はいつも数学の教科書を読んでいた。自分の気持ちを隠すためには、教科書で顔を隠すのが一番簡単だった。
佐知はそんな自分を見て、「すごいね!純ちゃんって超偉い!いつも勉強してるね」と言った。佐知と自分は、友達にも満たないような、「ただのクラスメイト」という淡い関係だった。それでも、自分はかまわなかった。
佐知の周りはいつもにぎやかだった。友達が数人集まって、いつも佐知を中心ににぎやかな話をしていた。
そう、話している内容はこのイチゴにそっくり。部活の先輩の話とか、駅で見かける人の話、授業の話、先生の話、進路の話、恋の話・・・・。尽きることなく話していたが、みんなどれも他愛もないことだった。自分はすぐ隣で、でも遠くから聞いていた。そしてひとりで楽しんでいた。まるで変態だな・・・・。
佐知の隣にいるのは楽しくて楽しくて仕方がなかったけれど、それは正当な想いじゃなかったから、それが後ろめたかった。
その後ろめたさをごまかすために、がむしゃらに勉強してクラスで一番になった。でも、ひねくれ者だから「大学には行かない」と言い張って、結局就職した。佐知は進学して上京するらしいから、もうしばらくは会わない。
アプリを始めて、七日目のことだった。金曜日だったと思う。夕方六時ちょうどにいつものようにメッセージが届いた。自分はいつものように小説を書きながら、メッセージが来ることを承知して待っていた。
・・・来た!
嬉しくて、すぐに開いてみる。
『ジュンくん、明日暇??』
・・・・あ、明日は土曜日。といっても自分は春休みなので毎日休みだったが。いつもは、今日何があったとか、そういう話なのになぜだろう?
『暇だよ。どうしたの?』
『じゃあさ、イチゴと遊びに行こうよ。ずっとジュンくんと会ってみたかったんだ!』
可愛らしいメッセージだった。遊びに・・・・か。ゲームの中でジュンとイチゴが親しくなってきた証拠ってことか?きっとそうだろう。ゲームのレベルが上がったんだと、自分は思った。
『うん、俺もイチゴに会いたかった。全然OK!どこで待ち合わせる?』
自分はこう返信を打った。なんか・・・・、ママゴトみたい。実際に会うわけじゃないのに、こんなメッセージを打つなんて。
『本当~!?うれしい。じゃあ、××駅前の喫茶店で、一時に待ってるね。』
そういうメッセージが来た。もちろん、嘘だ。嘘も何も、イチゴは現実には存在しない架空の存在なのだから。
でも、そのメッセージのやり取りは相当リアルで・・・・・。たまに、自分が本当に女の子とメッセージをしているんじゃないかと、錯覚を起こすほどだった。
嘘の待ち合わせ。
・・・・
なんか、おもしろそう。自分の中で、また何でも面白がり病が沸いてくる。イチゴのことは半分くらい頭の中で小説になっていた。いいネタかも知れない。「嘘の待ち合わせ」。 暇だし、行ってみよう。実際に××駅前の喫茶店にその時間に行く。いるはずの無いイチゴとの待ち合わせ。そして一人で街を歩き、想像の中のイチゴとデートをする・・・・。これは面白そうな小説になる、と自分は思った。
××駅は、自宅の最寄り駅から七個目の駅で、電車で一時間ほどで行ける。実在の場所だ。
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