第2章 Trance- トランス①
「・・・・・・・・
自分はそのとき、まだ夢の中だった。「佐知」は、昨日まで同じクラスだったクラスメイトの名前だ。夢の中で自分と佐知は、昨日まで通っていた高校の昇降口に二人で据わっておしゃべりをしていた。夕日をバックに。ふと会話が途切れる。自分はそっと佐知に口づけをする・・・・
結局、こんなことは一度も無いまま高校時代は終わってしまった。せめて夢で・・・・・・というのが哀しい。こんな夢見るなよ、自分。
「
「わぁあ!」
自分は、その馬鹿でかい声に驚いて起きた。
「ねぇ・・・サチって誰よ?」
・・・・マジで?
自分口走った?つか、寝言言った?
めちゃくちゃヤバイ。とりあえずシラをきることにした。
「あ?・・・オレそんなこと言った?」
久美子の返答が無い。
・・・なんでだ?そして、自分のスゴイ重大なミスに気づく。
・・・逆効果。つか、何やってんの?完全に寝ぼけてるじゃん、自分。
「おはよう、お母さん。私なんか変な夢見てて・・・。」
飛び起きて、とりつくろった。
「・・・早くしないと学校遅れるわよ。」
飽きれたようにそう言ったが、母・久美子も相当ボケている。親子でだめだな。
「今日から私は休みです。つか、昨日卒業しました。」
自分はむかつくので淡々と言う。久美子は本気で感心して答える。
「あら!?そうだったわね。だって純が卒業式に来なくていいって言うから、お母さんすっかり忘れちゃったじゃない。一人娘の卒業式くらい行きたかったのに。」
他人のせいにするなよ、つかその一人娘が高校を卒業したことを忘れていたじゃねーか、あんた。
「あー、もう起きるから出てって。着替えてから下行くから。」
自分は高い声を出していった。
「はいはい。」
そう言って久美子は出て行った。・・・勘の鈍い母親でよかった。
起き上がって、鏡を見る。そこには、自分じゃない一人の女の子が映っている。
「ジュン、おはよう。」
こんな話他人にしたら、絶対に頭がおかしいと思われるだろう。いや、自分でも、相当おかしいと思う。
高校時代の半ばから、自分の中には自分じゃない自分がいる。はじめは奇妙な存在だった、自分でない自分。でも、次第にその自分は自分の中で広い面積を占めはじめ、今では、元の自分の方が奇妙な存在に見える。
元の自分は、「ジュン」という名前の女の子。じゃあ今の自分は何者なのだろう?「純」には違いがないのだが。どちらが本当の「純」なのか、今ではもう分からない。完全に、二つの人格が自分の中に存在する。
最初は恐怖だった。・・・・・・・が、今では自分はその状況を面白いとしか思っていない。だってそうだろう?こんな奇妙な体験、そうそうできたものじゃない。
まあ、そういうふうに面白がっている自分がまともな人間でないことは百も承知。
高校を卒業しても、自分は進学はしない。とりあえず、四月からの就職先は決まっている。だから、今は学生でもなく社会人でもなく、ニートでもなく不思議な立場にいる。
なんとなく心地いい。最近の自分はこういう微妙な立場が好きだ。
もともといた自分と最近の自分でない自分、一番の違いは、「元の自分」が女で、突如表れた「自分でない自分」は男だということだ。そして、外見は当然のごとく女。それが、鏡に映る「ジュン」である。
二つの自分が自分の中で占めている割合は、日によって違う。完全に女のときもあれば、完全に男だと思っているときもあるし、半々の時もある。自分自身では予測がつかない。今日は、男よりに八割・・・・。
そしてそれとは別に、「ああ自分ってマジで頭がおかしいな」と思う至って正気な自分もいる。
朝飯を食べ終わった自分は、鏡の中のジュンに化粧をする。オレンジのチークとラメ入りのリップ。髪はストレートアイロンで少しだけ癖をつけて流し、服は何を着せようか・・・。春物の服、明日あたり買いに行ったほうがいいかな・・・。
中身は男なのに、女の格好をして楽しいのかと思われることもあるが、はっきり言って楽しい。そこもまた、自分自身でも理解不能な部分のひとつなんだけれど。なんていうのかな、自分の心と身体は完全に別のもので、自分の身体は自分の心の人形でしかないというか・・・。
だから、鏡に映る自分を見てもまったく自分であるという気はしない。心の中にいる男の自分は身体を持たず、そして身体である女の子のジュンをそれなりに気に入って飾って楽しんでいる・・・・・・・・・というか。
分かってもらえないと思う。それは仕方がないから分からなくてもかまわない。どうせ、自分は頭がおかしい。でも、楽しくて楽しくて仕方がない。
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