第1章 Syndrome- シンドローム⑨

 それからどれくらい時間が過ぎただろう・・・?



 

 「ユウゴ君、ユウゴ君」

 誰かの声で目を覚ました。誰だ、俺のこと優悟くんなんて呼ぶやつ?しかもこんな時間に・・・・。

 「ユウゴ君、こんなところにいたんだね。」

 今まで聴いたことの無い、甘い、可愛らしい声だった。声のするほうを見た。


 ・・・・・!


 ぎょっとした。

 ブレザーの制服姿で、長い髪をふたつに結んだ女の子が、ベッドの横に立っている。誰だよ!?

 「ミカ、待ってたんだよ。ずっと。来てくれるって約束したから。」

 ・・・・・・・・・・・・・・ミカ?


 夢か?これは?そうだ。俺はきっと夢を見ているんだ。

 ミカはアニメのキャラクターのような顔をしていて、小柄で、可愛らしかった。夢で会 えるなんて。

 「ユウゴ君、嘘ついたんだね。サッカー部だって言ったのに。」

 あ・・・。

 そうだった。

 俺はミカの顔を見る。もしかして、怒ってる?

「なんで来てくれなかったの?」 

 気のせいか、ミカの目つきは冷たく見えた。なんだ?悪い夢か?

俺は悪い夢を見ているのか?


 そのとき、つーっと冷たいものを感じてヒヤリとした。なんだ?


 ミカの手だった。ミカの白くて細い指が、俺の額をなでた。ミカはいつの間にか俺のベッドの縁にちょこんと座っていた。

「ミカとの約束破ったんだからね。罰ゲームだからね。」

ミカが無邪気に笑った。

・・・・?・・・・何する気だ?


ミカは嬉しそうにそっと身体を倒すと、俺の肩のわきあたりに手をついた。動かない俺の上半身にミカは覆いかぶさる。・・・・・・ミカの身体はほんのり冷たかった。人間味を感じない不思議な心地だった。ミカは俺の唇にキスをした。

自分の身体が、自分の身体じゃないみたいにふわっと浮き上がる。熱くなる。これまで感じたことのない奇妙な感覚だった。


ミカはブレザーの上着を脱ぐと制服のまま、ベッドの中に潜り込んできた。ミカは俺のほうに身を寄せ、俺はミカの髪をなでた。

それからのことは、実はよく覚えていない。ミカは、ほとんど動かない俺の身体を上手に操った。自分の身体のおかしな感覚に、酔いそうだった。


ミカは、小さくて、可愛らしかった。

 愛おしい。幸せだ、ミカ。


 俺は力の入らない腕でミカを抱きしめた。

 「ごめんな・・・。行けなくて。」


 ・・・・

 しばらくの間があった。


 


 そして、突然・・・


 「・・・・・・・あ・・・・!・・・・・・うっ・・・・!!」


 俺は変な声を上げた。苦しい・・・・!息ができない。

だれか、たすけて・・・

 ミカの白くて細い手が、俺の首に巻きついていた。もの凄い力で首を絞められる。俺には抵抗する力が無い。身体が動かない・・・・。じたばたすることもできない。

 四人部屋の病室の、三つのベッドは空だった。


「ミカ、約束破ったこと許さないからね。」


 ミカ、やめろ・・・。


 たすけて・・・・美香!・・・・・輝!


「一緒に来てね。罰として。」

 ミカは笑った。冷たい笑顔だった。・・・・綺麗だ。

 ああ、いいさ。行ってやろうじゃないか、ミカの世界に。

俺はミカが好きだ――。


 幸せだったよ。


 最期に、人を好きになることを覚えた。

 神様からのプレゼントかな。



 ミカ、愛してるよ。ずっと一緒にいよう。

 そうだ、そういえばお前、人じゃなかったんだな。

 まあ、いいか。




 「ユウゴ君、ミカのこと好き?」


 「ああ、好きだ。」




 カチ・・・



 俺の頭の上の柱時計が音を立てた。午前零時ちょうどだった。


 俺は十八歳になる。



 ミカ、やっぱりミカは時間に正確だな。

 なあミカ、機械に与えられた時間は平等か?



 まぁ、いいか。そんなことどうでも。






END 第2章へ続く





                 

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