第1章 Syndrome- シンドローム⑧

 次の日の朝は、いつもより遅く目覚めた。幸せだー。起きた瞬間そう思う。それで、布団をかぶってまた眠る。

 ・・・何やってんだ俺。


 そのとき、誰かが病室に入って来る気配を感じた。誰だ?美香か?

 目を開けてみた。

 美香じゃない看護師が二人いて、向かいのじいさんのベッドを片付けていた。そういや、昨日からじいさんがいない。ミカとのメッセージに夢中になっていて気づかなかった・・・。なんでそんなこと気づかなかったんだろうと思って怖くなる。

「あれ、じいさん退院したの?」

俺は看護師二人に聞いた。

「松崎さんね。退院したんじゃなくて、別室のベッドが空いたから移ってもらったの。ここじゃうるさくて休めないって。」

一人が、俺と目を合わせずに答えた。

「ふーん・・・」



 ミカは昼間は学校に行っているから、音沙汰はなかった。でも、不思議と退屈しなかった。ミカのことを考えるだけで楽しくて、暇になんかならなかった。


 「今日は機嫌いいじゃない?優悟。」

 昼の回診で美香が言った。

 「別に。」

 美香はにこりと微笑んだ。俺はドキリとした。美香といると、機械のミカとメッセージしているときとはまた違う、でも似たような感覚を感じることがある。

 「そういえば、優悟あさって誕生日じゃない?」

美香が言う。

「誕生日・・・・・?」

 そういえば、そうだったっけかな。誕生日なんて祝ったこと無いから忘れた。俺にとってはそんなもの、嬉しくもなんとも無い。確実に、死に近づいていっているだけだ。いよいよ、十八か・・・・。

 「十八歳までしか生きられない」と言われていたことを思いだす。でも、まだ余裕で生きてる。そんなもんだよな。


「なにかお祝いしようか?ご家族とか来ないの?」

美香が楽しそうに聞いた。

「別にいいよ。」

「嘘。本当は祝ってもらったら嬉しいくせに。」

美香はそう言って笑って病室を出て行った。

誕生日・・・・か。


それからしばらくごろごろと寝ていたら、夕方六時ちょうどにアプリの通知が届いた。来た!急に嬉しくなる。


『ユウゴくん、明日暇?』


 いつもと文面が違う。俺は首をかしげた。「明日暇?」・・・・。俺は毎日暇すぎるくらい暇だ。することなんて何も無い。


『暇だよ。なんで?』


 すぐにそう返した。十五分後にまたメッセージが来た。


『じゃあさ、会おうよ。四時半に××高の近くのマックにいるね』


 え!?俺は本気で驚いた。会おうって・・・。機械だろ?

 そしてすぐに冷静になる。これもきっとゲームの一部なんだ。本当に会うわけないじゃないか。明日の四時半を過ぎたら、どうせ「楽しかったね」とかメッセージが来るに決まってる。


『ああ。もちろん。楽しみにしてるよ。』


 俺は答えた。なんだかわくわくした。

その日も、俺はいつもどおりごろごろして過ごした。それでも、午後になると少しわくわくしてきた。ミカとの約束の時間が近づいてきた。夕方四時を過ぎた頃から、俺は頭の上の時計を気にし始めた。


 カチカチカチ・・・・

 掛時計は正確に時を刻んでいる。

 十七歳最後の日か・・・・。


 なんとなく、そんなことを考えた。

 人に与えられた時間は平等なんだと、医者の一人が言っていたけど、そんなこと、絶対ねえよな。十八歳までしか生きられないといわれて、人生の大半を病院のベッドの上で過ごす人間と、無駄に九十年も百年も生きている人間と、平等か?

 違うよな。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 もうすぐ約束の四時半になる。


 カチ・・・

 掛時計が音を立てた。午後四時三十分ちょうど。

 俺は窓の外を眺めた。空しか見えない。待ち合わせ場所は××高校の近くのマックだっけ。××高校って実在するのかな?俺は、この街のことをあんまり知らない。その近くにマックはあるのか?そういえば、俺ってハンバーガーって食ったことねえな。そうだ、明日美香に買ってきてもらおう。「誕生日だからなにかしようか」って言ってたし。おう、そうしよう。

 ミカは時間に正確だ。きっと、今頃そこで「ユウゴ」と会っているはずだ。ミカは、どんな顔をしてるんだろう。ユウゴに会って、何を話すんだ?

 俺はそんな想像をした。


 くだらない。本当にくだらなかった。

 そんなくだらない空想をすることくらいしか、十八年生きてきた俺の幸せはないってことか?


 そのうち俺は眠くなって、寝て、起きて夕飯を食って、消灯時間になってまた寝た。

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