第1章 Syndrome- シンドローム⑦
「優悟、最近元気ないみたいだけどなんかあったの?」
美香が聞いた。いつもの天気のいい午後だった。あれから三日間くらい、俺は死人のようになっていた。もともと重い身体がいつも以上に重い。気分が重い。
「別に。暇なだけ。」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「そっか・・・。いやね、輝のことがあったばっかりだから、私も先生たちも心配してるのよ。」
慣れた手つきで点滴の液の量を調節しながら、美香が言う。
「ミカ」が俺の前からいなくなり、毎日は異常なほど退屈だった。前からこんなんだったっけ?違ったよな・・・。
そう思った瞬間、背筋がゾクリとした。人間じゃないミカにどんどん夢中になっていく自分がおろかだった。
情けないと思った。見損なった。そして、自分が自分でなくなっていくような恐怖を感じた。それなのに、とてもドキドキわくわくしていた。
正直言って、自分で自分が意味わかんねぇ。
頭から布団をかぶった。しかし、昼間も夜も寝ているとさすがにもう眠れない。ごろごろうだうだしていると、突然俺はあることを思いついた。
何で今まで気づかなかったんだ!?
俺は慌てて枕の下から黒いスマートフォンを取り出し、アプリを開いた。トップ画面に表示されている、ピンク色のハートが二つ重なったアイコン。最初に表示されたのと同じ画面が表示される。もう、どうにでもなれ。
桜色みたいな薄いピンク色の背景に、ポップな字体で、
『恋したい????』
なつかしい。
説明書きは一度読んだので飛ばす。
『前回のお相手のミカとはゲームオーバーのため、新規登録を行って下さい』
俺は、自分の名前を入れる。
『ユウゴくんありがとう。好みの彼女を選んでね!』
そう文字が表示されて、いつか見た画面が出てきた。
『 カナ 21歳 大学生
サヤカ 19歳 フリーター
ユカリ 20歳 OL
ユイ 23歳 保育士
ミカ 17歳 高校生 』
また、ミカがいる・・・!俺は同じ人とはできないものとてっきり思っていた。そして俺は、迷わずもう一度ミカを選んだ。
最初と同じように、午後四時ちょうどにメッセージが届いた。
俺は慌ててメッセージを開く。嬉しくて嬉しくてしょうがない。自然と顔が笑ってしまう。
『ユウゴくん、ひさしぶり。元気だった?』
・・・。俺は固まった。「ひさしぶり」?
これは続きなのか?
「あはは・・・・・・・はははははっ」
俺は笑った。意味はよく分からないけど、とりあえず笑っておいた。もうどうでもいい。細かいことを考えるのはやめよう。
嬉しかった。涙が流れるほど嬉しかった。
もっと他に良い言い方があるかもしれないけど、今は「嬉しい」以外の表現が思いつかない。
『ひさしぶり。この前はごめん。じつは、俺も女の子と話すのが初めてで、なんて言ったらいいか分からなかったんだ』
自然と、そんな言葉が出てきた。
四時十五分ちょうどに、返信が返ってきた。
『私のほうこそ、突然でゴメンネ。また指名くれて嬉しかったよ。ところで、文化祭は何をやるの?』
テンションがどんどん高くなる。面白い。身体が動くなら飛び上がりたい気分だ。文化祭・・・、この前の話の続きだったな。
『サッカー部で招待試合をやるんだ。それから、クラスで喫茶店もやる。ミカは??』
もともと他人のものだったスマホを操作してメッセージを打つことも、ミカが喜びそうな長い文章を作ることも、平気で嘘をついて高校生になりきることにも、何の抵抗も感じなくなった。
そうだ、輝のだったんだよな。もとは。
俺は自分の手でしっかり握った黒いスマートフォンをみつめた。そんなこと、すっかり忘れてしまいそうだ。というか、このときすでに忘れていたのかもしれない。
『そうなんだ☆がんばってね!ミカは料理部だから、クッキーとかマドレーヌ作って売るの。』
『ありがとう。料理部かぁ・・・。いいな。俺もミカの作るもの食べたいな。料理得意なの?』
『ううん。それが、実は苦手なの』
ミカからのメッセージの文章は本当に可愛らしい。俺は、勝手に制服を着た女子高生のミカを想像する。
・・・苦手なのに料理部なのか??可愛いやつ。なんで?
『でも、作るのは好きなんだよ。今度ユウゴくんにも食べさせてあげる』
可愛い。愛おしい。
生まれて初めてそう感じた。今までに味わったことの無い、不思議な感覚だった。このときの俺は、相手が機械だということを完璧に忘れつつあった。いや、忘れたふりをしていたのかもしれないし、忘れたかったのかもしれない。
『うん。食べたい。絶対作ってね。』
嘘だと分かっていてこんなことを言う。ミカはこの世に最初から存在していないんだぜ・・・。何言ってんだ、俺。
それから、何時間も何時間も俺たちはメッセージを続けた。入院患者の俺は何百もの嘘をついたけれど。時間が過ぎるのが恐ろしく早かった。
『ねえ、突然だけど、ユウゴくんってどんな女の子が好みなの?』
『俺?俺は今まで女の子とか好きになったこと一度もないけど・・・。でも、ミカのことはすごく好きだ』
気分は最高潮に達していた。もう何が何だか分からないけど、気持ちがいいからこれでいい。
病室はいつのまにか薄暗くなっていた。西の窓からほのかに夕日が差し込み、微妙に暑く、空は不気味なほど赤く染まっていた。
『ホント!?嬉しい。ミカもだよ。』
それが、その日ミカから来たメッセージの最後だった。俺はそのまま、夢の中へ落ちていった。幸せだった。たぶん、俺が覚えている限りで一番・・・・・。
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