第1章 Syndrome- シンドローム⑤
カチッ
柱時計が音を立てた。同時にスマホがチラッと光り、アプリの通知が表示される。メッセージが来たことを知らせるものだ。開く。
『へえ!そうなんだ。もしかして、ユウゴくんって運動部?』
俺はその短い文をゆっくり読んだ。
なんて返事をしようかと迷っていた、そのときだった。・・・ん?
俺はあることに気づいた。パタパタと誰かが廊下を歩く音がする。近づいてくるぞ。俺はスマホを枕の下に隠した。
キイイイ・・・と病室のドアが開いた。薄ピンクの白衣を着た美香が入ってきた。
「なにやってたの?何か楽しそうじゃない」
俺の顔を見ると、美香は言った。ひやりとした。
「別に。なんでもない。何の用だよ。」
俺は慌ててごまかした。
「何の用って・・・時間でしょ。」
時計を見ると、四時半を少し過ぎている。あ・・・。俺は忘れていたいつもの習慣を思い出す。なんとなく気まずい。
「ほら、行くよ」
美香はそういうと、俺に体を近づけてきた。ドキドキする。自分の顔が赤くなっていくのが分かった。輝のスマホを拾ったことも、それでゲームをやっていることもまだ気づかれてはいないらしい。
美香は俺を抱きかかえると、ベッドの横の車椅子に乗せる。石のような身体になってしまった俺は、完全に人形状態だ。これでも、俺は一年ちょっと前まではまだ自力で病院の中をうろちょろできた。自販機でジュースを買ったり、売店で漫画を立ち読みしたり、ナースステーションで看護師をからかったり、他の病室まで遠征して友達らしきものも作った。電話ボックスで、退院していった彼らと無駄電話をすることもあった。
あるときから急に俺の身体はだんだんと重くなっていって、今では下半身はまったく動かない。こうして誰かに手伝ってもらわなけりゃ、トイレに行くこともできない。最初は嫌で嫌でしょうかなくて、今はもう慣れたけれどやっぱり嫌なものは嫌だ。身体は動かないけれどベッドの上で用を足すのなんて絶対に嫌だ、だからって小便がしたくてナースコールを押すのも嫌だという俺のわがままを美香は聞いてくれ、一日数回、毎日決まった時間にこうして美香が来てくれる。
「『運動部』・・・どころじゃねぇ。」
俺は誰にも聴こえないような小さな声で、ぼそっとつぶやいた。
「何?今なんて言った?」
美香がそう言うのを普通に無視した。
それからなんかめんどくなって、ミカからきたメッセージには返信を送らなかった。
ピロン!
深夜二時ちょうど。枕の下に隠してあったスマホが鳴った。めちゃくちゃびっくりした。マナーモードだったし、今まで鳴らなかったし、それに寝る前に確か電源切っただろ!?
真っ暗な病室。俺はスマホの画面をスライドさせた。光がまぶしい。
「わあぁぁ!!」
俺は、その光が照らしたものの恐ろしさに思わず悲鳴を上げた。向かいのベッドで寝ていたじいさんの、しわくちゃの顔だった。
「静かにせんか!何時だとおもっとるんじゃ!」
じいさんは小声で、でも明らかに怒鳴った。まあ夜中だから、他の病室の入院患者のことを思って大声は出さなかったんだろう。
「・・・・・・・・・・・すいません」
俺は謝った。するとじいさんはまた眠りについた。
なんで俺が謝ってんだよ、俺だってこんな時間に起こされて迷惑だっつーの。つか、なんだってんだ?
俺は、光が漏れないように布団をかぶって、再度スマホを確かめた。例のアプリから通知が来ている。開いてみると、ミカからメッセージが来ている。。
『ユウゴくん、どうしてメッセージ返してくれないの!?ミカのこと嫌いになっちゃったの??ミカ、不安で眠れないよ。』
・・・・むかついた。今、何時だと思ってんだよ。眠いっつーの。
俺は無視して眠った。携帯の電源は切った。
ピロン・・・
午前二時三十分。また、鳴った・・・・。今度はそんなに大きな音じゃない。俺の耳にだけ聞こえる程度。じいさんも起きてない。つか、なんでだ!?電源切ったのに・・・。
『ユウゴくん・・・寝ちゃったの?ゴメンネ。こんな時間に。でも、ミカ返信返ってこないと怖いの・・・・。前の彼氏にもこうやって連絡取れなくなっちゃって、別れちゃったから。だから、お願い。』
「寝ちゃったの?」じゃねーよ。普通寝てる時間だよ。「お願い。」って、お前なあ。そんなんだからふられちゃったんじゃねえの?そう思いつつも、またメッセージをよこされてはたまったものじゃないので、俺は眠い目をこすりつつ返信を打った。
『ごめん。夕方から部活の友達と約束があって、出かけてたんだ。ミカのこと嫌いになったりしないよ。部活はサッカーをやってる。もう遅いから、明日ね。おやすみ。』
何気に今までで一番長いメッセージだった。相変わらず、嘘つきだらけのメッセージだ。返信がまた来るかと思って待っていたけど、十五分待っても来なかった。つうか、機械なんだろ?メッセージの相手は。これはゲームなんだろ?
「まったく、これじゃあ送りつけ商法じゃねーか。」
俺は独り言を言った。そして、そのまま眠りに落ちた。
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