第1章 Syndrome- シンドローム④

 それは、一週間くらい過ぎた日の午後三時ちょうどだった。鳴ったんだ、輝のスマホが。びっくりした。

 画面をスライドさせてみると、アニメのイラストが描かれた待ち受け画面の上の方に、ハートを二つ重ねたような変なマークが出ていた。興味本位で、俺はそれを開いた。やめときゃよかったのに。なんとなく、罪悪感もあったけど、興味本位のほうが強かった。

 

 『恋したい????』


 桜色みたいな薄いピンク色の背景に、ポップな字体でいきなりそう書いてあった。アニメ風の女の子のイラストも一緒に描かれている。

・・・・・・・はぁ?


『このアプリは、バーチャルキャラクターと恋人気分でメッセージが楽しめるアプリです。あなたのセンス次第で相手の反応も変わってきます。さああなたは上手にメッセージできる?まずは好みの子を選んで!』


 ゆっくりとその文面を読んだ。輝の最期の日の出来事を思い出す。ネットゲームの恋人。輝が最期の最期の最期まで夢中になっていたものだ。

 ゴクリ・・・・・・と、息を呑む。文面はまだ続いていた。


『前回のお相手ナツキとはゲームオーバーのため、新規登録を行って下さい。』


「彼女・・・・・・・・か。」

 俺は独り言を言った。誰も聞いちゃいない。


『貴方の名前 : ユウゴ

 性別 : 男

 年齢 : 17       』


 無意識のうちに、俺はそう打ち込んで送信していた。何でそんなことしたのか、よく分からない。

 輝が興味を持ったものを、自分も見てみたかったっていうのはある。でも、本当の理由はそうじゃなかったかもしれない。寂しかったんだ。輝がいなくなって、思った。一度も恋をしないで死んでいくなんて、悲しすぎる。アプリに自分の名前を登録すると、わくわくドキドキした。輝が死んでから、楽しい気分になったのは初めてだ。

  

 画面は次に進んだ。


『ユウゴくんありがとう。

 好みの彼女を選んでね!』


 好み?なんだそれ?

 五人の女の子の名前と、プロフィールが書いてあった。


『 カナ  21歳 大学生

  サヤカ 19歳 フリーター

  ユカリ 20歳 OL

  ユイ  23歳 保育士

  ミカ  17歳 高校生  』


 「ミカ」。まず一番に俺の目に留まった。美香の顔が頭に浮かんだ。昼の回診のときに見た美香の顔が頭に浮かぶ。輝が死んでがっくりしている俺を、元気付けようと美香はがんばっている。美香は強い。さすが、看護師だけのことはあると思う。

 俺は迷うことなく、「ミカ」を選んだ。


 午後四時ちょうどに、またアプリの通知が届いた。輝のスマホはマナーモードに設定されていて、通知が来ると無音でアプリのマークが表示された。

 最初見たときからそうだったんだけど・・・・・・・・なぜか、最初にアプリの通知が来たとき、あのときだけ鳴ったんだ・・・。なんですぐ気づかなかったんだか。どうして鳴るはずのないスマホがなったのか、何も設定をいじってないのにどうして今は鳴らないんだ?

 そんなことはどうでもいい、画面をスワイプして通知の一覧を表示すると、「ミカからメッセージがあります」と表示されていた。表示をタップしてあわててそれを開いた。奇妙に胸がドキドキする。


『ユウゴくん、メッセージありがとう☆はじめまして。ミカです。えっと・・・・、十七歳の高校生です。ユウゴくんも同い年なんだよね?』


 そんな内容のメッセージだった。可愛らしい、制服を着た女子高生の姿が頭に浮かぶ。漫画とかでしか見たことが無い、想像の中だけの女子高生。このメッセージは人間から届いたものじゃない、いわば機械が書いたメッセージなんだろ?

 人間とメッセージのやりとりをしたことのない俺が、機械とメッセージのやりとりをしている。奇妙な後ろめたさを感じた。意味わかんないかもしれないけど、なんとなく悪いことをしているみたいだった。でも、同時に、想像の中の女子高生に対してかなりのわくわく感もある。

アプリの画面はメッセージアプリとそっくりで、「ミカ」と名前が表示され、トラっぽい猫のアイコンが表示されていた。


 『俺?そうだよ。』


 俺は「ミカ」へ短いメッセージを送った。聞かれたことに答えただけ。他になんて言ったらいいのかなんて分かんねえし。


 『そっか!うれしい。ミカ、今学校が終わって帰るところだよ!ねえ、ユウゴくんはどういう高校生活送ってるの?』


 返事はすぐに返ってきた。四時十五分ちょうどのことだった。俺はその文面をあわてて読んだ。はじめて女の子とメッセージをやりとりする。その感想は、興味深い・・・・の一言に尽きた。可愛いとかいとおしいとは思わなかった。でも、不思議とテンションが高くなる。理由なんかねえ。ただ単に、物珍しい。デジタルな彼女は、思っていたよりもリアルだった。

 ところで、「高校生活」か・・・・・。高校はおろか、小中学校も在籍はしていたけど行ってなかった俺。


『高校は部活中心かな。』


 俺は嘘をついた。どうせ相手は人間じゃない。嘘だろうが本当だろうが関係ねえだろ。嘘の返信を送ると、余計にどきどき感が沸いた。どんな返信が返ってくるんだ?俺は頭の上の掛時計を見上げる。だった。四時半ぴったりにまたメッセージが届くはずだ。俺は今か今かと時計を眺めてしまう。四時二十三分だった。

 あと少し・・・。


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