第1章 Syndrome- シンドローム②
「もう、何やってんの!!あんた達は!!!」
看護師の、美香の声だ。やべぇ。
輝は床に落ちたスマートフォンをすばやく拾って、あわてて布団の中に隠した。美香が病室に入ってきた。
「ほかの患者さんの迷惑だからあんまり騒いじゃダメだって、何度言ったら分かるの!」
美香は右手をグーにして、輝と俺の頭に一回ずつ、振りかざすまねをした。ドキドキした。
美香は二十三歳で、今年からこの病院で働き始めた。細身で、目鼻立ちがよく、なかなかの美人だった。
「輝、今隠したものは見なかったことにしてあげるから、大人しくしててね。」
美香が俺たちをなだめるかのようににっこりと笑った。そして、小さな子供にそうするように、輝の頭をくりくりとなでた。素直に嬉しそうな顔する輝。・・・ガキか。ばーか。でも、本当はちょっと羨ましかったりして。
あ・・・・
その瞬間、美香と目が合った。俺はわざと視線をそらして、つんとした顔をする。
美香はニコニコしながら俺に近づいてきて、輝にしたのと同じように俺の頭もなでた。
「優悟もね。」
俺はわざと迷惑そうな顔して嫌がる。心臓が飛び出すくらいばこばこと音を立てていた。
美香が出て行くと、病室はまた退屈になった。
あ!
俺は急に思い出して、輝を振り返った。
「何なんだよ、『ナッキー』って!絶対お前の彼女なんかじゃないだろ。」
「・・・彼女がナッキー。」
輝は、観念したように画していたスマートフォンを俺のベッドの上にポンと投げた。俺は急いでそれをのぞき込んだ。そこには、確かに、24、5歳の髪の長い大人系の美人がいた。・・・・しかし、それは写真ではなく、精巧に作られたCG画像・・・・・だった。
意味が分からない。
「ゲームだよ、ゲーム。」
輝が白状した。
「『ゲーム』?」
「スマホアプリで、女の子と恋人気分が味わえるゲーム。名前を登録して、好きな女の子のキャラを選ぶと、その子とリアルにメッセージ交換ができるの。それで、こっちの返事しだいで仲良くなれたり、振られちゃったりする。」
俺は輝の言葉を頭の中に並べて、必死に理解しようとする。なんとなく意味が分かったとき、ものすごく面白いって事に気づいた。
「ぶっはははははは・・・・・!!なんだよ、それ。それで『彼女』とか言ってたの!? マジうけるんだけど。」
俺は大爆笑した。輝は、ばつが悪そうにそっぽを向いた。それがまたおかしくて、俺はさらに笑った。向かいのじいさんが迷惑そうな顔をしている。もう諦めたみたいだけど。
「だってさ、退屈じゃん、入院。恋もできないし。」
輝がそっぽ向いたまま、ボソリと言った。
「何言ってんだよ。お前はまたすぐ退院して、彼女くらい作れる。俺と違って・・・。」
しばらく沈黙があった。輝はなんとも言えない複雑な表情を俺に向けてきた。・・・言い過ぎたかな。
でも、本当のことだ。俺は確かに、入院していたから今まで出会いが無かったのもある。でも、まったく恋愛できる環境が無かったかといえばそんなことも無い。俺は十八歳までしか生きられない。今、十七歳。自分がいなくなることが分かっていて、大切な人を失ってしまうことを分かっていて、恋なんかしたくない。だから、しないようにしていたんだ。
死んでしまうなら、一人のほうがいい。悲しませる相手は一人もいないほうがいい。だから俺は恋はしないようにしていたんだ。
でも、輝は違う。輝は死ぬような病気じゃなかった・・・・・はずだった。輝は今はまだガキだけど、元気になって退院して、恋をして、大人になって、結婚して、幸せになれるはずだった。
まさか、このデジタルな彼女が、輝の最初で最後の恋になるなんて、誰が思った?輝が、この俺より先にいなくなってしまうなんて・・・・。
「う・・・・・うぅ・・・・。ぐ・・・・。あ・・・・・」
その晩、俺は輝の変な声で目を覚ました。
「輝・・・・・?どうした?」
寝ぼけ眼で声をかける。時計は深夜二時を回っていた。輝は苦しそうにハァハァ息をしている。額には汗がにじんでいた。
・・・・・やばそうだなー、こりゃ。病院ではこんなことはよくあることだから、俺は冷静にナースコールを押す。当直医と看護師は、すぐに飛んできた。そして、輝をストレッチャーに乗せてどこかに運んでいく。輝の肌は真っ白で、身体は異様に細かった。もう十五歳なのに、ひょいと医者一人に抱えられてしまう軽さ。
こんなことは、病院ではよくあることだ。だから、俺は全然気にしてなかった。すぐにまた、眠りに落ちていったんだ。
でも、目を閉じて眠る直前、確かに聞いた。医者たちに運ばれていく輝が、消えそうな声で
「・・・・・ナッキー・・・・・・」
って言うのを。
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