バーチャル恋愛アプリに登録したら、リアルすぎた件

北浜あおみ

第1章 Syndrome- シンドローム①

優悟ユウゴ、なあ優悟ってば!」

 隣のベッドからアキラが呼んでいる。さっきからずっとだ。うるせえなあ、ホントに。まぁ付き合ってやるか。他にすることねぇし。

「なんだよ?」

 俺は天井を見上げたまま、輝に答えた。ちょうど午後の回診も終わって暇になったころの、陽気な昼下がり。外はむかつくくらいよく晴れているけれど、俺の目から見えるのは毎日同じ顔した真っ白の天上だけ。つまんねえからいっそのこと落書きでもしてみるか。

「美香さんて、彼氏とかいんのかなぁ?」

 輝ののんきな声が聞こえた。

「はぁ?知らねー。普通にいるんじゃねえの?大人なんだから。」

 俺はわざと興味の無いふりをしてそう言った。輝をからかうのは、最近の俺の一番面白い暇つぶしだ。他に暇つぶしは、回診に来る看護師の美香に絡むことと、おとといから俺の前のベッドに入院しているじいさんの奇妙な動きを観察することくらい。

「ちぇ。」

 輝が舌打ちをした。何が「ちぇ」だよ。意味わかんねえよ。輝は二歳年下で、半年前からこの病院にいる。

「優悟はさ、彼女とかいたことある?」

 のんきな声で、楽しそうに聞いてきた。むかついた。思いっきりにらんでやった。

「あ・・・・、ごめん。そうだな、そうだったよな。」

 輝は本気で慌てたみたいだった。それを見て俺は本気で後悔した。輝のばーか。

「優悟、生まれて十七年、ずっと病院のベッドで過ごしてたんだったな・・・。」

 学校になんか行ったことない。友達らしい友達もいない。そんな俺が、彼女なんかいるわけねえんだよ。そもそも、こんな俺だから、恋なんかした事一回もないんだ。

「十八歳までしか生きられないって、生まれたときに言われたらしい。そんな男とわざわ            ざ付き合う女がどこにいる?」

 俺は意地悪して言ってみた。輝の様子を伺う。

「ごめん・・・本当にごめん。」

 今にも泣き出しそうな顔だった。なんだよそれ。

「あーもう、いいよ。めんどいな。お前は?まさか彼女いないよな?」

 俺は明るい顔して話題を変えた。輝の顔が一瞬ぱっと明るくなった。それから、すぐにつんといたずらっ子みたいな顔になった。忙しいやつ。

「・・・いるよ。僕にだって。」

輝がそっぽ向いていった。

 ・・・お?

 今のは、じつは聞いてほしいっていう言い方だな。

「へえ。学校の友達?」

 俺はわざと興味ありげに聞いてやった。別に興味なんかないけど、輝はガキだから付き合ってやる。よく考えれば輝は俺と違って、ついこの前まで普通に学校に通っていたわけだから、彼女くらいいたところで不思議はなかった。でも、このタイミングで言われるとなんかむかつく。

「ちがう。年上のお姉さん。」

 輝は楽しそうに言った。

「『年上のお姉さん』?」

 俺は輝の言葉をそのまま繰り返した。

「もうそろそろ来るころ。あ、来た!」

 輝がそう興奮して叫ぶのと、輝の枕の下で何かがチラッと光るのと、俺の頭の上の掛時計が「カチッ」と音を立てるのが三つ全部同時だった。時計を見上げる。午後二時ちょうど。

 輝の枕の下で光っていたのは、黒くてつるっとしたデザインの輝のスマートフォンだった。ちなみに俺は必要がないのでスマートフォンは持っていない。

 輝は一人で笑いながら、スマートフォンを操作している。おい、怪しげだぞ。俺は自分のベッドから精一杯上半身を乗り出して、輝のスマートフォンの画面を覗き込む。実は、俺は自分ひとりの力ではベッドから下りることができない。


『アキラ君、今何してた?あたしはね、洗濯してたんだぁ。実は昨日旦那とけんかしちゃって、大変だったのよ。もう泣きそう。聞いてくれる?』 


 俺が見た文章はそんな感じだった。なんか、カラフルな絵文字が所々に入っている。「ぴえん」とウサギが泣いているスタンプが最後に入っていた。へえ、今のスマホって言うのはこんなふうになってんのか。・・・今のって、昔の携帯もしらねえけど。自分のボケに自分で突っ込むと、なんとなく腹が立つ。何やってんだ?俺。・・・つうか、問題そこじゃねえだろ!!

「旦那って・・・、人妻じゃん。マジで?浮気じゃん。」

 俺は本気で驚いた。さっきまでの退屈な気分が一気にぶっ飛ぶ。輝が楽しそうな顔をして俺を見た。

「そう。でもナッキーは旦那に浮気されてて可哀相なの。だから僕が慰めてあげるの。」

「『ナッキー』????」

「ナツキ、だから。彼女の名前。」

なんだか意味が分からない。俺は輝に背を向けて寝たふりをした。

 輝はメッセージの返信をしているらしい。しばらくピコピコとやってから、スマートフォンを枕の下に隠す。ここは病院だから、一応携帯電話は禁止なんだ。それから十分ばかりすると輝はそわそわし始め、そのうち枕の下が光り、嬉しそうにスマホを取り出す。そしてまたピコピコ・・・。同じことを飽きずに繰り返している。

 暇だった俺は、ずっとその様子を観察していた。頭の上でカチカチ時を刻む掛時計の音を聞きながら。

 最初の返信が来たとき。「カチッ」と時計の針が動いた。二時十五分。それからしばらくして、次の返信が来たとき。また「カチッ」・・・。二時三十分。

 ・・・ん?

 次は、二時四十五分。三時。三時十五分。三時半・・・・。ずいぶん几帳面な彼女だ。

 ・・・っておい。絶対変だろ。だいたい、人妻のお姉さんが輝なんかと付き合ってるか?

 俺はぐるり、と輝のほうに勢いよく体を向けた。・・・もとい、俺はそうしたかったが、重い体をひっくり返して、やっと輝のほうを向いた。

「お前、それなんか変だろ。よく見せろ!」

腕を精一杯伸ばす。点滴がじゃまだ。

「あ、優悟。やめろ、やめてったら。」

 俺の手がわずかに届かなかったにもかかわらず、輝は勝手に自分でスマートフォンを持った手を大きく振った。

 ガシャン。

 黒いスマートフォンが床に落ちて、音を立てた。向かいのじいさんが、迷惑そうに俺たちをにらんだ。俺はもう慣れてるから、まったく気にしない。輝はもとからそういう性格だから、まったく気にしない。悪いな、じいさん。


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