第30話 やれやれ
「タルニコ。いけるか?」
「ハウ! アナァ掘りますか?」
「いや、穴はいらん。合図したら、あいつの頭を射ってくれ」
「ハウ!」
「よし、次はお前らだ。いけるか?」
俺の問い掛けは、ゴブリンたちはビクリと身を震わせた。
その目には、ありありと怯えの色が浮かんでいる。
互いの顔色をうかがった若者たちは、申し合わせたように目を伏せてしまった。
「無理か。じゃあ壁際まで下がれ」
あっさり見切りをつけた俺の命令に、ナツリが弾かれたように顔を上げた。
まあ普段の俺ならもっとマイルドに言うだろうが、ザッグにとってこいつらは現状、ただの足手まといだからな。
震える手をギュッと握りしめたゴブリンの少女は、ほんのつかの間、逡巡した後、自分の頬をいきなりひっぱたいた。
そして無理やり声を絞り出す。
「い、いけます!」
その宣言に他のゴブリンたちは、驚きの目を向ける。
仲間の目を真っ直ぐに見返した少女は、何も言わずただ頷いてみせた。
残りの四人も、小さく息を呑み込んで頷き返す。
今の生活から這い上がるためだけなら、ここで無理に命を張る必要はない。
だが五人は逃げないことを選んだ。
その選択には、思っていた以上の強い覚悟が見てとれる。
どうやら、まだ与り知らぬ事情がありそうだな。
ま、詮索は後だ。
「それじゃ、練習した通りにやるぞ。まずは盾だ」
「はい!」
俺の指示に盾を構えたゴブリンたちは、勢いのある返事とともに動き出した。
素早く半円状に散らばったかと思うと、その場でいっせいに片膝をつく。
そして手にした棘亀の甲羅の盾を、少し傾けながら地面に置いた。
「いきます!」
次の瞬間、大地が盛り上がり盾と地面が接する部分が埋もれていく。
みるみる間に集まった土は、変色しガチガチに固まった。
「固定、終わりました!」
「次は槍だ」
「はい!」
続いてゴブリンたちが手にしたのは、棘亀の棘を削って作った棒だった。
長さは三十センチほどで、端の部分には鈎状の突起がある。
一見すると、掻きにくい孫の手のようだ。
ゴブリンたちは棘を地面にくっつけると、静かに息を吸い込んで意識を集中させた。
たちまち土が集まり、求める形が出来上がっていく。
土壁や階段、手すり作りでさんざん練習した成果が、よく出ているな。
それに加え精霊憑きと呼ばれる魔物の骨や皮には、精霊の力が作用しやすくなっているらしい。
普通に作る時間の半分で、目的の物が完成する。
「よし、構えろ」
「はい!」
俺の号令にゴブリンたちは、亀の棘を担ぐように持ち上げる。
同時に地面から持ち上がったのは、土で出来た細長い槍であった。
長さは持ち手の身長に匹敵するほどだが、柄の部分をギリギリまで細くしたのでそう重くはない。
むろん軽すぎても飛ばないので、何度も試行してのバランスだ。
投槍器。
非力なゴブリンのために、俺が考えついた解決法である。
石器時代のカラシニコフとまで言われたこの補助器具は、テコの原理で時速百五十キロ近い速さで槍を投擲することができる。
といっても、それは熟練者の話で、数日訓練した程度のゴブリンたちでは到底及ばないが。
それでも威力は十分実用の範囲であり、ガチガチに固めて鋭く尖らせた土の槍は、練習だと木の幹に突き刺さるほどだった。
「タルニコ、いいぞ!」
「ハウ!」
返事と同時に弓弦が弾かれ、飛来した矢が地虫の頭に突き刺さった。
馬車に噛み付いていた魔物の頭部がぐるりと動き、俺たちの反対側に立つタルニコへ向く。
無防備な背中がさらけ出された瞬間、俺は間髪容れず命じた。
「放て!」
いっせいに立ち上がったゴブリンたちが、全身の力を腕に込めて振り回す。
その手から離れた五本の槍は、凄まじい加速を見せ――。
風切り音とともに、地虫の体をぶち抜いた。
「あっ!」
「ああ!」
「あたったぁあああ!!」
石器時代には有能であった投槍器だが、それ以降は歴史の表舞台からは遠ざかっていく。
その理由の一つは、矢に比べ狙いがかなり定めにくい点だ。
しかしながらそれは、巨躯を誇る魔物相手では問題とならない。
なんせ馬車の半分くらいの大きさなのだ。外すほうが難しい。
次に連射しにくい欠点だが、投槍にはそれを上回る威力がある。
矢の数倍の重量が、矢と同等以上の速度で対象にぶつかるのだ。
人や獣相手なら過剰火力となってしまうが、凶悪な魔物相手ならそんな心配もない。
「き、効いてますよ!」
ナツリの言葉通り、土の槍が突き刺さった地虫はもがくように体を振り回した。
その拍子に、槍が刺さった部分から体液が溢れて流れ落ちる。
「気を緩めるな。続けるぞ」
「は、はい!」
俺の声に、ゴブリンたちは再び地面に投槍器を押し付けた。
この補助器具の最大の欠点は、矢と違い槍は大量に持ち歩けないということだ。
だがしかし、こいつらには一本の槍さえ携帯する必要がない。
足元の地面から、いくらでも取り出せるからな。
「今だ。放て!」
再び風切り音が響き、地虫の胴体に五本の槍が追加される。
ガチガチと牙を震わせた魔物は、ようやく俺たちが厄介な相手だと気付いたらしい。
頭部についていた太い突起たちが、いきなり花びらのように開く。
急速に集まりだす大量の土。
それらは地虫の体の上を這い上がり、突起を全て覆っていく。
「こいつもこれか。盾を固めるぞ」
「はい!」
「タルニコ、牽制を頼む」
「ハウ!」
矢音が続けざまに鳴り響く中、槍作りを中断したゴブリンたちは急いで盾に手を添える。
こちらも急速に土が集い、盾の表面を覆いながら変色していく。
緊張に満ちた数秒が、ゆっくりとまたたく間に過ぎ去る。
巨体を揺らしながら、地虫がこちらへ頭部を向けた。
口の周りにぐるりと並ぶ鋭い突起は、ことごとく固くなった土で覆われている。
生唾を呑み込むゴブリンたちの目の前で、突起が捻るように閉じられた。
地虫のおぞましい口は完全に見えなくなってしまったが、代わりにドリルそっくりの尖端がこちらへ狙いを定め――。
そのまま突進してきた。
「え、ええええええ!」
「そうくるか」
てっきり棘亀と同じように土の
一点に集めた突起を錐のように回転させた地虫の巨体は土砂を跳ねとばしながら、たちまち距離を詰めてくる。
あれだけの重量だと、さすがにこの盾では押し潰されるだろうな。
しかし、ゴブリンたちは完全に虚を突かれたのか、固まったまま動けないようだ。
肝心なところで、経験不足が出てしまったか。
どう動くべきかと俺の思考が高速で働き、最悪の結論を叩き出す。
これは間違いなく二人、いや三人は死ぬな。
その時、不意にやれやれとつぶやく声が聞こえた気がした。
驚く間もなく俺の体がゴブリンたちを跳び越し、さらに盾を踏みつけ高く跳躍する。
地虫とゴブリンたちの間に踊り出た俺の視界を、迫りくる魔物の巨体が一瞬で埋め尽くした。
悲鳴を上げる暇もなく、俺は空中で身を翻し鮮やかにその突進を躱す。
そこでようやく俺は、自分の手にナイフが握られていたことに気付いた。
いつの間に抜いたんだ?
考えがまとまる前に腕が動き、黒い刃が体の下を通り過ぎていく巨大な虫の一点を貫く。
次の瞬間、地虫の頭部の突起があっさり
傘が開くかのように、口の周りの突起がいっせいに離れる。
ドリルそっくりの形態を失った魔物は、勢い余って自らの突起を地面に突き立てた。
思いがけないブレーキに加速した重量が行き場を失い、巨体を大きく折り曲げる。
そして限界に達した地虫は、鈍い音を立てながら横転した。
「槍だ!」
唖然と口を開くゴブリンたちへ、同じく唖然としたまま命令を下す俺。
慌てふためきながらも、全員が投槍器を地面に押し付ける。
「放て!」
俺の再びの命令に五本の土の槍が宙を穿ち、横たわる魔物の表皮を貫く。
「もう一度だ」
「はい!」
四度目の投槍で、ようやく地虫の動きが止まった。
槍ぶすまとなった巨体からは体液がとめどなく吹き出しており、生きている気配は微塵もない。
そしてゴブリンたちも精霊術の限界がきたようで、肩で息をしながらへたり込んでしまった。
「よくやったな」
「ハァハァ……勝て……たんですか?」
「ああ、お前たちの勝利だ」
「や……やりましたよ……」
「よく、頑張ったな」
「へへ……、もっと褒めて……ください」
「アニィキはやっぱりすごいです!」
「いや、俺を褒めてどうする」
タルニコと俺のやり取りに、力の抜けきった笑みを浮かべるゴブリンたち。
が、いきなりその顔が、激しい恐怖で彩られた。
同時にコボルトも、喉奥で唸り声を発しながら弓を持ち上げる。
全員の視線が向かう先は、俺の背後だ。
「た、た、た、隊長……」
響いてくる耳障りな音に、俺は内心で溜息を吐きながら振り返る。
その視界に映ったのは、土埃を舞い上げながらこちらへ向かってくる数匹の新たな地虫の姿だった。
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