第31話 これって……



 地面をのたうちながら近付いてくる地虫ワームの数は三匹。

 対してこちらは、元暗殺者狩人タルニコ

 そして精霊術を使いすぎて動けない五人の小鬼ゴブリンと。

 しかも逃げ出そうにも馬車は滅茶苦茶な状態で、残っているのは馬一頭のみときた。


 まったくもって絶望的な状況だ。


「どうしますか? アニィキ」

「ど、ど、ど、どうしましょうか?」


 いつもと変わらない呑気な口調のタルニコと、半ば恐慌状態のゴブリンたち。

 なんとも対象的な反応であるが、俺が一人で逃げ出すはずがないと信じて疑わない点では共通しているようだ。

 

「ふふ、面白いな、お前らは」


 まあ、俺も見捨てる気は欠片もないが。


 絶体絶命の状況を打破すべく、俺の視線と思考が目まぐるしく動く。

 この薄暗い谷の底で商人たちの馬車を襲っていたのは、魔物化したあの地虫たちで十中八九、間違いないだろう。

 ただ、そうなると大きな疑問が生じる。


 なぜ、この谷を通った行商人で、襲われる人間と襲われない人間がいたのか。

 確認できただけで四匹の魔物となると、通行人が片っ端から喰い殺されててもおかしくはない。


「ひっ、ひぃぃぃい!」

「わわわ、ロ、ロンゾさん……」


 ゴブリンたちの悲鳴に目を向けると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。

 先頭を走る地虫の口周りの突起。

 そこに引っかかっていたのは、半分になった元雇い主の姿だった。

 鳩尾みぞおちより下が綺麗に失せており、飛び出した腸が風に煽られながら真っ赤な血を撒き散らしている。

 うん、本来なら全員ああなるのが当たり前のはずだ。


 しかし、そうはならず特定の馬車だけが襲われている。

 その違いはなんだ?


 そういえば、疑問がもう一つ。

 俺たちが倒した地虫も、なぜか襲っていたのは馬車ばかりだった。

 タルニコやロンゾという大きな餌が近くにいたにも関わらず、見向きもしないのはあまりにも不自然である。


 魚が大好物という線もあるが、それよりも怪しいブツが一つ馬車に積まれていたな。

 ま、そいつが原因で確定だろう。

 

「タルニコ、変な臭いがしてた木箱を探せ!」

「ハウ!」


 横倒しになった馬車に駆け寄った俺たちは、急いで崩れた荷物をかき分ける。


「ワン!」


 さすがは探知技能Lv4。

 即座に探し当てたタルニコが、尻尾を立てて目的の木箱を指し示す。

 ただし、木箱の蓋には釘が打ち込まれており、肝心の中身を見ることは叶わない。


「アニィキ!」

「任せろ」


 考える前に腕が動き、手首から飛び出したナイフがピタリと手のひらに収まった。

 木箱の蓋に一瞬だけ目を通した俺は、続けざまにナイフを閃かせる。

 次の瞬間、全ての釘がバラバラに解けて砕け散った。


 すぐさま、こじ開けて箱の中を覗き込む。

 そこにあったのは――。

 

 

 ギュウギュウに押し込まれた地虫の姿だった。



「これは……。なんだ?」

「アニィキ、あいつら!」


 顔を上げると、またも驚きの光景が目に飛び込んでくる。

 三匹の地虫たちの動きが、なぜかピタリと止まっていた。

 先ほどの猪突猛進ぶりが嘘のように静まり返り、土埃一つ立っていない。


 思わず顔を見合わせる俺たちだが、不意にタルニコが鼻先を傾けながら俺の手を指差した。

 

「アニィキ、それ臭いです」

「臭い? ああ、こいつか?」


 タルニコが指差していたのは俺の手ではなく、正確には俺が手に持っていた木箱の蓋であった。


「こいつは……」


 蓋自体はなんの変哲もない、只の木の板だ。

 ただし蓋の裏側、木箱の内側に向く面には、なぜか複雑な模様が刻み込まれていた。


「もしかして、呪紋じゅもんか」

「ジュゥモン?」

「呪いを発動させる紋様だ。こんな物が仕込んであったのか」


 試しにもう一度、蓋を閉めてみた。

 とたんに静かになっていた地虫たちが、もぞもぞと動き出す。

 外すと興味を失ったかのように、動きを止めてしまう。


「面白いですね、アニィキ!」

「おもちゃじゃねえんだぞ。遊ぶな」


 その動きが気に入ったのか、タルニコが何度も蓋を開け閉めしだしたので、後頭部をどついて止めさせる。


「それよりも仕掛けは分かったが、仕組みがよく分からんな。この地虫はどんな役割なんだ?」


 木箱の中にぎっちりと詰め込まれた地虫は、胴体を蠢かせているのでどうやら生きてはいるようだ。

 襲ってきた地虫たちがおとなしくなったので、安心したゴブリンたちもわらわらと寄ってきて興味深げに木箱を覗き込む。


「同種が好物とは思えんしな。大きさからして子どもとかか?」

「これ、雌じゃないですか? 隊長」

「どうしてそう思ったんだ?」


 ぽつりとナツリが発した疑問に、俺は質問で返した。


「えーと、タコと一緒かなって。この子、口の周りにトゲトゲが生えてないから」

「なるほど、大きな吸盤と同じか」


 言われてみれば、木箱の中の地虫には口元から伸びる突起が見当たらない。

 そしてこいつが雌だと考えると、あの地虫たちの行動にも納得がいく。


「繁殖本能ってのは強烈だからな。よく気付いたな、偉いぞ」


 俺が頭を撫でてやると、ナツリはくすぐったげに首をすくめて笑みを浮かべた。


 おそらくだが、蓋の呪紋でこの雌の地虫を強制的に発情させているのだろう。

 で、それにつられて魔物化した雄の地虫たちが集まってくると。


 全く、恐ろしい罠を仕掛けてくれたものだ。

 そして当然の話だが、罠を仕掛けた人間はその成果を必ず確認しにくるはずだ。


「その前にもう一つ、確かめておくか」


 急ぎ足で馬車の残骸に近付いた俺は、御者台の下に手を伸ばして探る。

 昨日の感じだと、ここらでゴソゴソしていたな。


「たしかこの辺りに……。お、これだな」


 台の下に隠し戸を見つけた俺は、さっそく中の品物を吟味する。

 ロンゾがここに何かを隠していたのを、俺がどうして知っているのかといえば、それは隠す現場を見ていたからだ。


 俺との初対面の際、緊張したロンゾは唇を噛んでいた。

 そして昨夜、急に強い酒を勧めてきた時も、同じ仕草が見て取れた。


 同室の俺たちを酔い潰して、こっそり何かをしようとしている。

 そう察した俺は目をつむって寝入ったふりをし、夜中に宿を出ていったロンゾの後をこっそりつけたというわけだ。


 港まで戻った行商人を待っていたのは、あの高そうな服を着た男だった。

 男から渡された荷物を御者台の下に仕舞い込んだロンゾは、何食わぬ顔で部屋に戻ってきてベッドに潜り込んでいた。

 その時の怪しげな品が、この樽である。


「これって……」


 蓋を開け中を覗き込んだ俺は、またも絶句する。

 樽の底に丸まって眠っていたのは、愛らしい裸の子どもであった。


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