第28話 ここの新しい名物さ
まだ朝日が眩しい時間に宿を出た俺たちは、馬車に揺られて再び波止場へ向かった。
ただし目的は昨日の大型の帆船が並ぶ岸壁ではなく、その反対側の岸だ。
漁船用の埠頭には、朝の漁を終えた船が続々と帰港していた。
勇ましい掛け声とともに、魚が詰まった樽が次々と岸に下ろされている。
その周囲は買い付けに集まった人たちで、すでに大賑わいであった。
少し離れたところに馬車を停めたロンゾは、気合の入った顔で人だかりをかき分けていく。
ゴブリンを一人留守番に残し、俺たちも後に続いた。
妙に細長かったり白い斑点に覆われていたりと、木枠の生簀に移された魚たちはどれも見慣れないものばかりだった。
川魚しか知らないタルニコとゴブリンたちも、目を丸くして様々な色形の魚に見入っている。
そういえば多種多様なのは、魚だけではないようだ。
客だけでなく漁師の方も、背丈や肌の色、耳の形が違ったりとバリエーションに富んでいる。
さすがは大きな港だけのことはあるな。
おかげで
忙しなくあれこれ指差しながら買い付けていく連中を横目に、俺たちはゆっくりと美味そうに跳ねる魚を眺める。
と、不意にナツリが大声を上げて生簀の端を指差した。
「ザ、ザッグ隊長。なんか変なのがいますよ! ま、魔物ですか?」
「お、そいつはタコだよ。けっこう美味いぞ」
「た、食べられるんですか!?」
「生でも茹でてもいけるぞ。でかい吸盤があるな。こいつは雄か」
「分かるんですか?」
「雌を巡って戦うために、大きな武器が要るからな」
「なるほど。勉強になります!」
いっせいに頷くゴブリンたちとタルニコに和んでいると、ロンゾが人ごみの向こうから手を振ってきた。
どうやら商いが終わったようだ。
「お疲れさん。無事に買えたようだな」
「ええ、今、魚の内臓を取ってもらってます。ただ、私はまだ仕入れが残っていますので、先に朝食をすませておいてくれますか」
「分かった。手伝えることがあったら呼んでくれ」
俺に大銅貨を二枚手渡した行商人は、慌ただしく雑踏へ消えていった。
何を食べようかと見回すと、競り市から少し離れた場所に数軒の屋台が並んでおり美味そうな煙が上がっている。
鉄の網で魚や貝を焼いているようだ。
「ほらほら、コードレン名物の浜焼きだぜ。海風を浴びながら食うとオツだぜ。どうだい、食ってかないかい?」
威勢に良い呼び声をかけてきたのは、色黒に日焼けした青年だった。
その口調になんとなく懐かしさを覚えた俺は、胸元の個人情報を読み取る。
――――――――――
名前:ハッチ
種族:汎人種
性別:男
職業:屋台経営者
技能:調理技能Lv2、漁猟技能Lv2
天資:早耳
――――――――――
名前もなんとなく似ているな。
他の屋台の店主もざっと見たが、調理技能はほぼ変わらないのでここにするか。
そうだ、ついでに頼んでみよう。
「ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう? 旦那」
「焼き魚一匹でいくらだ?」
「十ゴルドですよ。召し上がりますか?」
「安いな。じゃあ七匹くれるか」
「まいどあり!」
「で、ちょっと頼みがあるんだが。あ、釣りは良いぞ」
「へ、へい?」
大銅貨を手渡しながら、持参していた堅いパンを取り出し、素早く切り目を入れる。
「これも少し網で炙ってくれるか」
「え、ええ。こうですかね?」
「そうそう火から少し離してくれ。温め直すだけだ。よし、焼き目がついたな。パンの真ん中に切れ目があるだろ。そこに魚を挟んで、そうそれで良い」
出来上がったサンドイッチに、気を利かせたナツリがゴブリンソースを少しだけ垂らしてくれる。
よだれを堪えながら尻尾を振っていたタルニコに魚サンドを手渡すと、豪快にかぶりつき二度ほど咀嚼してからゴクリと呑み込んでしまった。
「どうだ?」
「オカワァリありますか?」
「参考にならんな。もう二つ頼む」
「へい!」
出来上がった新たな魚サンドを、今度はタルニコだけでなくナツリにも渡す。
「うーん、小骨が多くて気になります。あと頭も要らないかも」
「なるほど、骨と頭が気になると……」
「それと、うちのソースだと、少し臭みがきついですね」
「ふむふむ、だったら何が合うと思う? お嬢ちゃん」
「そうですね。うーん、野菜が良いかな。あ、昨日の赤いやつ。あれと魚の煮込みはすごく合ってました」
「赤いやつ? ああ、
なぜか身を乗り出してナツリと会話を始めた屋台の店主だが、台の下から何かを取り出してきた。
「まずはこいつだな?」
「これって塩ですか?」
「切り身に塩をまぶしておくと長持ちするんだよ。こいつなら頭も骨もねえし、ちょうど良いかなと。旦那、まだパンはありやすかい?」
「あるぞ。ほら」
「ありがてぇ。えーと、赤茄子は……。ニコス! ちょいと分けてくれ」
「いいぜ。そのかわり俺にも味見させてくれよ」
隣のスープの屋台から材料を入手した店主は、綺麗に焼き上げた魚の切り身と輪切りにしたトマトを、炙ったパンに手早く挟んでみせた。
「どうでい?」
「うん、美味しい!」
「もっと、オカワァリありますか?」
大好評のようだ。
「どれどれ。おお、こいつは美味いな」
「もうちょっと、野菜があると嬉しいですね」
「じゃあ、玉ねぎのピクルスなんかを入れるのはどうだ?」
いつの間にか店主二人とナツリで会話が弾んでいる。
それを横目に見ながら、俺も口を大きく開けて魚サンドにかぶりついた。
うん、生臭いかと心配したが、焼き立てなので旨味のほうが強いな。
溢れ出るトマトの汁気も、上手い具合にパンのぱさつきを中和してくれている。
若干、塩辛いのが気になるくらいか。
「このはさみ焼き、気に入ったか?」
「へぇ、旦那! こんな食べ方があるなんて、目から鱗が落ちましたよ。で、そのぉ……」
「じゃあ、このアイデア使っていいぞ」
「いいんですかい!?」
「その代わり、一つ教えてくれ。あそこの三番目の帆船。あれ、どこの船か知ってるか?」
「あの商船ですかい? ありゃ、ランドールんとこの船ですね」
「ランドール?」
「ドーリンにあるでっけぇ商会です。あれでいろいろ仕入れてきてるんでさ。ちょいときな臭い噂もあるんで、あまり近づかないほうが良いですよ」
「助かったよ。じゃあ、はさみ焼きを追加で十個頼む」
「ありがとうございます!」
さすがは早耳持ちだな。
馬車に戻り全員でもぐもぐと食していると、仕入れがやっと終わったらしいロンゾが帰ってきた。
「おや、美味しそうな物を食べてますね」
「ここの新しい名物さ。そろそろ出発か?」
「はい、荷物を積み込むのを手伝ってくれますか」
臓物が抜かれたばかりの新鮮な魚が詰まった樽を、手分けして何度も荷台へ押し上げる。
最後に魚の燻製や干物、魚油が入った樽を運び込んで完了だ。
「では、行きますよ。はいっ!」
鞭を入れられた馬たちが動き出し、たっぷりの荷を積んだ馬車は車輪を軋ませながら進み出す。
混雑しはじめた大通りを抜け、やる気のない門番に見送られながら門をくぐる。
後方に遠ざかる港町と海の光景を、ゴブリンたちは名残惜しそうに見送っていた。
ゆるやかな斜面を五十分ほどかけて上り、関所にたどり着く。
ただし北の街道は使わないので、その建物の横を迂回して先へ進む。
峡谷へと伸びる道は、昨日確認した通り見張りの兵士は見当たらない。
ただしあまり手入れもされていないようで、馬車は思ったよりも揺れていた。
視界に迫る黒々とした木々の向こうに、巨大な裂け目が覗いている。
まるで奈落へ続いていくかのような景色に、ゴブリンの若者たちはいっせいにつばを呑み込んだ。
いつもは呑気なタルニコも、普段は外してある弓の弦を無言で張り直す。
他の馬車の姿は全く見当たらず、静けさが重荷のようにのしかかってくる。
そして荷台をガタゴトと揺らしながら、馬車はとうとう谷底へ続く斜面を下りだした。
護衛の旅三日目。
ついに俺たちはこの旅路の最大の難所へと挑むこととなった。
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