第26話 うーん、捨てるか
次の日、俺は武装した五人のゴブリンとタルニコを引き連れて、待ち合わせ場所の市庁舎へ向かった。
「お待ちしておりましたよ、ザッグさん」
「三日間、よろしく頼む」
「お願いするのはこちらですよ」
「それもそうだな。で、まずは東門へ行くんだったな」
「はい、馬車は街の外に停めてありますから」
合流した俺たちと行商人のロンゾは、その足で街の東門を通り抜ける。
ドーリンの東は、小麦畑と放牧地が延々と連なる一大穀倉地帯だ。
そこから大量の穀物や畜肉がこの街に持ち込まれ、そのまま西部中に分散していく流れとなっていた。
「なるほど。東門の外が取引の場になっているのか」
「ええ、街の中だと税が掛かりますからね。他の街へ運ぶ品は、ここでの荷渡しが基本なんです」
門の外の広々とした場所にはずらりと馬車が並び、その合間を忙しそうに人足たちが荷物を運んでいた。
新しくやってきた荷馬車が馬丁に誘導されながら列の端に停まると、仲買人や行商人が荷台を覗き込んで、さっそく値付けを始めている。
そうかと思えば広場の脇に張られたテントでは、呑気に茶を飲みながら雑談中の一団もいたりと、賑やかの中にどこか落ち着いた雰囲気も感じられた。
ロンゾは並んでいる馬車の一台に近づき、見張っていた馬丁の少年に心付けを渡して荷台を調べ始めた。
二頭立て四輪の立派な馬車だが、幌はついておらず荷運び専門のようだ。
タルニコは俺の背後に付き従ったまま、時折鼻先を動かして周囲の匂いを確認している。
背中には弦を外した弓と矢筒を携え、腰のベルトには
十分、いっぱしの護衛に見えるな。
しかし、真新しい緑色の亀革の兜と鎧を身に着けたゴブリンの若者どもは、キョロキョロと視線が定まらないせいもあって、どうにも周りから浮いてしまっていた。
さらに身の丈に合わない大きな盾を背負い、腰には亀の棘を削った謎の道具がぶら下がっている。
見慣れない小柄な鬼人の集団に、くすくすと周囲から笑い声が上がった。
嘲笑されたゴブリンたちは、いっせいに顔を赤らめながら目を伏せてしまう。
まあ、こういった洗礼を浴びておくのも経験の一つだが、萎縮されてしまうのは困るな。
「ほら、顔を上げて堂々としろ。お前らが胸張ってないと、後が続かないぞ」
俺の言葉で森に残してきた仲間のことを思い出したのか、ナツリがまっさきに背筋を伸ばす。
他の四人も間を置かず続いた。
そうこうしているうちに、積荷の点検は終わったようだ。
戻ってきたロンゾが、戸惑った表情で尋ねてくる。
「そろそろ、出発しようと思うんですが……」
「よし、タルニコは前に乗れ。ナツリ以外は全員後ろだ」
「ハウ!」
「はい!」
「えっ? ……そうか。ゴブリンなら平気なのか」
馬車の空きは四人分だが、体重の軽いゴブリンならもう少し乗れるというわけだ。
小柄ならではの利点である。
もっともそれでも一人乗れないが、それはもとより折り込み済みだ。
「一人は徒歩で随行して警戒する。気にせずいつも通り走ってくれ」
「良いのかい?」
「何かあったら大声を上げるから、その時は馬車を停めてくれ」
「分かった。それじゃあ行くよ」
御者台に座ったロンゾが軽く鞭を入れると、二頭の馬はゆっくりと歩き出す。
景色が後ろに流れ出す様に、荷台に腰掛けていたゴブリンの若者たちは、目を輝かせて互いに笑みを浮かべた。
俺たちを乗せた馬車は街壁に沿って北門まで行くと、そこから港町まで続く街道へ進む。
少しずつ暑さを増す日差しを浴びながら三十分。
荷馬車の横を歩くナツリの歩調が落ちてきたので、次のゴブリンと交代させる。
馬車の速度は歩くよりかは速い程度だが、小鬼たちは体力が少ないからな。
そのための訓練も兼ねているのだが、代わって歩き出した奴は嬉しそうに伸びをした。
荷台に座ったままの三人が羨ましそうに、そいつを見つめる。
街道は舗装されてはいるが、それでも揺れが少々減る程度である。
乗り慣れてないと、馬車はすぐに尻が痛くなるものだ。
まあ、それもまた訓練だ。
「そろそろ休憩しましょうか」
太陽が真上に差しかかる辺りで、ロンゾの馬車は街道の横のひらけた場所で車輪を止めた。
どうやら休憩所としてよく使われる場所らしく、他の馬車も数台停まっている。
誰でも使えるらしい屋根付きの小さな井戸もあるようだ。
ロンゾが馬に水と飼い葉を与えている間、俺たちも喉を潤しながら体をほぐす。
タルニコ引率の森歩きの成果は出ているようで、全員まだまだ元気そうだ。
馬の食事が終われば、次は俺たちの番だ。
昼食に配られたのは、石みたいに堅い黒パンとリンゴ一つであった。
もっとも雇い主も同じメニューなので、文句は言えないが。
「ナツリ、いけるか?」
「はい!」
元気よく返事した少女は、地面に手を付けてぐいっと持ち上げた。
吸い寄せられたように盛り上がった土は、そのまま半円形の状態で静止する。
「おお、これは!?」
「昼飯にメニューをちょいと追加したいんでね。すぐに出来るから、少し待っててくれるか」
俺がロンゾに説明している間に、土の
ただしギーソッドのように土を飛ばせないので、炊き出し口なんかは亀の棘で削って空けたようだ。
もう一人のゴブリンが、荷物の中から薪を取り出し手際よく火を着けた。
さらにもう一人が同じく持参した鉄鍋に井戸水を汲んできて、その上に置く。
次にナツリが干した猪肉をナイフで削り、茸と一緒に鍋に投げ入れた。
しばらく待つと、じんわりと美味そうな匂いが漂い始める。
仕上げにゴブリンソースを香り付けにほんの少し加え、わずか十分ほどで干し肉のスープは完成した。
「う、美味いな……」
お馴染みなった反応を示すロンゾを横目に、俺も木匙ですくって口に運ぶ。
少し濃い目の素朴な味だが、するりと喉の奥へ入ってしまう。
ちょいと遅れてじんわりと伝わってくる温かみは、なんとも言えない心地よさだ。
パンをひたしつつ、黙々とむさぼり食う。
「驚いたよ。こんなところで、こんな美味しいスープをいただけるなんてね」
「喜んでもらえて何よりだ」
見た目で足元を見られそうな分は、違うサービスを打ち出してアピールしていかないとな。
休憩も終わり、俺たちは再び馬車の上で揺られることとなった。
丘の上を歩く羊の群れや風に揺れる青い麦の穂を、軋む車輪の音を聞きながらのんびりと眺める。
馬車や旅人もそこそこすれ違いはしたが、タルニコやナツリたちがジロジロ見られる以外は何も起きない。
途中、タルニコが二度ほど鼻先をうごめかしたくらいで、本当に平和なものだ。
薄暗がりが彼方からじわりと寄せてくる頃、たっぷり歩いて疲れ切ったゴブリンたちを乗せた馬車はマルヤという村に到着した。
「定宿があるんですが、その、もしかしたら空き部屋がないと言われるかもしれません」
ロンゾの言葉通り、俺以外のメンバーを見た宿の亭主は無言で首を横に振った。
予想された反応だが、気分が良いものでもないな。
おそらく俺が睨めば部屋は空くだろうが、この街道筋の護衛の依頼は出来れば継続してやっていきたい。
ならば、ここで悪印象は残すべきではないだろう。
仕方がない、例の手で行くか。
「しょうがない。俺たちは外で寝るか。おっと、その前に飯にしないとな。そうだな、今日は野宿だし夕食は豪勢にいくか、ナツリ」
「はい。これをさばきますね!」
元気よく返事をしながらゴブリンの少女が持ち上げたのは、まるまると太った見事なうずらであった。
道中、タルニコがその鋭敏な嗅覚で、麦畑に潜んでいたこいつを見つけたのだ。
いきなり投げ紐を投げつけたせいで、ロンゾがびっくりしていたが。
脂の乗った鳥の姿に、宿の亭主の目がギロリと動いた。
そこへナツリが、背中に隠していたもう一羽のうずらを見せつけるように取り出す。
「どうします? 二羽とも食べちゃいますか」
「そうだな。でも、俺たちだけじゃ食べきれないだろうし、もったいないな。うーん、捨てるか」
「……大部屋で良いなら空いてるが、どうする?」
わざとらしい俺たちの会話に、亭主はようやく口を開いた。
その様子に俺とロンゾは、目を合わせて頷きあう。
「それじゃあ、八人泊まらせてもらいますよ。おやっさん」
「頼むから、あまり汚さんでくれよ」
「はい、分かってますよ」
宿代を手渡したロンゾが部屋の奥へと進み、俺たちはその後にぞろぞろと続いた。
そして最後尾のナツリが、宿の亭主にうずらを一羽、にっこり笑いながら手渡す。
「これ、どうぞ! 良かったら召し上がって下さい」
「あ、ああ。悪いな」
献上品を受け取った親父は、少女の無邪気な笑みに困ったように相好を崩してみせた。
かくして護衛の旅の一日目は、何事もなく過ぎ去っていった。
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