第25話 ……その条件じゃ無理だな
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」
翌朝、環境保全課の奥にある
男の歳は、多分二十代半ばか。
顔や手はそれなり日焼けしているが肉付きは今ひとつで、どちらかと言えば痩せぎすな印象を受ける。
「その前に、そちらの鬼人の方は信用できるのですか?」
男は名乗る前に、俺の横に座るゴブリンの少女に不審そうな眼差しを向けてきた。
本来ならタルニコを連れてくるはずだったが、南の森での狩りが忙しいため、今回はその代理でナツリを同席させてみたのだ。
ピッタリとした白い麻の上衣に黒い革のスパッツとわざわざ身奇麗にしてきた少女は、不躾な男の言葉に膝の上に置いていた両の手をギュッと握りしめる。
その様子をチラリと見た俺は、男の目を真っ直ぐに覗き込んだ。
「商売柄、疑いたくなる気持ちも分かるが、せっかちな取引は足元を見られるだけだぜ」
いつもの俺の視線に、さらに何かを言いかけていた男は唇を噛んで押し黙る。
その胸元の個人情報はこんな感じだ。
――――――――――
名前:ロンゾ
種族:汎人種
性別:男
職業:行商人
技能:算術技能Lv3、馬術技能Lv1
天資:商才
――――――――――
行商人が絡んだ依頼といえば、山賊や追い剥ぎからの護衛が真っ先に浮かぶ。
それに以前、酒場のマスターに北の道に野盗が出没して護衛の募集があると聞いていたのも頭の隅にあった。
ザッグも裏の道を歩いてきた経歴から、街道筋での待ち伏せについてはそれなりに聞いたことがあった。
大きな街道だと、当然ながら管轄の領主の兵隊が巡回しており、居座るのはなかなかに厳しくなる。
商人や巡礼どもが払う通行税は場所によっては大きな収入源であり、街道の持ち主は利用者が激減するような評判の出所に対して容赦はしない。
かといって寂れた道や難所だと、獲物が少なすぎて厳しいらしい。
それに相手も只で積み荷を寄越してくれるわけもなく、護衛とのやり取りで人数が減ると僻地だけに補充も難しい。
結局、堅実なのは客に紛れて時期を見計らうか、あらかじめ隊商の人足や護衛に手下を仕込ませておくやり方だそうだ。
だからこそ、内通者を警戒する商人の気持ちは分からなくもない。
「……レイリーさんが仰ってた通り、只のお人ではないようですね」
「俺はザッグ、こっちは連れのナツリだ」
「失礼な問い掛けをして本当に申し訳ない。行商をやっておりますロンゾといいます。ところで参考までにお聞きしたいのですが、どうして私が商いをやっていると?」
俺は差し出された行商人の手を握り返しつつ、その問いに少しだけ手を持ち上げて、男の袖下の肌の色を見せやすくする。
「日焼けの跡さ。顔と手はよく焼けてるが、農夫や兵士の体つきじゃない。だから野外で働いてはいるが、体をそうそう使う仕事ではないと絞れる」
「なるほど。言われてみればそうですね」
「そして他人を簡単に信用しないとなれば、商人だと簡単に見抜けるさ」
「噂に違わぬ慧眼に感服いたしました。あなたなら、安心して荷を任せられそうだ」
個人情報で分かっていたことに、それらしく後付けしてみたが納得してくれたようだ。
「それでは依頼について、お話をさせていただいてもよろしいですか?」
タイミングを見計らっていたように、レイリーが口を挟んでくる。
俺が頷くとテーブルの上に、古びた地図が広げられた。
「ザッグさんにお願いしたいのは、ロンゾさんの荷物の護衛となります。今回の行商路ですが、出発はここドーリンの街ですね。ここから北の街道を馬車で一日行けば、マルヤの村に着きます。そこからさらに街道を進んで一日」
レイリーの細い指が、半円を描く様に地図の上に移動する。
北の街道といっても真っ直ぐではなく、北東に膨らんで村を経由してから北西へ戻り海岸まで続いている。
「このコードレンの港に到着します。そして帰り道として通るのが、この北の峡谷です」
コードレンの港を真っ直ぐ下ってドーリンへ辿り着くその間の部分に、ゴツゴツとした岩の絵が描かれている。
その部分をレイリーの指が、トントンと神経質に叩いた。
「ここで、すでに何人もの商人の方の行方が分からなくなっています。もっとも注意すべき場所ですね」
レイリーの話を詳しく聞いてみると、こういった内容であった。
ここドーリンの街とコードレンの港をつなぐ交易路だが、北の街道を使ってマルヤの村に寄る大回りルートと、北の峡谷を突っ切る短縮ルートが存在する。
前者は二日、後者は一日の行程となる。
たった一日の違いなのだが、積み荷の違いでその差は大きく関係してくる。
港へは日用品や酒類などゆっくり運べる荷物が大半なのだが、港からドーリンへ運ばれる主な荷物といえば魚介類である。
ちんたらと安全な街道を使って帰っていると、魚が傷んでしまい商売にならない。
そこで峡谷を突っ切るルートを選ぶしかないのだが、ここ数ヶ月そのルートを選んだ数名の商人の消息が途絶えているらしい。
「北の道に野盗が出るとは聞いていたが、谷に居座っているのか。面倒だな」
「ええ、困った噂です」
「その口ぶりだと、また警邏隊が出せないのか?」
「そもそも管轄が違うんですよ。この峡谷一帯はイーリス卿の治下となるので、ドーリン市民は干渉できません」
「ヘントン辺境伯様か。だったら、騎士団とかはどうなんだ?」
「ご報告はしているのですが、どうにも腰が重いようで」
「賊ごとき、騎士連中がちょいと出張れば簡単に片付きそうだが、そうしないとなると、心当たりは一つだな」
「ええ、ご明察の通りですね」
「なるほど、魔物絡みか」
わざわざ俺を名指ししての依頼ってことは、やはりそっち関係か。
「壊れて放置された馬車を目撃したと、谷を通った他の方からご報告がありまして」
「ああ、それは怪し過ぎるな」
前後にしか進めない谷での待ち伏せだ。
よほどの下手を打たなければ、馬車を壊してまで足止めする必要はない。
そもそもの話、商人が消えている時点でおかしいだ。
賊の狙いはあくまでも金儲けであり、金の卵を生むガチョウを絞め殺すことはまずあり得ない。
解放してやれば、また金目の物を運んできてくれるしな。
そうでなくても人質に取れば、さらに金をせしめる機会も出てくる。
そうしない理由として上げられるのは、特殊な襲撃のやり方ゆえにバレるのを嫌がったか、正体が漏れるのを極力避けているかだ。
しかし、わざわざ稼ぎが落ちるような真似をしつつ、長期間同じ場所に居座るのもおかしい話である。
となると、魔物の仕業と考えるのも自然か。
「見当は?」
「あの谷は茂みや横穴が多くて、何が潜んでいるか予想がつかないんですよ。狼あたりが怪しいと思うのですが」
「そいつは面倒だな。あいつらは逃げ足が速いぞ」
「ええ、そこで第二の依頼となります。あの峡谷で、何が起こっているかを調査してきてほしいのです」
「報酬は?」
「私の馬車の護衛として一人につき千ゴルド、もちろん道中の宿と食事の便宜は図らせて頂きます」
「こちらからは谷の調査につきまして原因が判明できたら五千ゴルド、さらにその原因を取り除くことができたら一万ゴルドを報酬としてご用意しております」
目の前の男たちを提案を受けながら、俺は腕を組んで考え込む。
先日の魔物退治と同じ銀貨十五枚の報酬だが、安請け合いは流石に前回で懲りた。
それに今回は、腑に落ちない点が少しばかり残っている。
「その前に少し訊きたいんだが、何人かってことは全員じゃないんだな?」
「ええ、十人に一人といった割合です。ただこちらで把握していない商人の方や、旅人を入れたらもう少し増えるかもしれません」
「行方不明者の共通項を洗い出せないのか? 条件がわかれば調査も捗る。そうだな、護衛の有無はどうだ?」
「護衛なら付けていた場合と付けてなかった場合、どちらも行方不明者はでておりますね」
ほんのわずかだけ眉を動かしたレイリーの説明を聞きながら、俺は頭の中で不味い点を洗い出す。
行方不明の原因の究明だが、これは襲われた時点で判明するだろうから、あとは一目散に逃げれば銀貨五枚と一見簡単な仕事に思える。
だが、それなら他の商人たちでも同じことだ。
護衛に時間を稼がせるか、最悪、荷を置いていけば逃げるのはたやすかったはずだ。
しかしそう出来なかった時点で、只の相手ではないと言える。
すがるような視線を向けてくるロンゾと、相変わらずどこを見てるか分からないレイリーの細い目を交互に見つめながら、俺は静かに首を横に振った。
「……その条件じゃ無理だな」
護衛の仕事の報酬は、ザッグの知る相場では半銀貨から多くても銀貨二、三枚なので、足元を見られているわけではないようだ。
ただし問題は、その人数だ。
「あんたの予定する護衛は何人なんだ?」
「私の馬車に乗せられるのは、三人が限度ですね」
「正体不明の魔物相手に、その数で戦えというのは無茶だな。せめて倍は欲しい」
「そんな! 積荷を減らせばそれだけ儲けが減って、報酬どころの話じゃなくなりますよ」
「その代わり、一人頭八百ゴルドでどうだ? 俺を含めて七人出そう。ただし荷物は、四人分だけ空けてくれればいい」
俺の言葉に、ロンゾは素早く計算しはじめる。
支払う報酬は倍近く増え、積荷も一人分減らさなければならない。
しかし七人の護衛なら、旅の安全ははるかに向上する。
「一つお聞きしたいのですが、護衛にはそちらの子どもも?」
「ああ、こいつは立派な戦力だからな」
「そうですか……。七百でどうでしょうか?」
「七百五十だ」
「良いでしょう。よろしくお願いいたします」
ゴブリン五人が初陣だと考えると、多すぎる額とも言える。
「よし。じゃあ、次はそっちだな」
人ごとのように、俺とロンゾとのやり取りを眺めていたレイリーへ向き直る。
俺の視線を受けて、レイリーは露骨に肩をすくめて拒絶の意を示した。
「残念ですが、こちらも予算の枠内でやっておりまして、増額はそうそう認可できませんよ」
「増やすんじゃなくて変えて欲しいだけだ。原因の判明には一万ゴルド、排除に五千ゴルドなら引き受けよう。それと討伐を証明する物以外は、俺たちがもらい受ける」
「そうきましたか。なかなか痛いところを……。まあ商人組合からも、かなりせっつかれてますし、良いでしょう」
条件が固まったので、俺は依頼者の二人と固い握手を交わした。
これで、かなりこちらの思惑でやれそうだ。
いったん部屋を後にした俺は、ホッと胸をなでおろすナツリをロビーで見張りに立たせ、何気ない顔で環境保全課に引き返した。
レイリーは明らかに、あの場で話せない情報を抱えてた。
それを、ぜひとも確認しておきたい。
「ちょいと聞きそびれたことがあってね。良いか?」
「ええ、どうぞ。多分、お戻りになるだろうと思ってました」
先ほどの衝立の奥のテーブルに、もう一度腰を下ろす。
「護衛の有無を訊いた時に、何かを伏せたな。ロンゾに聞かせたくないようなことがあるのか?」
「そうですね。私の口から意図的に流れたとなると非常にまずい話です」
「分かった。ここだけの話にしよう」
少しだけ目をあわせたレイリーは、軽く息を吐いて話を続ける。
俺は信用に値するということか、あるいはそれさえもフェイクかも知れないが。
「この街の場合、商隊の護衛は基本的に警邏隊から斡旋するんですよ。それぞれの門衛所から、手の空いている人員が付き添う形になります。まあ治安維持の名を借りた体のいい小遣い稼ぎですが。ただし、これは断ることも出来ます。自前で護衛を準備する方や、護衛を必要としない行路を選ぶ方もいますからね」
「自前の場合は、どこで見つけてくるんだ?」
「たいていは従業員や身内、それか傭兵団ですね。まれに酒場で気が合ったとの話もありますが」
「なるほどな。それで行方不明の商人たちってのが……」
「ええ、全て警邏隊の護衛の斡旋を断った方々です」
通りで口が重いわけだ。
確率としてあり得ないわけじゃないが、警邏隊に全く被害が出ていないというのは流石に怪しすぎる話だ。
だからといって同じ役人の立場として、身内の犯行の可能性が大きいとはおおっぴらには言えんか。
しかし警邏隊の連中が、自分たちの護衛を断った商人を消して回ってるとすれば、失踪事件の辻褄は合う。
安心できるのは自分たちの護衛だけだと宣伝できるし、身元が発覚する危険性を考えて目撃者を全て消すのも当然だ。
馬車を壊しておけば、魔物の仕業とも見分けがつかないしな。
「そういや、壊れた馬車ってのはどんな感じだったんだ?」
「車輪が破損したり外れていたりが多かったようですね。それと横転していたという報告もあります」
速度を出しすぎたのか、あるいは……。
「最後に一つ。警邏隊の護衛の報酬っていくらほどなんだ?」
「一人頭千五百ゴルドが相場です。たいていは、二人ほどしか同行しませんが」
「ありがとう。打ち明けてもらって助かったよ」
無言で視線を下げたレイリーに、俺は礼を述べて部屋から退散する。
うーむ、新しい疑問が出てきてしまったな。
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