第24話 だいぶ慣れてきたか?
「もっと、力を抜くんだ、ナツリ」
「こうですか?」
「うん、いいぞ。息はもっとゆっくりで」
「はい!」
「そうそう。落ち着いてイメージを高めて……」
「ハァハァ、うっ!」
「もうちょっとの我慢だぞ。集中して、あと一息」
「くぅぅううう!」
「よし、完成だ!」
出来上がった完璧な土の手すりに、見守っていた他のゴブリンたちも口々に称賛する。
付き添って指導していたテッサも、弟子の成長ぶりに嬉しそうな笑みを浮かべた。
試しに手を置いてみるがしっかりと固く、土で出来ているとは思えない感触だ。
今度は少し体重をかけながら、同じく土を固めた階段に足をかけて上ってみる。
うん、これなら大丈夫そうだな。
あれほど上り下りが面倒だった急勾配の獣道が、見事な手すり付きの階段に変わったことに俺は満足の息を吐いた。
「これで温泉に通うのも、ずいぶん便利になるな」
「ああ、みんなよく頑張ったな。偉いぞ!」
テッサの言葉に、ゴブリンたちは大きな歓声を上げた。
棘亀の宴からはや一週間が過ぎ、俺たちはすっかりこの南の森に入り浸っていた。
で、何をやっていたかというと、まずは狩りだ。
「アニィキ、今日はシィカ取れました」
「そいつは良いな。いつもの手はずで頼むぞ」
「ハウ!」
階段を下りた俺に声をかけてきたのは、ゴブリンたちを引き連れたタルニコであった。
元気よく手を振ってくるコボルトの背後には、ゴブリン二人が肩に担いだ棒に逆さ吊りにされた鹿が揺れている。
ながらく魔物が居座っていたせいか、どうやら他に移ってしまった猟師が多いらしく、現在、猟場はほぼ俺たちの独占状態であった。
もっとも棘亀が散々食い荒らしたせいか、獲物の数はかなり減ってしまっていたか。
それでも優秀な狩人であるタルニコには、問題なかったようだ。
テッサの知り合いに作ってもらった弓を携えたコボルトは、夜明けから日暮れまで森を駆け巡る。
おかげで今日の分も含め、一週間の獲物は猪一頭に鹿四頭、羽兎と山鳥は各二十羽以上と大健闘であった。
これらのうち猪や鹿の肉は自分たちで食べたり、森林監督官や森で働く人足などに振る舞ったりして、残りは小鬼横丁への土産となる。
さらに皮も当然、小鬼たちへ渡して、加工してくれるよう依頼済みだ。
それと羽兎は俺が定宿にしている白鹿亭に、山鳥はナッジの屋台にそれぞれ買い取ってもらった。
両方とも、評判は上々らしい。
その上、白鹿亭には他の品々も卸していた。
「お、今日もいっぱい採れてるな」
ゴブリンの若者たちが背負う
森の恵みは、鳥や獣だけではない。
木苺、山芋、各種茸と美味しいものだらけである。
もっともこの辺りを漏れなく見つけ出せるのは、タルニコの類を見ない嗅覚があってこそだが。
「どうだ。だいぶ慣れてきたか?」
「いえ、まだまだです!」
「タルニコ先生には、全然敵いません!」
籠を背負っていたゴブリンたちに聞いてみたが、キラキラした眼差しで答えてきた。
すっかり、タルニコに心酔しているようだ。
こいつらをタルニコに同行させているのは、荷物持ちのためだけではない。
狩りは獲物の痕跡の発見と追跡、気配の消し方など、斥候に必要なものがたっぷり詰まっているからだ。
おかげでほんの少しずつであるが、形になってきているようだ。
「これ、言われたヤクゥソウ取ってきました」
「見つけたか。お前は本当に役に立つな」
尻尾を千切ればかりに振るタルニコから薬草の束を受け取った俺は、その足で森林監督官の小屋へ向かった。
俺たちが狩りの他にやっていたのは、トルースと協力しての薬作りであった。
先日、テッサが火傷の軟膏をトルースに所望したが、その材料となる火除け草をタルニコが森の奥から取ってきてくれたのだ。
で、出来上がった薬の異常な効き目に、改めていろいろな薬を作ってもらっているというわけだ。
前回の棘亀との戦闘でも大いに助けられたし、今後の荒事に備えておこうという腹づもりである。
あと薬の効き目に関してはザッグの知識と差がありすぎたため、トルースに聞いてみたところ、どうやらこの南の森は魔素溜まりといわれる土地らしく、特別に薬効の高い植物が多く生えやすいらしい。
だが、奥地へ行くほど危険なため、そうそう採りに行く者もいないとのことだ。
小屋の扉をノックをすると、すぐに開いて髭に覆われた顔が覗く。
「やあ、ザッグ君。今日はどうしたんだい?」
「頼まれた薬草を取ってきた。あと、鹿が取れたんで、夕食を一緒にどうかと思ってな」
「そいつは嬉しいお誘いだね。ぜひご相伴に預かるよ」
薬草の束を受け取ったトルースは、いそいそと奥のテーブルへ持ち去る。
以前にちょっと聞いたが、森林監督官の仕事を選んだのは、薬草に触れる機会が多いからという理由もあったらしい。
「それはそうと、森の湯のほうはどうだい?」
「ああ、階段がさっき出来上がったところだな」
「それも朗報だね。君たちが来てくれて、本当に助かったよ」
森の湯というのは、トルースが以前に教えてくれた温泉のことである。
温かい泉としか呼ばれていなかったのを、俺が分かりやすく命名したのだ。
その森の湯だが、温泉として利用するにはいろいろと不便であった。
そこで出番となったのが、土の精霊術が使えるテッサやゴブリンたちだ。
精霊術の訓練も兼ねて、いろいろと整備しようというわけだ。
結果、険しいスロープにはしっかりとした階段が刻まれ、湯殿の周りは邪魔な枝木が取り払われ頑丈な土塀に囲まれた。
今は余った木材で、脱衣所なんかも作ってもらっているところである。
「いやはや、便利なものだね。精霊術というのは」
「確かにな。だが足りない点も多い」
俺たちが三番目にやったのが、土の精霊術の用途の模索である。
土を自在に動かせる術の存在を知った時、まっさきに思いつくのは土木作業への転用だろう。
ただし実際に運用してみて分かったことだが、実は精霊術には制限があった。
一定の時間、術を行使すると、ある程度間隔を空けないと使えなくなるのだ。
しかもその間は極端に疲れたり、集中力が落ちてしまう。
なので限界を見極めつつ、休み休み使っていくしかない。
つまるところ瞬間的に穴を掘ったりする作業には向いているが、巨大な穴を掘る場合は普通に手で掘ったのとさほど変わらないということだ。
そして土木工事の大半は、継続的な作業が求められる長距離走だ。
インターバルをたびたび必要とする短距離走とは、少しばかり組み合わせが悪い。
もっとも精霊術にだって、素晴らしい利点がいくつもある。
「そうそう。切り株の件は助かったよ」
「どういたしまして。他にもどんどん頼んでくれ」
木を伐採した後に残る切り株は邪魔な上に、放置しておくと虫が湧いてしまう。
しかしぎっちりと地面に根を張った切り株は、簡単には引き抜けない。
そこで出番となったのが、我らの精霊術部隊だ。
いかに木の根が邪魔だろうと、道具が使いにくい環境だろうと関係ない。
切り株の下の土ごと持ち上げてしまえば、あっという間だ。
ちなみに土の精霊術はテッサが小鬼横丁のギーソッドに使い方を学び、ちょいちょい森に来てゴブリンたちにその習ったことを指導してくれている。
まあ、温泉を凄く気に入ったってのもあるらしいが。
「悪いね。助けてもらってばかりで」
「いいさ。こっちもいろいろ便宜を図ってもらってるしな」
獲物の解体場や炊事場を作る許可をくれたり、ゴブリンたちの寝泊まり用の小屋を現在、建設してくれていたりと、リターンも大きいのだ。
まあ、森を歩き回って魔物の発生に警戒してくれる存在は、トルースたちにとって滅茶苦茶ありがたいだろうしな。
最初は鬼人や獣人に嫌悪感を示した連中も居るには居たのだが、そこは美味い飯を何度かごちそうしたらあっさりだった。
そんなわけでゴブリンたちの訓練と森の拠点造りは、着々と進行していた。
そして今日、収穫物を抱えて宿に戻った俺を待ち受けていたのは、環境保全課のレイリーからの呼び出しだった。
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