第23話 おい、服を着ろ



「こんな夜道に馬車を走らせるなんて、まっぴらごめんでさぁ。旦那」

「まあ、もっともだな」


 すでに日はとっぷりと暮れており、辺りは全て闇の帳に覆われてしまっている。

 整備された馬車道とはいえ、この視界の利かない中では何が起こるか分からない。

 それに夜盗や魔物に出くわす可能性も、低くはないだろう。 


「それじゃ、ここに泊まっていくのはどうだい?」

「良いのか? この人数だぞ」

「森働きの人足たちの小屋は、まだ空いていたはずだよ。これだけ多いとちょっとばかり手狭だけど、詰めればなんとかなるはず。それと僕の小屋にもベッドが余っているしね」

「そうなのか。じゃあ厄介になるとするか。すまないな」

「良いんだよ。素晴らしいご馳走のお礼さ」


 森林監督官の言葉に甘え、ゴブリンたちと御者は人足用の小屋に泊めてもらうこととなった。

 定員十人のところに十二人が詰めかけたのだが、ゴブリンたちが小柄なせいで意外と余裕はありそうだ。

 そして俺とテッサ、タルニコは、トルースの小屋にお邪魔していた。

 

「奥の二段ベッドを使ってくれ。悪いが、どっちかは二人で寝てもらうことになるけど」

「じゃあ――」

「私とザッグは下を使おうか」

「モォリでは木の上でよく寝てました。高いトコロォ落ち着きます」

 

 なぜか勝手に仕切られてしまった。

 やれやれと肩をすくめていると、トルースが笑いを堪えながら提案してくる。


「奥に良いところがあるんだよ。交代で行ってみたらどうだい」


 その言葉につられ、俺とテッサは小屋の裏手に足を運ぶことにした。

 月明かりに照らされた斜面には、人が何度か踏み固めたらしき跡が辛うじて残っている。

 不安定な足元を我慢しながら十五分ほど歩くと、俺の鼻が茂みの向こうに金属臭の混じる水の臭いを捉えた。

 

 ガサガサとかき分けた先にあったのは、ふわりと湯気をくゆらせる大きな泉であった。


「ほう、これは凄いな、ザッグ! 湯気が出てるぞ。なんでだ?」


 はしゃいだ声を上げるテッサを横目に、俺は素早く周囲を観察する。

 水面の幅、奥行きともに、だいたい二十歩ほどだろうか。

 かなり広く、ゆったりと出来そうだ。


 奥の部分は切り立った岩肌が覗いており、その周囲にも大きな岩が並んでいた。

 湯気の量の多さからして、おそらくその辺りが湯元なのだろう。

 泉の周りは鬱蒼とした木々に覆われ視認性が悪いが、逆に外からも見えにくいと言える。

 む。今、首筋にチリッと来たな。


「おおおお、これお湯だぞ!!」


 声の方向に目を向けると、すでに全裸となったテッサが腰まで湯に浸かっていた。

 おいおい、思い切りが良すぎだろ。


 俺の視線に気付いたのか、テッサは楽しげに腰に手を当てて振り向いてみせた。

 その拍子に美しく丸みを描く双丘が、大胆にさらけ出される。


 引き締まった筋肉に支えられた膨らみは、柔らかく弾みながらも見事な張りを誇っている。

 薄っすらと腹筋の溝が浮かび上がる腹部のくびれ。

 艶やかな曲線で形作られた腰と、引き締まった真っ白な太腿。

 

 月光に照らし出されたその裸体は、心底素晴らしいとしか言いようがない。


「ほら、ザッグも早くこいよ」


 恥じらう素振りもなく無邪気に笑うテッサに、俺の下腹が一気に熱を帯びた。

 服を素早く脱ぎ捨て、温泉へと足を踏み入れる。

 むろん手首から外したナイフたちは、すぐに取り出せるよう脱いだ服の下へ潜ませておく。

 足首のナイフはそのままだ。

 

「おお、意外と温かいな」


 湯の温度は、三十八度くらいだろうか。

 少しぬるめだが、ほどよい湯加減である。


 水音もなく近づく俺を、テッサは子どものような笑みで出迎えた。

 が、視線を下へ移したとたん、その灰銀色の瞳が大きく見開かれる。


「げ、元気だな、ザックは」


 そう言いながらテッサの全身が、ゆっくりと桜色に染まっていく。

 ようやく恥じらいを見せた乙女は、顔を逸らしながらもチラチラと俺に視線を送ってきた。


「どうした?」

「い、いや、改めて見ると、その、す、凄いな」

「そうか」

「昨夜はベッドの中だったから、じっくりと――あっ!」


 俺に肩を掴まれたテッサは、ピクリと身をすくめた。

 その美しい体を引き寄せ、唇を重ねながらそっと湯の中へ押し倒す。


「ザ、ザッグ……」


 うっとりと見上げてきたテッサの頬や額にキスをしながら、唇を動かさずに耳元で囁く。


「そこの木陰に誰かいる。合わせてくれ」


 俺の低めの声に冗談ではないと即座に悟ったのか、テッサはコクコクと頷いてみせた。

 そのまま体の位置を入れ替えて、俺は湯の中へ身を潜ませる。

 そして上体を起こしたテッサが俺と戯れる演技をしている間に、水中を泳ぎ岸に突き出した茂みの下にたどり着く。


 静かに湯から出て茂みに紛れ込んだ俺は、そのままの木々の間をすり抜け視線の主の背後に回り込んだ。

 どうやら隠れて覗き見していたのは、一人だけのようだ。


――――――――――

 名前:早手のナツリ

 種族:鬼人種

 性別:女

 職業:革工見習い、料理人見習い

 技能:調理技能Lv2、土精技能Lv2、革工技能Lv1

 天資:地母神の加護、敏速

――――――――――


 個人情報を確認した俺は、足首にナイフを仕舞いながらゆっくりと息を吐く。

 そこに居たのは、宴会で料理番をしていたゴブリンの少女だった。

 後ろに立つ俺の気配にやっと気付いたのか、木の陰から身を半分乗り出していた少女はビクッと身を震わせて振り向いた。

 

「えっ、えっ、えっ、あれっ!?」


 驚きを顔に貼り付けたまま首を何度も振って、まだ湯殿で体をくねらすテッサと俺を見比べる。


「どどど、どうして?」

「それは俺の台詞だ。なんで覗いていた?」

「お祖父様がお仕えせよと……」


 高齢者を指す言葉に、俺の脳裏にギーソッドの老獪な面が浮かび上がる。

 あのジジイ、好きに使えってこういうことか。


「あ、あの、よ、よろしくお願いいたします」


 押し黙った俺を見て、ナツリは慌てて頭を下げてきた。

 が、わざわざこんな見え透いた搦手に、絡む馬鹿もいない。


「ギーソッドには後で言っておくから、適当にどこかで時間を潰してこい」


 そう言い捨てた俺はテッサと先ほどの続きをするため、湯の中へ再び舞い戻る。

 俺たちの会話に気付いていないのか、ぎこちない演技はまだ継続中であった。

 わざとらしい嬌声を上げる美女の姿を、じっくりと楽しませてもらう。


「ダメダメ、ダメだ、ザッグ。そこは、その、アレだから。えっと、あん!」

「ボ、ボクもこんな風にすれば良いのですか?」

「だから、帰っていいといっただろ。おい、服を着ろ」

「もう、そこばっかり。ザックって、そんなところ好きなんだ……」

「なるほど、勉強になります!」

「いやいや、参考にするなって。おい、変な性癖植え付けるな」

「私、そこ弱いって――ぇぇぇえええええ!」


 ゴブリンの少女にまじまじと見つめられていたことに、ようやく気付いたらしい。

 テッサを悲鳴に近い声を上げながら、大慌てで湯の中に沈んだ。


「いいいい、いつから見てた?」

「ダメダメってとこからです!」

「それ結構、最初のとこ! ああああああ」


 俺に見られた時よりも顔を真赤にしたテッサは、湯に潜りながらブクブクと泡を吐いた。

 このままだと、湯当たりそうだな。


 仕方がないので抱き上げて、泉の奥に並ぶ大きめの岩の縁に腰掛けてさせてやる。

 全身を赤く染めたテッサは、膝を折り曲げ手で抱きしめて丸まってしまう。

 そしてふてくされた顔で、ゴブリンの少女を問いただした。


「なんでここにいるんだい? ナツリ」

「お祖父様の言いつけです。灰銀様」

「だからギーソッドには、俺がとりなしてやる。気にせず戻ってろ」

「そうはいきません、勇者様」

「そうはいかないよ、ザッグ」


 打ち合わせたよう声をハモらせる二人に、俺は思わず眉を持ち上げた。


「族長のめいを断ったりごまかすことは、小鬼族の秩序に関わります。それだけは絶対に許されません」

「それに断ったら、この子にとても恥をかかせる行為になるんだよ。最悪、嫁の貰い手がなくなる」


 ゴブリンのような体躯が劣る種族は、集団の結束や団体行動が重要視されやすいんだろうな。

 そのために、ルールが厳しい理屈も分かるが……。


 胸の前で両手を握りしめながら見上げてくる少女を、俺は素早く観察した。

 身長は百四十五センチほどで、顔や手足はきれいに日焼けして見事に褐色だ。

 逆の胴の部分は白さが目立ち、なだらかな双丘の上のピンク色が鮮やかに映える。

 黒い髪は短めで、ちょこんと二本の角が飛び出る広いおでこにかかる程度だ。

 中性的な顔立ちだが、黒目の大きな瞳のせいで十二分な愛らしさが備わっている。

 うーん、辛うじてロリの範疇カテゴリーには入らなそうだ。


「一つ聞いていいか?」

「はい、なんなりと!」

「今、いくつだ?」

「今年で十五になります!」


 微妙な年齢に躊躇する俺に、テッサは言い含めるように口を挟んできた。


「何を悩んでいるか分からないが、そもそも族長の命令だろうと本当に嫌な場合は断れるぞ」

「そうなのか?」

「はい! ボクは選ばれてすごくすごく嬉しくて。その……お嫌でしょうか?」


 なんとも都合の良すぎる問い掛けに、俺は深々と息を吐いた。

 いろいろと思い悩むのが馬鹿らしくなってくる。 


「とりあえず慣らしながらやっていくか。それでいいか?」

「はい!」

「分かった! 私も頑張るぞ!」


 そういうことになってしまった。


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