第22話 なぜ兵隊を欲しがるんだ?



「うん、本当に素晴らしい食事だったよ。誘ってくれてありがとう、ザッグ君」  

「満足してくれたようで、良かったよ」


 最初は皆、無言でむさぼり食っていたが、何度かおかわりを繰り返し一息入れる余裕も出来たのか、食事の場は和やかな空気に変わりつつあった。

 酒が進んだ小鬼どもと大鬼テッサは、ジョッキを何度も酌み交わしながら、大きな笑い声を上げている。

 ちなみにオーガの角は額から大きく一本が突き出す感じで、ゴブリンたちの角は額のこめかみに近い位置から小さく二本覗く感じである。


 タルニコは少し離れた切り株で、ゴブリンたちに囲まれて何やら熱心に訊かれているようだった。

 そんな連中を横目に眺めながら、俺はピリピリと辛い赤辛子のスープを口に運びつつ、トルースたちと他愛もない話に興じていた。


「ゴブリンの飯を食うのは初めてだが、中々に美味いものだな」

「私も驚いたよ。食材も良いとは思うが、丁寧に下処理されていて雑味が全くないというのは見事だね」

「ガズはどうだ。この飯は気に入ったか?」

「へえ、たいへん満足しましたよ。旦那」

「そうか。それなら街で小鬼の店を出したら、意外と繁盛するかもな」


 俺の思い付きは、微妙な沈黙で迎え入れられた。


「……それはかなり難しいと思うよ。ドーリンの市法で鬼人は表通りに店を出せないと定まっているし、出店の審査もかなり厳しいと聞く」

「あっしも店ができるなら通ってみたいとは思いますが、蛮族の飯ってだけで嫌がる連中も大勢いますさ」


 わずかに眉を持ち上げた俺の視線に気付いたのか、ガズは大きく咳ばらいをした。


「その……、あっしがあいつらに料金を多めに吹っ掛けるのは、ちゃんとわけがあるんですよ、旦那。獣人を乗せるとたいてい酷く汚されますし、鬼人のほうは力が強いせいで、荷台を壊されたことが三度ほど。あの馬車はあっしの全財産なんです。理不尽な仕打ちを黙って受けるのは、我慢ならんのですよ。けど乗車を断って揉め事でも起こせば、市の委託馬車から外されちまう。あっしが出来るのは精々、料金を上げるくらいなんです……」


 つらつらとガズが御者の苦労を語り出す。

 事情が明らかになれば、ガズの言い分をもっともだと思える。

 そういった種族間の問題を一介の御者に押し付けて何とかしろってのは、無茶がありすぎるしな。


「ただし旦那のお連れさんなら、安心できますさ。あんな静かに馬車に乗ってる小鬼どもは初めて見ましたよ」

「私もザッグ君の仲間というなら、どんな人でも信用するよ」

  

 今、彼ら正規市民が信じているのはテッサやタルニコではなく、それを引き連れている俺の評価だ。

 蛮族呼ばわりされている鬼人や獣人たちの社会的信用は、そう簡単には上がらないだろう。

 俺はこれからの苦労を考えて、小さく息を吐いた。

 

「変な話をして悪かったな。もうしばらくしたら引き上げるから、それまでゆっくりしててくれ」


 話を切り上げた俺は、離れた切り株に一人腰掛けていたゴブリンの族長に近づく。

 孤独に杯を傾けていたギーソッドは、俺に気付くと唇の端を持ち上げて歓迎の意を示した。


「美味い飯だったよ、ごちそうさん。で、取引の話をしにきたんだが隣は空いてるか?」

「喜んでいただけて、何よりですな」

「お前らが出せるのは、この飯のみってことでいいか?」

 

 俺の問い掛けに、老人の口元は小さく弧を描いた。


「ふぉふぉふぉ。確かにわしらには、この貴重な甲骨に見合う金子をご用意できませぬな」

「それで俺が納得すると?」

「いえいえ、滅相もない。ちゃんと見合うものは用意してございます。今日、連れてきた子ら全て、勇者殿にお預けいたします。どうぞ、煮るなり焼くなり、好きにお使いくだされ」

「そうきたか。なるほど、こいつらをこき使って代金を稼げと」


 まあテッサを通して、わざとらしく困窮っぷりを伝えてくるほどだ。

 それに見積もりの話もなくいきなり宴会なんて、おかしいとは感じていたが案の定か。


「土の精霊術を使いこなす優秀な十人の若者です。取引材料としては申し分ないかと」

「それが使い物になればな。そもそも、お前ら鬼人を信用しろと?」

「ふむ。しかしながら、勇者殿がおそばに置いておられるのは、その怪しげな鬼や獣の方ばかりですな」

「言われてみればそうだな。実のところ使える奴なら、誰であろうと拘らない主義でな」

「今日の働きぶりでお分かりいただけたと思いますが、わしら小鬼族はお役に立てますぞ」

「ああ、気遣いは良く出来てたし、働き者だとは感心したな。だが、仕事となると話は別だ」

 

 確かに器用で気も利くゴブリンどもは、いろいろと役には立つだろう。

 だが鬼人への根強い差別がある以上、選べるのは誰もやりたがらない体を張る危険な仕事となる。


 そうなるとやはり小柄な体格は、荒事では致命的に不利だ。

 いかに素早く動けたとしても、決定力のなさはいかんともしがたい。

 そして地の精霊術は防御に向いた技能だけに、組み合わせとしてもまずい部類だと思える。


「それはそうですな。だが勇者殿なら、いくらでも使いようを思いつくのでは」

「簡単に言ってくれるな」


 むろん、戦闘外でも重要な仕事は多々ある。

 偵察や見張り、追跡に伝令等々。

 だがそれらの役割を果たすには、それなりの経験や才能が必要となってくる。

 しかしながらゴブリンの若者たちには、そういった技能を持つ者は見受けられなかった。


「ええ、すぐにはお役に立てないかもしれませんのう。だが、やる気は満ちておりますゆえ」

「それ以外は、俺がなんとかしろと」


 つまるところ、族長の狙いはそれなのだろう。

 ゴブリンの若者を預けるから好きに使えではなく、ゴブリンの若者を預けるから鍛えてくれなのだ。

 ド素人の奴らに戦い方や逃げ方、それに街中での常識とかまでを含めて指導してほしいってところか。

 そしてあいつらを鍛えた先に待つ結果は――。


「なぜ兵隊を欲しがるんだ? ギーソッド」


 単刀直入に、俺は疑問を投げかけた。

 この老獪なゴブリン相手に遠回しな腹の探り合いをしてても、埒が明かなそうだ。


「身を守るためですよ、勇者殿」

「街を攻める意図はないのか?」

「何のために? それはあり得ませんな。人の街があってこそ小鬼横丁が成り立つのです」


 族長はわざとらしく眉毛を持ち上げ、驚き顔を作ってみせた。


「ですが、わしらの住処は厚い壁には守られておりませぬ。そして、わしらは職人であって兵士でもありませぬ。か弱き身の上だからこそ、自衛の術は自らで得なければなりませぬ。そこに何もやましいことはございません」

「それだけとは思えないんでね。それ以外にも何かあるだろ?」

「もちろんございます。ただし、そこまで打ち明けられるほど、勇者殿を信頼しておりません」

「率直だが正しいな」

「宴の席で酒がすすめば、お人柄が出てくるものですが、勇者殿はどうも表に出にくいようで」


 そこでゴブリンの老いぼれは、初めてあった時のような胡散臭い笑みを浮かべてみせた。

 どうも、この皺だらけの笑い顔は嫌いになれないな。

 ま、一緒に飯を食って酒を飲み交わせば簡単に分かり合える、なんて言い出すよりかは信用できる。


「良いだろう、取引しよう」

「お、よろしいので?」

「人手が欲しいのは否めないしな。今日取れた骨と革で、お前たちの防具は作れるか?」

「一月ほどいただければ、ここにおる者の分ならば、揃えておみせいたしましょう」

「半分の人数でいいから、優先で作れるだけ作ってくれ。まずは見栄えを良くしておきたい」

「心得ました。目星はおありで?」


 俺は宴で盛り上がる場を見渡して、もう一度各々の個人情報を素早くチェックする。


「あそこの三人と料理していたあいつ。あとは給仕の奴の分を頼む」

「ほうほう、やはり良い目をしてらっしゃる」


 比較的体格の良いのと、料理技能を持っている奴を優先で指名する。

 それと半信半疑であったが、魔物の肉の食事にはちゃんと効果があったようだ。


 最初のチェックではゴブリンたちの土精技能は、族長を除く全員がレベル1であった。

 しかし今は、軒並みレベル2に上がっている。

 ただ残念ながら、テッサと族長のレベルはそのままだった。

 摂取した精霊の量とかが、関係しているのかもしれないな。


 あと、検証のために来てもらった森林監督官のトルースと御者のガズの個人情報には、全く変化はなかった。

 やはり、神の加護がないと駄目なようだ。


「長い付き合いになりそうだが、これからもよろしく頼む」

「期待しておりますぞ、勇者殿」


 俺とギーソッドが固く握手を交わしたところで、宴会はお開きとなった。


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