第20話 固くなると想像するんだ



 道中は特に何事もなく、あっさりと南の森へ到着する。

 森の停留場は人気のなかった昨日と違い、斧やのこぎりを手にした男たちが忙しそうに動き回っていた。

 他の連中を先に棘亀の解体へ向かわせた俺は、森林監督官の小屋に一言挨拶しに寄る。

 

「やあ、トルースさん。亀の死体を引き取りにきたよ」

「おや、ザッグ君。今朝、話した約束をもう果たしにきてくれるとは」

「この陽気だし、はやく処分しないと臭いが洒落にならんだろと思ってね」

「その気遣いは大いに助かるよ」


 森林監督官の小屋は会話中も人の出入りが多く慌ただしい有り様だったので、挨拶もそこそこにして俺も亀の解体現場へ向かった。

 伐採場へ続く緩い傾斜の道を、踏みしめながらゆっくり登る。

 小うるさい鳥の声もなく、森は本来の静けさを取り戻したかのように穏やかであった。


 落ち着いた森の空気とは裏腹に、伐採場はちょっとした祭りになっていた。

 ゴブリンどもが勇ましい掛け声を上げながら、亀の甲羅の縁にしがみつき懸命に分解を始めている。

 甲羅の天辺に立つ赤い衣装の族長が、両手を振り回して細かい指示を出しているのだが、まるで神輿の担ぎ手と囃子手のようだ。

 

 周囲を見回すと、ちょうどテッサが木々の間から両手いっぱいに枯れ枝を抱えて出て来たところであった。

 それを切り株の脇に積み上げると、そそくさとまた森の中へ姿を消す。

 薪を集めているのか。

 

 タルニコを探してみたが、穴の周囲や亀の甲羅の上には見当たらない。

 狩りにでも行ったのかと思いつつ、亀がはまった落とし穴を覗き込むと腹の下にいた。

 仕掛けた木の杭が亀の腹のど真ん中に刺さって穴の底に隙間ができており、そこに潜り込んで何やらやっているようだ。


 しゃがみ込んで見ていると、タルニコはククリナイフを亀の腹にあてて躊躇なくかっさばいた。

 ボタボタと落ちる内臓や血を脇で構えてたゴブリンが、大鍋で器用に受け止める。

 慣れた手つきのタルニコが胴体にナイフを入れ、繋がった腸や筋を切り離していく。

 あっと言う間に臓物で一杯になった大鍋は、穴の側で待ち構えた奴に新しい鍋と引き換えで手渡される。

 運び出された大鍋は、綺麗にした切り株の上で中身が選り分けられ、違う鍋や壺に移されたり枝に引っ掛けて干されたりしていた。


 テキパキと働く鬼人や獣人を横目に、俺はやることもなく大きく伸びをした。

 人体の解体ならそれなりにいけるが、巨大な魔物は専門外だしな。

 

 隅のほうの切り株に座って、ぼんやりと皆の仕事ぶりを眺める。

 ゴブリンたちは鋭いたがねを甲板の継ぎ目に差し入れ、リズムよく木槌で叩きながら一枚一枚を器用に剥がしている。 

 足の方も鋸で骨の分節を数人がかりで切り離した後に、骨と肉と皮に手際よく分解されていた。

 腹の部分の肉はタルニコが穴の中でせっせと切り離しているのだろうか、こちらも瞬く間に切り株に山積みになる。

 独楽のようにくるくると働くゴブリンたちは、見ているだけで心地よかった。


「彼らはよく働くだろ」


 薪集めが終わったのだろうか、いつの間にかテッサが傍らに立っていた。


「ああ、見ていて気持ち良いな」

「ゴブリンは優秀な働き手なんだ。だが小柄だし、額の角を嫌がる人間も少なからずいる。だから街中に大っぴらに出入り出来ないし、客商売にも就きにくい」


 たぶん一番大きいゴブリンでも、身長は百五十センチ足らずだ。

 中学生並の体格じゃ、人足はちょっと厳しいな。


「族長には刀剣に使う革で世話になっているんだ。それで……、その族長に聞いたんだが、革細工の仕事だけじゃやはり生計は厳しいらしい。もっと仕事を回せれば良いんだが、私の店もごらんの有様だしな。都合のいいことを言ってるのは承知だが、彼らのことも少し気に掛けてくれないか?」


 いつもより歯切れの悪くなったテッサの口ぶりに、彼女らしい遠慮が見える。

 夕べの相互扶助な団体の話を、ちゃんと考えていたんだな。

 ま、美人に頼られて嫌な気をする男はいない。


「わかった。考えておくよ」


 頼りにされるのは心地良いが、こちらもまだ全然地に足がついてるとは言いがたい状況だ。

 しっかり仕事を探していかないとな。

 今のところ市庁舎関連しか請け負えてないし。

 戻ったら酒場のマスターや屋台主のナッジに、心当たりを聞いてみるとするか。


 ふと見ると小鬼族の族長が、しゃがみ込んで地面を何やらこねくり回していた。

 そのままスイっと立ち上がると、驚くことに大地がその手に吸い付くように持ち上がる。

 綺麗なお椀状に盛り上がった土の山は、族長の腰の高さほどだ。

 そのまま族長がドームの表面を撫でると、土の色が色濃く変わっていく。

 外側を固めきった族長は、今度は少し力を入れるように土の山の天辺を押し込んだ。

 その手の動きにあわせて、頭頂部から土くれが周囲に飛び散りすり鉢状に凹んでいく。

 棘亀の土棘飛ばしと同じような技か。

 周囲に土を撒き散らしながら、土山の内部は空洞になっていく。


 次に族長がドームの下部分に触れて、丸い焚き口を開ける。

 そして最後に後ろに回り、少し飛び出した煙道も付け足す。

 わずか数分で、立派な土製のかまどが出来上がった。


「土の精霊術って、便利なもんだな」

「あれほどの造作を成し遂げるのは、かなりの修練が要ると思うぞ」

「ふむ。テッサもやれば出来るんじゃないかな」

「いや、私には無理だ。昨日の土を纏うのが精一杯ってとこだよ」


 土精技能のレベルが上っても、本人には自覚ができないものなのか。

 レベル2に上がったことだし、どれほどの効果アップか確認しておきたいな。


「俺の見立てでは、十分に出来るはずだ。一度試してくれないか」


 真面目な声で頼むと、テッサはなぜか少し耳を赤くしてうつむく。

 そして少し逡巡しつつも、しゃがみ込んで大きく指を広げて大地に押し付けた。

 目をつむり集中するオーガの見目好い横顔に、俺は静かに顔を寄せた。


「固くなると想像するんだ、テッサ」


 突然の耳元の声に驚いたのか、テッサは小さく身を震わせた。

 驚いて引っ込めようする手の甲を、上から優しく手を添えて留める。


「膨らみを、手の中で大きく強く起立するものだと」


 眼を閉じたままテッサは、小さく吐息を漏らした。

 そのまぶたが細かく震え、長いまつ毛を小刻みに揺らす。


「そう、それでいい。ゆっくりと丁寧に撫で上げるんだ。触った部分が固くなると思い描いて」


 気が付くと触れているテッサの肌は、じっとりと熱を放ち始めていた。

 それは燃え盛る火が起こすゆらぎのように、周囲の空気をわずかに歪めて行く。

 

「よし、もう少しだ。そのまま続けて」


 俺の呼び掛けにテッサは無言で頷き、伸ばした手を滑らかに土に這わせた。

 小さく開いた口元から、蛇のように舌が顔を覗かせ艶っぽい唇をちろりと舐め上げる。

 そしてテッサが最後にその身を少しだけ震わせると、小さな固い土の塔は完成した。


「……驚いた。私にも出来たぞ」

「おめでとう。多分、昨日の魔物の戦いで成長したんだろ」

「ああ、そうかもしれないな。ありがとう、ザッグ。気付かせてくれて」


 これはまだ推測でしかないが、土の精霊術のレベル1は土の集合、レベル2は硬度変化。

 そして棘亀や族長の使った土を飛ばす術が、レベル3あたりだろうか。

 土の塔は触ってみると存外に固い。これなら色々と使い途もありそうそうだ。

 俺は思わぬ成果に唇の端を持ち上げながら、屹立した土の塔を力を込めて握り潰す。



 手を止めてこちらを見ていた数人のゴブリンが、なぜか股間を押さえていっせいにうずくまった。


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