第19話 なんでまた、宴会を?


 

 空になった荷車を宿に置いてきた俺たちは、待ち合わせの前にすっかり顔馴染みになった地鶏焼きの屋台に立ち寄った。

 すでに魔物退治の噂が流れていたらしく、ナッジにキラキラした目で武勇伝をせがまれながら昼飯をすませると、ちょうど良い時間になる。

 約束の南門前に近づくと、人混みの中でも際立つ美女の姿が見えた。

 ピッタリとした黒い革のつなぎを身に着けたテッサが、こちらに気付いて元気よく手を振ってくる。


「待たせたか?」

「いや、私も今来たところさ。ほら、これ研ぎおわったぞ」


 手渡された革袋を開け、三丁のナイフに素早く目を通す。

 見事な仕上がりに感心しつつ、一瞬で手首と革靴に仕舞い込む。

 正直、やった本人の俺でさえ、どうやったのか分からない早業だ。


「ありがとう。完璧な仕事ぶりだな」

「どういたしまして」


 研ぎ代として銀貨三枚を差し出すと、テッサは素直に受け取ってくれた。

 

「それで魔物の引き取り先に行くんだったな。ここから近いのか?」

「まあ、近いといえば近いんだけどね」


 珍しく持って回った言い方をしたテッサは、さっと身をひるがえして歩き出す。

 説明するよりも、連れていったほうが早いと言うことか。

 南門に近付いたテッサは、そのまま門を通り抜け、あっさりと街の外へ出てしまう。

 俺とタルニコも後へ続いた。


 街壁の向こう側の外街はごちゃごちゃとした建物が並び、整然とした街中のと違いがハッキリと感じ取れる。

 建物を後から継ぎ足していったせいなのか、ツギハギな街並みという表現がピッタリであった。


 鼻孔にこびりつくような生活臭と汚水の臭いに混じって、旨そうな肉を焼く匂いがどこからか流れてくる。

 通りの上を横切るように干された洗濯物を、焚き火の白い煙が燻しながら空へ消えていく。

 赤子の泣き声とそれをあやす子守歌を遠くに聞きながら、俺はなぜか初めてのはずの場所を懐かしく感じていた。


 雑然とした通りを、テッサは慣れた足取りで進んでいく。

 大きく踏み出されるオーガの歩幅とは逆に道幅はどんどん狭くなり、やがて人ひとりがやっとの狭さまで細くなった。

 空を塞ぐように伸びる左右の建物も相まって、トンネルを通っているような気持ちになる。


 そして俺たちは、不意に穴倉から抜け出した。

 ぽっかりとひらけたそこは、隙間なく立ち並ぶ家々に取り囲まれた小さな広場だった。

 広い空間に出た俺の目は、土を固めて盛り上げた演台のようなものを真っ先に捉える。

 盛り土の上には小柄な人影が一人、その周囲を取り囲む人の群れも一様に背が低い。

 額に小さな角を持つ彼らの姿は、ザッグの記憶の中でもそれなりに見覚えがあった。


「ここは、もしかして小鬼横丁か?」

「そうだよ。ここのゴブリンとは、付き合いが長くてね」


 小柄な体に小さな角を持つ小鬼族ゴブリンは比較的、街でも馴染み深い鬼人種だ。

 彼らは生き物の死骸を加工する術に長けているが、その生業ゆえに街中での暮らしはあまり歓迎されない。

 まあ、こいつらは腐りかけの動物の死骸を軒下に大量に吊るしたり、皮をなめす時に酷い臭いをだすからな。


 それでも街の住民が嫌がる清掃業等を引き受けてくれるゴブリンの需要は大きく、ドブ掃除をしている姿などを見かけることは結構多い。

 ただ上記の理由から必要とされながらも、たいていの街では彼らの居住区は街の外に作られる。

 どの街の防壁下でも見られる小鬼たちのコミュニティ。それが小鬼横丁であった。


 俺たちの来訪に気付いたのか、盛り土の上に立っていたゴブリンが大きく手を揺らした。

 その周りを取り囲んでいたゴブリンどもが、さっと左右に分かれ道を作る。

 ぴょこんと台座から飛び降りたゴブリンのリーダーらしき男が、ゆっくりと近づいてきて大袈裟に両手を広げた。


「おうおう、お元気でしたか? 灰銀様」

「ご無沙汰しておりました、族長」

 

 族長と呼ばれたゴブリンに、俺の視線が自然に吸い付く。


――――――――――

 名前:赤蛭のギーソッド

 種族:鬼人種

 性別:男

 職業:族長、革工親方

 技能:革工技能Lv5、土精技能Lv3、指導技能Lv3

 天資:地母神の加護

――――――――――


 俺の探る目付きに気付いたのか、小鬼族の族長は大きく眉を持ち上げて驚く顔をわざとらしく作ってみせた。

 色がすっかり抜け落ちた白髪と深く窪んだ眼窩から、かなりの年寄りだとは分かるが、その爛々と輝く眼光は衰えを全く感じさせない。

 派手な赤い帯装束に、牙を大量にあしらったネックレスを何本も首に下げた格好も相まって、この老ゴブリンはどこか胡散臭さが鼻についた。


「始めましてかな、旅のお方」

「ザッグだ。こっちは連れのタルニコ」

「ハウ!」

「わしは赤蛭のギーソッド。ここの責任者をやっておりますのう」

「族長、彼らが魔物を一緒に倒した仲間です」

「おお! 南の森に巣食っていた化け物を退治なされた勇者様方か。なるほど、まっこと鋭き眼差しをしておられる。その眼で魔物を射貫いたとお噂でしたが、わしの心の臓まで止めるおつもりですかな」


 ところどころ抜け落ちた歯並びを見せつけるように、口を大きく開いた老ゴブリンハはワシャワシャと笑い声を上げた。

 そのまま俺の返答を待たず、くるりと後ろを向いた族長は再び土で作られた演台に飛び乗る。


「皆の者、聞け。精霊様のご加護を受け賜る機会が訪れたぞ。だが、全員にその賜物を振舞うわけにも行かぬ。心苦しいが同行は選りすぐりの者だけとさせてもらう。覚悟は良いな?」


 芝居がかった族長の言葉に、ゴブリンたちが地面を踏み鳴らし雄叫びを上げる。

 確か棘亀の死体を引き取る話だったはずだが、どうも話がおかしな方向へ進んでいるようだ。


「どうなってるんだ、テッサ?」

「ああ、魔物の死骸を引き取る話をしたら、宴を開くってことになってな」

「なんでまた、宴会を?」

「彼らは魔物の肉を通して、精霊の加護を得るらしい。そのお迎えのためだな」


 精霊か……。

 そういえば棘亀は、土の精霊術を使ってきたな。

 それにタルニコが魔物のことを――。


「確か、精霊憑きって呼んでたな」

「ハウ。フルゥサトでは精霊が宿りすぎた獣をそう呼んでます」

「魔物ってのは魔が憑いた獣って話だが、もしかして魔と精霊って同じものなのか」

「ヨォクわかりません。でもセイレィツキ食べると、精霊がのりうつると言われてました」

「それは興味深いな。口から摂取できるのか」

「でもスゥグ食べないと、精霊消えてしまいます」

「宿主が死ぬと移動する習性もあるのか。本当に病原体みたいだな」


 実は精霊術自体は、蛮族との諍いの歴史が長いこの国では結構知れ渡ってはいる。

 だが獣人や鬼人しか使えない技術なので、妖術の類だという認識が一般的であった。


 ザッグの記憶の中でも、仕組みがほとんど分からない不思議な術といった認識だ。

 しかしその有用性は、対棘亀戦で十二分に証明されている。

 その使い手を増やせるというのなら、今後、いろいろな仕事に対処しやすくはなるな……。


 捕らぬ狸の皮算用な人材派遣業の未来に思いを馳せていると、いつの間にかゴブリンどもの選抜は終わっていた。

 気が付くと俺たちの前に、族長を先頭に準備を終えた十人が整列している。


「それでは参りましょうか、勇者の方々」

「もしかして、その荷物を持って、歩いていく気か?」


 小鬼たちが担いでいる解体用の刃物や鋸をまだ良い。

 だがそれ以外にも、なぜか両手で抱えるほどの壺や大きな鍋に包丁と、用途の分からない手荷物があまりにも多い。


「これがないと宴の準備が出来ませぬ」

「うーむ、急がないと精霊が消えるって聞いたしな。よし、あれを使うか」


 俺はゴブリンどもを引き連れ、南門の外にある馬車乗り場へ向かった。


「おい、暇なら一台用立ててくれ」


 暇そうにあくびをしていた御者に、レイリーからもらった荷馬車の無料使用の許可証を見せる。

 亀の頭部を運ぶ用だったが、それはもう済んでいるので、こっちで使わせてもらおう。


「へい、わかりました。って、旦那!」

「なんだ、お前か。今日は只で頼むぜ」


 俺を見て盛大に顔を引きつらせたのは、昨日運賃で難癖をつけてきた御者であった。

 二日続けて嫌ってる鬼人の乗客とは、ついてない話だな。


「南の森まで出してくれ。ほら、お前らさっさと乗り込め」


 俺の掛け声に、ゴブリンどもはあたふたと荷物を積み込み始める。

 それを横目にテッサに手を貸して、荷台へと引き上げてやる。

 なぜかタルニコと族長も、手を伸ばして引き上げてくれと催促してきたので、仕方なく手を貸す。

 俺とテッサとタルニコ、それにゴブリン十一人を乗せた馬車は重々しく出発した。


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