第14話 部屋に来るか?



「うん、これは美味いな」


 こっそりタルニコに耳打ちで説明と指示をした俺は、やっと料理に手を伸ばす。

 ここを勧めてくれた屋台の店主のナッジが、飯が理由だと言っていたのも納得の美味さだ。

 舌鼓を打ちながら、しばし酒と料理を心ゆくまで楽しむ。


 気が付くと宿屋の食堂は、酒場へと様相を変えていた。

 一仕事を終えた連中が一杯やりに来たせいか、いつの間にか周囲がかなり騒がしくなっている。 

 俺たちのテーブルも酒が進みくつろいだ雰囲気になったので、そろそろ本題に入るべく少し大きめの声でテッサに話し掛けた。

 

「ところで、魔物の死体の引き取り先に心当たりはないか?」

「加工先ってことかい?」

「そうだ。できれば引き取りに、人を出してくれる所が良いんだが」

「心当たりは一つしかないが、人手に関しては心配ないと思う」

「それなら安心だ。聞いといてくれるか」


 そこから少し声を落として話を続ける。


「そうそう。頭の部分は、討伐の証拠で渡さなきゃダメなんだ。そこは売れないって伝えておいてくれ」

「分かったよ。しかし証拠もないのに、よく賞金が貰えたな」

「今日の分なら俺が立て替えた。明日、頭と交換でもらえるから気にしないでくれ」

「そうだったのか。じゃあ、明日も手伝わないとな」

「いや、森小屋の裏手に置いてもらってる首を引き取りに行くだけだから、俺とタルニコで十分だ。さすがに二日連続で、店を休むのは不味いだろ」

「そうか、気を使ってもらってすまないな」


 そこでテッサの後ろに座っていた小男が、無言で立ち上がる。

 男がテーブルに酒代を残し、立ち去るのを確認した俺は、玉ねぎ皿のチーズグラタンを貪り食っていたタルニコに目配せをする。

 って、犬人族コボルトが、玉ねぎ食べて大丈夫なのか?


「ベンジョウに行ってきます」


 タルニコが席を外したのを切っ掛けに、俺とテッサは気分を変えて飲み直すためにカウンターへ移った。

 ドルスにはテーブルの料理が片付いたら、少しサイコロで遊んで来いと大銅貨を五枚ほど手渡してある。


「それじゃ、改めて乾杯」

「ああ、今日はやけに酒がしみるよ」


 そりゃしみるだろう。かなりダメージ喰らってたしな。

 気になった俺は、テッサのうなじに残る打撲痕にそっと触れてみる。 


「あの軟膏、よく効いたみたいだな」


 熱や腫れもほとんど引いており、痛がる素振りもない様子に安心する。

 いや、熱っぽいな。

 彼女の真っ白な首元が、赤く染まっていくさまに俺は急いで手を離した。


「あっ……」


 なぜか、残念そうな声を漏らすテッサ。

 改めて見ると、テッサは店に戻った際に着替えたようで、白麻の生地のこざっぱりしたワンピース姿になっている。

 首元で切り揃えた灰銀色の髪とよく似合っていた。

 昼間の胸当てを着けた姿も凛々しかったが、赤みを増した肌のせいで色っぽさに拍車がかかっている。


 思わず見入ってしまった俺の様子に気付いたのか、長い睫毛を伏せた美女は恥ずかしそうに目を逸らした。


「その、……今日は嬉しかったよ」

「そうだな。大金星だったしな」

「そうじゃなくて、門のところで庇ってくれただろ」

「あれか」

「誰かに守ってもらえるのって、気持ち良いんだな……」


 再び俺に向けられたテッサの瞳は明らかに潤んでおり、その赤い唇も艷やかに濡れている。

 日本人だった時は慎み深さで定評のあった俺だが、思わずその背中に手を回してしまった。

 くすぐったそうに少しだけ身をよじるが、本気で嫌がっているようには見えない。

 そっと背骨に沿って指を動かすと、テッサは満足そうに吐息をついた。


「薬を塗ってもらった時も思ったが、ザッグの手は心地いいな」

「そうか。もっと触ってやろうか?」

「……お、お願いしていいか」


 許可を得てしまった俺の手は、遠慮を全く忘れたようだ。

 背筋をじっくりと撫で回した手のひらは、そのまま腰まで下りていく。

 そして適度に脂が乗った柔らかい尻肉を、ゆっくりと揉みほぐした。

 テッサの尻は、指を沈ませると心地よく跳ね返してくる極上の肌の張りを持っていた。


「あんっ!」

「嫌か?」


 俺に尻を撫でられたテッサは、恥ずかしそうに頬を染めながら首をフルフルと横に振る。

 その愛らしい仕草に、俺のいたずら心と欲望がエスカレートした。

 もう片方の手を太腿にのせて、テッサの横顔を窺う。

 俺の視線に気づいた美女は、乙女のようにはにかんでみせた。


「もしかして、こういうことに慣れてないのか?」

「その……、初めてだ」

「そうなのか」


 これほどの美人の思わぬ告白に、俺の内側で炎が一気に吹き上がった。

 そのままテッサの太腿の奥に、手を伸ばしかけ――。

 寸前で、理性が欲望を押し止める。


 落ち着け、落ち着け。

 こんなとびっきりの美女相手だからといって、性急すぎるぞ。

 そもそもテッサとは昨日、出会ったばかりだ。

 いくらなんでも、この状況はおかしすぎる。

 魅惑的すぎる美女から目をそらした俺は、心に浮かんだ疑問をそのまま口にしてしまう。


「俺のどこを気に入ったんだ?」


 当たり障りなく探りを入れるつもりが、直球を投げ込んでしまった。

 が、当のテッサは照れくさそうに微笑みながら、スラスラと答えてくれる。


「そうだな。お前の強いところだ」

「それだけでか?」

「それ以外に大事なものがあるのか? 十分じゃないか」


 戦闘種族オーガといえど、ちょっと短絡過ぎないか?

 

「そもそも俺は、そんなに強くはないぞ」

「あれだけの動きをしておいてか。ドリスがうっかり鬼殺しを飲ませた時なんて、速すぎてびっくりしたぞ」


 酔っ払って倒れかけたタルニコを支えたやつか。

 あの時から、気付いていたのか。


「それに強いって言うのは、体だけの話じゃない。お前は私たちが困っていたら、すぐに手を差し伸べてくれたろ。それにドルスたちが危ない時に、なんの躊躇いもなく飛び出してみせた。さっきの門衛所でもそうだ。私たちが少し我慢すればいいだけなのに、お前は本気で怒ってくれた。全部、心も強い奴じゃないと、出来ないことだよ」


 さっきテッサにべた褒めされた時、半分以上はザッグのおかげだと否定してしまったが、残った半分は俺がそう決断して動いた結果だったな。

 改めてその点に気づくと、よく分からない感情が胸の中に渦巻き始める。


 黙り込んでしまった俺を見て、テッサは頬をさらに赤らめながら俺の手に自分の手を重ねてきた。

 そして自分の太腿に強く押し付けながら、まっすぐ見つめてくる。


「わ、私はザッグにもっともっと触って欲しいって思っている。だ、だめか?」


 はにかみつつも大胆なテッサの誘いに、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 そのまま、もじもじと目を伏せる美女の内腿に大胆に指を忍ばせる。

 その感触に驚いたのか、テッサは灰銀色の瞳を見開いてみせた。

 赤く染まった耳たぶをついばみながら、俺は囁くように命令する。


「足を広げて」

「……こ、こうか?」


 ゆっくりと開かれた腿の隙間に、俺の手が潜り込む。

 テッサは唇を噛んで懸命に耐えてはいたが、俺の指が最奥に達した瞬間、その口が甘い吐息で開かれる。

 そのまま指で優しくこね回していると、不意に内腿をギュッと閉じて俺の手首を締め付けてきた。

 小さく息を弾ませるテッサの肩を抱いて、頬に触れる距離まで顔を寄せてそっと尋ねる。


「俺の部屋に来るか?」


 テッサは首元まで赤らめながら、俺の目を見つめてしっかり頷いてくれた。

 腰に手を回したまま美女を椅子から立ち上がらせ、早鐘を打つ心臓とともに部屋へ向かおうとしたその時――。

 

 タルニコが、ハァハァと舌を出して帰ってきた。

 こちらを目ざとく見つけ、元気よく手を振ってくる。


 ああ、クッソ!

 残念だが、時間切れか。


「すまない、急用ができた。俺の部屋で先に休んでてくれ。部屋は階段を上がって、一番奥の右扉だ」


 驚いて俺を見つめ返すテッサの手のひらに、部屋の鍵を素早く握らせ、頬に軽く口付けてその場を後にする。

 ドアを開け宿屋から出ると、一緒に外へ出たタルニコが状況を報告してきた。


「アィツラ、荷車を引いて街の外、出て行きました」

「やはり狙いはそっちか。何人だ?」

「ヨォニンです」

「そうか。それじゃあ」


 仕掛けた針に、あっさり掛かってくれたらしい。

 あんだけ脅してやったのに、懲りない連中だ。

 やれやれと首を伸ばしながら、俺は頭上に広がる夜空に向かって呟いた。



「……深夜の狩りに行くとするか」



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