第15話 ……来たか



 ことの始まりは、ドルスが何を飲んでいたかを確認するため振り返った時だった。


 俺たちの背後のテーブルに座っていた人物が、ふとザッグの目に留まる。

 ローブ付きの外套を着込んでおり、ここからだと背格好はおろか性別さえも判明しない。


 ま、背中に浮かんだ個人情報で、瞬時に正体は丸わかりだったけどな。

 見覚えのある名前と、職業の欄に書かれた門衛の二文字。


「……タルニコを小突いてた、あのチビか」

 

 偶然にしちゃタイミングがおかしいし、席も近すぎる。

 先ほどの件を根に持って報復に来たのなら、宿泊先を突き詰めた時点で十分であり、ここまで近寄ってくる必要はない。


 そこで俺の脳裏に浮かんだのは、証拠品の亀の棘と許可証を何度も見比べていたあの男の目だった。

 大きな棘を前に驚いてはいたが、それ以外にもザッグが飽きるほど見てきた感情、恐れが浮かんでいたのだ。

 おそらくだがあの男は棘が何かを知っていて、その上で絡んできたのかもしれないと。


 だとすれば、門衛どもの狙いは恥をかかせた俺たちへの仕返しではなく、獲物の横取りの可能性が出てくる。

 それならば、逆手に取ってみるのも悪くない。


 そう考えた俺は酒を飲み交わす前にあらかじめタルニコに、そこのテーブルのチビが動いたら跡を付けろと言い含めておく。 

 俺たちの獲物を狙っている悪党どもだと。

 そしてある程度、酒が回ったら、酔って口が軽くなった素振りで魔物の情報を話題にのせる。

 その後は、食いついた魚の動きを把握するだけだ。

 

 日が落ちた真っ暗な街並みは、嗅覚の優れたコボルトの独壇場である。

 昼間なら犬顔も目立つが、夜目も効きにくい暗がりでの追跡はすんなり終わったらしい。

 あっさりとあいつらの隠れ家を突き止めたタルニコは、さらにそこから四人が荷車を引いて街の外へ出るまでをきっちり見届けてくれていた。

 

「ここか。気配は一人だけだな」


 白鹿亭を後にした俺たちは、まずはその隠れ家にお邪魔する。

 路地の奥にある窓の少ない家は、不用心にも鍵がかかっていなかった。

 タルニコを見張りに立たせ、そっと足を忍ばせて中に入る。


 部屋に居たのは、空のカップが転がるテーブルに突っ伏してて眠りこける小男一人だけであった。

 ベットからシミだらけの汚いシーツを引剥し、寝入っている男に覆い被せて、きっちりと端を椅子に縛りつける。

 途中で目を覚まし暴れだしたので、シーツの上から数度殴りつけたら静かになった。


「じゃあ、確認するぞ。声は出さずに首を振れ」


 小男の反応がないので、耳を上から切り落とす感じで殴りつけた。

 悲鳴と同時にシーツの中で、顔がブンブンと縦に動く。

 ちゃんと理解してくれたようだ。


「まず、お前の仲間は何人だ? 人数分だけ首を振れ」


 二回しか動かさなかったので、もう一度殴りつける。

 次は四回動いたが、確認のためさらに殴っておく。

 慌ててもう一度、男は首を動かすが、回数は変わらなかったので四人が正解のようだ。


「森へ行ったのか?」


 続いての問い掛けに、小男はしばしためらった後、おずおずと頷いた。

 これは朗報だな。


 お礼代わりに首の後ろを叩き、意識を失わせておく。

 素人の俺がやると頚椎破損で重症化の恐れがあるが、ザッグに任せれば一発でスヤスヤだ。


 静かになった男は、腰が痛くならないよう椅子ごと床に倒しておいてやった。

 そのまま放置しないのが、俺なりの優しさだ。


「よし、行くか」


 後顧の憂いを断った俺は、隠れ家にあった革袋を何枚かと手頃なローブを拝借しておく。

 ドーリンの街へ入る門はすでに固く閉じられていたが、脇の小さな木戸には誰の監視もない。

 夜間に入ってくる者には厳しいチェックと追加の通行税が課せられるが、中からしか開かない木戸を利用する者は何の咎めもなく出ていける。

 出るのは自由だが、再び入るには金がかかるシステムだ。


 俺たちは灯りも持たず、夜の道をのんびり歩き始めた。

 時折、タルニコが地面に鼻を近づけて、あいつらが通ったかどうかを確かめる。


 月はほとんど出ていなかったが、街の外壁側にある非合法な歓楽街から漏れ出る灯火の光でそこそこに明るい。

 南の森へ続く一本道に出たところで、俺たちは足を止めた。


 辺りはほぼ真っ暗で、静まり返った麦畑が広がるのみ。

 待ち伏せに、ちょうどいい場所だ。


 奴らが来たらどう動くかをタルニコに指示して、道の左右に別れた俺たちは夜風にさざめく麦畑に身を伏せた。

 冷えた夜気と途切れ途切れの虫の音が、俺の中の酔いをゆっくりと冷ましてくれる。

 火酒を我慢して、ぶどう酒にしたせいか抜けるのにさほど時間はかからなかった。


「……来たか」


 待ち構えて、結構な時間が経っただろうか。

 道の先に浮かび上がった灯りが、砂利を軋ませる車輪の音とともに近づいてくるのが見えた。

 俺が顔を上げると、反対側の麦畑から犬の耳がほんの少しだけ覗く。

 タルニコも気付いたようだ。

 

 荷車を引いていたのは、門衛所で揉めたデブとがっしりした男だった。

 その横を歩いているのは俺に絡んできた男で、一番、後ろを歩く男だけ見覚えがない。

 他の三人がおどおどと周りを見回しているのに比べ、こいつだけ落ち着いている。

 身につけている装備も、ちょっとばかり値が張りそうだ。

 その見た目と、全員を見張れる位置取りからして、今回の首謀者はおそらくこいつだな。


 打ち合わせ通り、先陣を切ったのはタルニコであった。

 立ち並ぶ麦穂の間から無音で身を起こしたコボルトは、手にした得物を近付いてくる荷車へ素早く投げつける。

 ムササビのように静かに飛来した投げ紐ボーラは、見事に先頭の男の足に絡みついた。

 続いて、もう一投。

 一呼吸遅れて足に巻き付いた投げ紐によって、荷車を引いていたもう一人もあっさり転倒する。


「うわわっ!」

「なんだっ!」

 

 転んだ二人に注意が集まった瞬間、俺の体は信じがたい速度で動いた。

 瞬時に荷車との距離を詰め、背後から男の太腿の裏に黒い刃を突き通す。

 足の"結び目"を半分解かれた男は、悲鳴を上げる間もなく地面にへたり込んだ。


 続いて、もう一人。

 流石にでかい街の門衛だけだって、それなりに荒事をこなしてはきたようだ。


 最後尾に居た男は、三人の手下が倒れたことで即座に剣を抜き放った。

 だが、遅い。

 振り回された剣よりも速く男の背後に回り込んだ俺は、両手のナイフで男の両肩の"結び目"を貫く。

 一瞬にして腕の感覚を失った男は、あっけなく剣を手放した。

 

 呆然とする男の足を払って地面に転がし、持参したロープを首に回してから足首で素早く結ぶ。

 続いて三人を拘束しようと立ち上がると、それぞれ必死にもがきながら叫びだした。


「だ、だから、俺は言ったんだ! 絶対、やめようって!」

「助けてくれぇええ! 死にたくねぇ!」

「ゆ、ゆ、ゆ、許して下さい! な、な、何でもします!」


 門衛所での脅しは、十分に効いていたようだ。

 手向かう気はないようだが、うるさすぎるので順番に革袋を頭にかぶせ手足を縛る。

 三人とも必死で命乞いをしながら、素直に従ってくれた。

 身体検査をして剣やナイフを取り上げてから、麦畑に投げ込んでおく。

 首領格の男だけ、用事があるのでそのままだ。

 

 こうして奇襲は、すんなりと成功を収めた。


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