第13話 相互扶助な関係ってやつだ



 白鹿亭は夕餉のピークを迎えていた。



 日が落ちた通りを急ぐ足並みが思わず止まるほど、美味そうな匂いが表まで溢れ出している。

 ドアを開けて中を覗くと、ほぼ満席となったテーブルの合間を、慌ただしく行き交う女将や給仕の少女の姿が見える。

 楽しそうに騒めく客を横目に、俺は奥のテーブルへ静かに足を運んだ。


 先に席に着いていた三人が、愉快そうに談笑している。

 テーブルを包み込む、暖かく心地良い空気。

 先ほどの街の門衛所を抜けた時のわずかな沈黙を思い起こし、俺は思わず立ち止まった。


 そんな俺にコボルトのタルニコが真っ先に気付き、嬉しそうに大きく手を振ってきた。

 ついでオーガのテッサと禿頭のドルスが、振り向いて手にしてたカップを持ち上げる。

 満面の笑みを浮かべた三人の歓迎を目にして、俺の中の気後れはそっと姿を隠した。 

 尻尾を振りたくるタルニコの横に、どっかりと腰を落ち着ける。


「何か頼んだのか?」

「ザッグ隊長殿が来るのを待ってたんだ。あ、一杯目は先にやらせてもらってるよ」

「そうか。待たせてすまないな」


 俺は手を振って、給仕中の女の子を呼んだ。

 こちらに笑顔で振り向いてくれたウェイトレスだが、なぜか慌てて視線をそらす。

 ああ、前に脅かした賭運の子か。避けられるのももっともだな。

 仕方がないので、女将に手を振る。

 流石は女将。最初から、俺に全く視線を合わせてこない。

 これは接客業としてどうなんだろう。


「マスター、すまんが注文良いか?」


 埒が明かないので厨房前のカウンターまで出向いて、グラスを磨いていたマスターに声を掛ける。

 ちらりと店の様子に目をやったマスターは、無言で俺に頷いてくれた。

 気まずい空気を読んでくれたようだ。


「ちょっとした祝い事なんで、少し気張った料理をお願いしたい。あと酒の追加も頼む。良い火酒があれば一瓶。あとは――」


 俺は振り振り返って、ドルスの飲んでいる銘柄を確認しようとして言葉を止めた。


「すまない、火酒はなしで、麦酒をもう二杯。あとは黒ぶどう酒の生姜湯割りと、バターミルクを一杯ずつ頼む」

「かしこまりました」


 半銀貨一枚を受け取ったマスターは、短い一言だけで支度に取り掛かってくれる。

 やはり出来る男は頼りになるな。

 注文をすませた俺は、皆が待つテーブルへ踵を返した。

 今夜はがっつり飲みたい気分だったが、野暮な用事が入りそうなのでここはグッと我慢だ。


「さて今日は、お疲れ様だったな」

「本当に疲れましたよ、旦那」

「だが、それに見合った見返りはあったぞ」


 俺はテーブルの面々を見回して、反応を確かめる。

 テッサは少し気恥ずかしげに、ドルスは誇らしげに、タルニコはいつもと同じように舌をだして首を傾げている。


「報酬は魔物の偵察で銀貨二枚、討伐で十五枚の合計十七枚だ。一枚は置いといて鍛冶屋組に八枚、俺とタルニコで八枚に分ける。ナイフと斧の代金が銀貨二枚半だから、これで借金返済分に足りるだろ。タルニコは俺への借金を差し引いて、三枚が報酬だ。で、最後の一枚は、経費と食事代にするので、今日は気にせず飲み食いしてくれ」


 銀貨をザラッとテーブルに投げ出し、各自の前に取り分を押し出す。

 まだ討伐報酬は受け取っていないので、これは俺の立て替えになるのだが、せっかくの祝いの席なので前払いしておく。

 成し遂げたことに対価を受け取る時が、一番嬉しいし達成感も強いからな。


 驚いたまま固まってしまった鍛冶職人の二人は、俺の顔とテーブルの上の報酬を何度も見比べる。


「こ、こんなにもらっても良いのか?」

「良いんですか? 旦那」


 銀貨八枚、約八万円は、一人暮らしの男なら一月はゆうゆうと暮らせる金額だ。

 たった一日の仕事で手に入る額としては、破格である。


「命を張った値段と思えば高くはないさ。テッサやドルスの頑張りがなかったら、皆死んでいたかもしれないしな」

「そ、そうか。無我夢中で、あまり覚えてないんだが」

「お、俺は大したことしてねぇですが……」

「いや、大亀の注意を引きつけてくれたろ。あれで結構、助かったぞ。だから、遠慮しないで受け取ってくれ」

「わかった。ありがとう、ザッグ」

「ありがとうございます、旦那!」

「ほら、タルニコも取っとけ」


 俺がそう言うと、タルニコはなぜか首と尻尾を横に振った。


「次のオシィゴトもありますか?」

「次? お前はもう自由だぞ。好きな仕事をすればいい」

「次もアニィキと一緒がいいです。お願いです。これからもアニィキの下で働きたいです」


 タルニコは小さい目をしばたたかせながら、銀貨を俺の方へ押しやってくる。

 ここまで懐かれる様なことはしてないはずだが、どうもタルニコは本気のようだ。

 どうしようかと迷っていると、顔を見合わせたテッサとドルスも同じように銀貨を返してきた。


「私たちも同じ気持ちだ。お前と一緒に、今日のような仕事を続けてみたい」

 

 おいおい。

 何でここまで慕われているんだ、俺。

 依頼者にまで恐れられてきたザッグの記憶の中じゃ、人にここまで好かれた経験は皆無だぞ。

 

「ちょっと待ってくれ。俺は只の無職の男で、人の上に立てるような男じゃない」

「いくら謙遜しても手遅れさ。あんな魔物を前にして、平然と立ち回り冷静な判断を下してみせる。役人相手に一歩も引かない度胸。そして今も受け取った報酬を誤魔化さず、公平に分けてくれた気前の良さまである。今さら只の男と言われても、信じるはずがないよ」


 いや、テッサの持ち上げた前半の部分は、ザッグのおかげであって俺じゃないんだが説明しようがないな。

 それに報酬をきちんと分けたのは、あとで揉めて気まずくなるのが嫌なだけの小心者な性格のせいだし。

 困った俺が三人に目をやると、力強く頷かれた。


 いや、でも、しかし、……仕方がない。

 どのみちこういった商売を始めるつもりだったし、今、腹をくくるか。


「わかった、良いだろう。ただし――」


 目を輝かせて喜びの声を上げようとした三人に、急いで釘をさす。


「当面は俺が仕切るが、ちゃんとした雇用関係や上下関係を作る気はない」


 大方、テッサとドルスは今日の勝利にまだ興奮しているのと、思わぬ報酬を目にして舞い上がっているのだろう。

 タルニコは命令されて動くほうが楽な性分なんだろうな。

 まあ世間慣れしていない獣人が、一人で仕事を探せるとも思えんし。


 いくら何でも勢いに任せて、まだ慣れてないこの世界で三人の人生を背負い込むような馬鹿な真似はしたくない。

 疑問符を浮かべる三人に、言葉を選んで説明する。


「今日のように仕事は俺が取ってくる。で、仕事内容に応じて、お前らに手伝いを依頼する形だ。当然、報酬はそのつど払う」

「なるほど、面白い形式だな」 

「普段はそれぞれの仕事もあるだろうしな。いわば人手が必要な時に助け合う、相互扶助な関係ってやつだ」

「ふむ。鍛冶組合と似ているな」

「なるほど。ようは、組合っぽい口入れ屋みたいなもんですかね」

「まあ、そんなもんだ。タルニコもそれでいいか?」

「ハウ!」


 よし、なんとか狙っていた方向にもっていけたようだ。

 異世界人材派遣会社は、案外上手くいくかもしれんな。


「というわけで、これは依頼第一号の正式な報酬だ。きちんと受け取ってくれ」

「ありがたく頂くよ」

「分かりました。アニィキ」

「よし!  これで棘亀の討伐は完了と」

「うむ、それじゃあ初めての依頼達成を祝して――」


 なぜかテッサが、乾杯の音頭をとりだす。

 そこは俺の役だと思うんだが。

 そしてちょうど良い時に、マスターがテーブルへ料理と酒を運んで来てくれた。


「お待たせいたしました」

「ありがとう、それじゃ改めて乾杯!」

 

 受け取った盃を高らかに持ち上げた俺たちは、たっぷりと注がれた中身に口をつける。

 まだこの世界で目覚めて三日しか経っていないのだが、俺は良い仲間に巡り会えたようだ。

 今日のことも含めて、本当に運が良かった。


 乾杯の終わりを待って、マスターが料理を並べ出す。

 くり抜いた玉ねぎを器にしてチーズやにんにく、干しぶどうを混ぜて石窯で焼いたグラタンが湯気を上げている。

 塩胡椒で炙った鳥の腿肉には、香草の香りが引き立つ赤いースが掛けてあり、胃袋を掴みあげる匂いを放っていた。

 ベーコンを巻いた焼きジャガイモからは、たっぷりのバターが滴り落ち、さらに蜂蜜入りの白パンと、アーモンドクリームが溢れるほど載ったリンゴのタルトまで付いている。


 頼んどいてアレだが、かなり手の込んだメニューでちょっと驚いた。


「それじゃ遠慮なく食ってくれ。足らなくなったらどんどん追加するから」

「頂きます」

「ハウハウ!」


 俺がフォークとナイフに手にしたところで、耳元でマスターに囁かれた。


「お楽しみのところ申し訳ありませんが、見慣れないお客様が来られておいでのようで」


 よく気付いたな、マスター。

 本当に侮れない。


「ご忠告ありがとう。もうしばらくしたら声がちょっとばかりでかくなるが、気にしないでもらえると助かる」

「分かりました。無理はなさらずに。では、追加のご注文があればお呼びください」


 軽く頭を下げて去っていくマスターを見送ってから、俺はもう一度、テーブルの面々を見回した。

 豪快に笑いながら、ジョッキをどんどん傾けるドリス。

 尻尾をブンブンと振って、夢中で皿にかぶりつくタルニコ。

 そして微笑みながら料理を手を伸ばし、たまに熱い視線を向けてくるテッサ。


 こいつらの苦労を、絶対に台無しにするわけにはいかないな。

 さて、仕掛けてみるとするか。


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