第12話 その必要はないな
閉庁間際の市庁舎は人の波でごった返していたが、環境保全課は相変わらず閑散としていた。
俺はデスクで書類仕事をしていたレイリー課長を見つけて近寄る。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「大変だったよ。ほれ、通行証」
「ご苦労さまでした。拝見しますね」
「後、これも」
魔物の棘が詰まったズタ袋を少し開いて、レイリーの机にさりげなく置く。
通行証を受け取ったレイリーが、ズタ袋に視線をチラリと寄越す。
その瞬間、ほんのわずかであったが、彼の右眉の端が持ち上がった。
俺が見たかったのは、その反応だった。
人が動揺した時に見せる仕草こそが、そいつの嘘を見抜くときの証左としやすい。
「これは?」
「棘亀が居たっていう証拠さ」
「そうでしたか。どのあたりでこれを?」
「伐採場だよ」
「かなり麓の方まで下りてきているようですね。森へ近づく方へ警告を出してもらえるよう、森林監督官に依頼しておきます」
「その必要はないな」
「どうしてです?」
「魔物はもう死んでる。俺たちが退治した」
レイリーの細い目が、わざとらしく大きく開かれる。
「それが本当でしたら、素晴らしい報告なんですが……」
「証拠の死体は重くて持ち運べなかったんだ。手配を頼みたい」
「分かりました。ちょっとお待ちください」
さらさらっと流し書きで、何かの書類を仕上げて手渡してくる。
「南門の馬車乗り場でこれを見せれば、南の森の伐採場まで荷馬車を出してくれます」
「それと新しい免税通行証も頼むぜ。今日もちょっと揉めたしな」
「南門ですか。あそこは何かと問題を起こす人たちが居ましてね」
溜息を漏らしながら、魔物討伐部位の持ち込みを無税にする許可証も即座に書き上げてくれる。
「ところで証拠なんだが、亀の頭だけで良いか?」
「はい、それで結構ですよ」
「残りの部分の処分は、任せてもらっても?」
「ええ、お好きにしてください」
レイリーは小さく肩を竦めつつ、机の引き出しを開け貨幣を取り出す。
「はい、偵察達成の報酬です」
「ありがたく頂こう」
俺は受取証にサインをして、銀貨二枚をポケットに仕舞う。
「それじゃあまた明日、寄らせてもらうよ」
「お待ちしてますね」
俺は振り返らずに小さく手を降って、環境保全課を後にした。
まず分かったことの一つ目。
個人情報は、ごまかせるという点だ。
俺がレイリーの癖を見抜いた瞬間、あいつの表記は以下のように変わった。
――――――――――
名前:レイリー・ラント
種族:汎人種
性別:男
職業:役人
技能:話術技能Lv4、交渉技能Lv3、事務技能Lv1
天資:人脈、偽装
――――――――――
やはりザッグの視線を、まともに受け止めるだけのことはあったな。
予想通り、レベル4の技能を所有していたようだ。
おそらく天資にある偽装とやらで、技能がないように見せかけていたのだろう。
で、俺に癖を見抜かれたせいで、全部露わになってしまったというところか。
初対面の時に覚えた違和感の正体は、これだったようだ。
……本当に油断ならないな。
次から個人情報を"視る"時は、ザッグの勘も大いに併用していこう。
そして二つ目に分かったことだが――。
棘亀を退治したと俺が告げた時、レイリーは大げさに驚いてはいたが、アイツの右の眉は動かなかった。
棘を見た時に大方、亀が死んでいるのを悟ったのだろう。
つまるところ、奴は知っていたのだ。
棘亀の棘を持ってくるには、その背中から無理やり引き剥がすしかないってことに。
魔物の調査報告書では棘を飛ばしてくると書かれてあったが、書いた本人自身が土の塊だったと俺に教えてくれた。
報告書を改ざんした理由は、棘を拾えばすむだけの仕事だと俺のような連中に勘違いさせるためか。
なぜ、そんな真似をしたかまでは分からない。
簡単な調査に見せかけて、人を集めたかったのか。
さらには欲の皮を突っ張らせた連中に森深くまで捜索させて、棘亀と鉢合わせさせるまでが算段だったのかもな。
何人も戻ってこないとなると、魔物の驚異への大きな宣伝になる。
そうなると環境保全課の重要性も、増すことになるが……。
いや、これ以上考えても、憶測の域は出ないしもう止めておくか。
むしろそれよりも目先の金に目がくらんで、安易に依頼を判断した俺の方が問題だった。
仮にまた依頼を受けるとするならば、きっちり条件を煮詰めるべきだな。
次はもっと上手くやれるはずだ。
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