第11話 また後でな
「もう動けるのか?」
「心配をかけたな。すっかり大丈夫だ」
小屋の前で待ち構えたテッサに、嬉しそうな顔で出迎えられた。
首元の青い痣は薄くなっており、顔色もすっかり戻っている。
ドルスの方も、歩けるくらいには回復したようだ。
「軟膏がよく効いたみたいだ。痛みが嘘みたいに引いてるし、これは良い品だな」
「そう言ってくれると嬉しいよ。私も怪我が絶えない口でね。それで独学であれこで作ってみたんだが、入り用になったらいつでも声をかけてくれ」
「ありがとう。そうだな、火傷に効く薬はあるかい?」
「ああ、それなら火除け草があれば、すぐに作れるよ」
会話が弾んでいるのは良いことだが、時間も押しているので割り込むことにする。
「トルースと色々と話し合ったんだが、今日はこのまま町へ戻ろうかと考えてる。魔物の死体を運ぶにしても、準備が必要だしな」
「そうか。そうだな、今からだと日暮れ前の馬車にちょうど間に合うな」
ドーリンの街の門は、陽が落ちると同時に閉められてしまう。
それに間に合わない場合は、街の外にある集落で一晩過ごす羽目となる。
負傷したテッサたちは、出来れば清潔なベッドで休ませてやりたい。
「よし、荷物は俺とタルニコが持とう。二人は無理せずついてきてくれ」
世話になった森林監督官のトルースに別れの挨拶をすませた俺たちは、待合所にやってきた馬車に乗り込み街を目指す。
疲れ切った顔の鉱山夫たちは、俺たちを見て無言で席を詰めてくれた。
今回の冒険で皆はとても興奮したのか、帰途はかなり饒舌であった。
それぞれが楽しそうに、今日の成果を語りあっている。
そんな中、俺は少し考え込んでいた。
今回は本来、ちょっと森を散策して、ついでに猪か鹿でも仕留められたらラッキー程度の認識であった。
それがなぜか、危険な魔物相手に大立ち回りという結果である。
「荒事は避けようと思ってたんだがなぁ……」
どうして、こんな流れになったのか。
やはり要因は、俺とザッグの危険に対する認識の違いだろう。
それに慣れていくか、それとも俺の認識に合わせてもらうか。
平穏な生活を目指すなら、そこが今後の大きな課題となりそうである。
舗装された馬車道は思ったよりも揺れず、ちょうど西の山並みに陽が消えかかる頃に馬車は街の南門へ到着した。
日没前に街へ入ろうとする人々が、群れをなして門の前に列を作っている。
トラブルが起こったのは、馬車を下りて行列に並び、やっと辿り着いた門内での荷物チェックの時であった。
「うん? 何で金が掛かるんだ」
「はぁ? お前は市民じゃないだろ。当然のことだ」
武器に関しては鞘や覆いがあったので大丈夫であったが、問題となったのはズタ袋に入れてあった棘亀の棘部分であった。
門衛の奴らがこれを武器とみなし、放棄するか覆い袋の代金三千ゴルドを払えと言い出したのだ。
「それは市庁舎の依頼で獲ってきたもんだ。渡した通行証をよく見ろ」
「これは南の森の魔物確認の許可証だろ。その危険な代物と、どんな関係があるっていうんだ?」
「関係もなにも、それは魔物の一部だ」
「バカぬかせ。どうやって、そんなもん取ってこれるんだ。怪しいな、お前ら……。おい、ちょっとこいつらをよく調べなおせ」
他の門衛たちが即座によってきて、タルニコたちに手荒い身体検査をやり始める。
「良い体してんな、お前。角がなけりゃ俺の女にしてやったのにな。惜しいこった」
「おい間抜け犬、今日はどこで悪事を働いたんだ? さっさと盗んできたものを出せば許してやらんこともないぞ」
「う、動くなよ、ハゲ。あ、怪しい素振りをしたら、只じゃおかないぞ」
悪意を隠そうともしない門衛たちの物言いに、俺の腹の底に煮えたぎる塊が生じる。
目の前で下卑た笑いを浮かべるこいつら程度、一秒もあれば片付けるには十分だ。
ピクリと指先が動きかけ――。
寸前で、その衝動は留まる。
ただしブレーキとなったのは俺の理性ではなく、ザッグの冷静な判断であった。
……ここは目撃者が多すぎる。
「それもそうだな」
わざわざこの場で手を下して、面倒を増やすのも馬鹿げている。
いやいやいや、そもそも腹が立ったくらいで人を殺しちゃダメだろ!
だいぶ染まってきてないか、これ?
大きく息を吸った俺は、いつもの視線を繰り出す。
ただし今回は、ザッグの協力付きだ。
まずは顔を背けるテッサの体に、無遠慮に手を這わす男を無言で見つめる。
同時に俺の体から、凄まじい殺気が生じた。
とたんに男は弾かれたように顔を上げ、素早く俺に顔を向ける。
一秒ほどその状態で見つめ合ったが、急に男の腰が砕けたかと思うと、その場にストンと座り込んでしまった。
同時に男の目が白眼を剥き、その股間から小便の臭いが立ち昇る。
凄まじいな、この殺気というのは……。
もっともザッグの場合、こんなヤバげな気配は、実際に仕事をする際には一切出さないらしい。
対人戦闘のフェイントや威嚇で使ったり、面倒な相手を追い払うのに使うのだそうだ。
俺は続いてドルスの身体検査をしていた太っちょと、タルニコを小突いてたチビに視線を向ける。
たちまち太っちょは掠れた悲鳴を上げ尻餅をつき、チビはその場で丸まって頭を抱えガタガタと震えだした。
「お、おい! ど、どうした!?」
同僚の異変に気付いたのか、俺に文句をつけていた門衛が慌てた声を上げた。
その肩を掴んで、俺の方に無理やり振り向かせ、男の両目を覗き込む。
一瞬にして門衛の顔は蒼白になり、歯の根が合わずカチカチと小刻みな音を立てだした。
だが、俺は何もしない。
黙って見続けるだけだ。
「そ、そ、そ、その、……か、勘違い、でした」
返事はしない。
「す、す……、すみま……せ……」
気絶されると面倒なので、そこで殺気を緩めてやる。
俺が手を差し出すと、男は震えが止まらない手で亀の棘が入ったズタ袋を渡してきた。
そのまま受け取り、堂々と門衛所を抜け街へと入る。
こちらに獣人のタルニコや鬼人のテッサが居たので、いちゃもんを付けて金をせびろうとしたんだろうか。
それにしては、ちょっと雑な絡み方だったな。
あと、さっきの門衛の男が、何度も通行許可証を見返していたのも気になった。
警戒しておくことが多いな。
「俺は市庁舎に行って報告してくる。今日は宿で皆の無事を祝おうかと思うんたが、どうだ?」
俺の問い掛けに、三人は目を見開いたまま大慌て頷いてくる。
うん。少しばかり、やりすぎてしまったようだ。
ザッグに合わせて生きるということは、遅かれ早かれこういう事態になると分かってはいたんだが……。
落ち込みを態度に見せないよう気をつけながら、連絡すべき項目だけを淡々と伝える。
「じゃあ、武器を置いたら白鹿亭に寄ってくれ。タルニコは先に帰ってろ」
「ありがとうございます、アニィキ!!」
いきなり駆け寄ってきたコボルトが、大きな声を発した。
その尻尾は激しく振られ、両目はキラキラと輝いている。
「大事なユミィ捨てたの、さっきのヤツゥラです。スカァッとしました!」
「ああ、私も気持ち良かったよ、ザッグ!」
「はは、見ましたか? 旦那がちょいと睨んだだけで小便もらしてましたよ、あいつら。ざまあみろだ!」
興奮した面持ちで詰め寄ってくるテッサと、心底楽しげに笑うドルス。
二人の表情に嘘偽りは、見受けられない。
小さく息を吐いた俺は唇の端を持ち上げ、牙を剥き出して笑うタルニコの肩に手をおいた。
「それじゃ、また後でな」
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