第10話 おい、変な声を出すな



 魔物に勝ったのは良いが、それからが大変だった。



 タルニコとドルスは腕や足が裂傷だらけで、急いで森林監督官の小屋まで戻り手当をしてもらう。

 幸いにも深い傷はなかったようだが、腰を痛めたドルスは歩くたびに顔をしかめていた。


 そして大活躍だったテッサだが、やはり支払った代償はそれなりに大きかった。

 

 地面に伏せていたとはいえ、それでも被弾は多かったようだ。 

 ただ土を集めて作った鎧が緩衝材になってくれたらしく、流血などは見当たらない。


 しかしながら、肩や腕などに痛々しい痣がいくつも浮かんでおり、おそらく背中なども同様だろう。

 立っているのも苦しそうだったので、肩を貸して小屋まで付き添ったが、支えた体は驚くほど熱を放っていた。

 近くで見ると、額に玉のような汗がびっしりと浮かんでいる。


「大丈夫か?」

「……い、痛い」

「無茶をさせすぎたな。すまない」

 

 アドレナリンが切れて、痛覚が正常に戻ってきたようだ。

 顔を歪めるテッサを慎重に抱き上げて、小屋の奥のベットまで運ぶ。

 

「なあ、ザッグ」

「どうした?」

「……最高に楽しかったな」


 流石、戦闘狂いで名高い大鬼族オーガだな。

   

「ベットまで貸してくれて助かったよ。ありがとう」

「良かったら、この塗り薬を使ってくれ。打ち身に効くはずだ」


 俺は小屋の主である森林監督官に頭を下げると、髭の男は小さな壺に入った半透明の軟膏を差し出してきた。

 少しばかり期待していたが、これはありがたいな。

 もう一度礼を述べながら、森林監督官の情報を確認しておく。


――――――――――

 名前:トルース・ラント

 種族:汎人種

 性別:男

 職業:森林監督官

 技能:伐採技能Lv3、調合技能Lv2

 天資:薬手

――――――――――


 薬手の意味は不明だが、調合技能もあるので薬関係だと睨んだのだが正解であったようだ。

 受け取った薬を塗るため、テッサの胸当てを外し、服をめくり上げて背中をむき出しにする。

 案の定、肩甲骨を中心に、数箇所の打撲痕が出来ていた。


「ちょっと冷たいぞ。我慢しろ」

「ヒャい!」


 桶に汲んであった冷水に布を浸し、テッサの背中を丁寧に拭ってやる。

 筋肉でぎりぎりまで引き締まった真っ白な肌は、抜群の触り心地だった。


「……そ、そこは! あんっ!」

「おい、変な声を出すな」


 少しばかり敏感なのか、時々艶めかしい声を漏らすのは勘弁して欲しい。

 精力増大があるせいか、俺の下半身に血が集まってくるじゃねえか。

 首や腕に残っていた土もきれいに拭き取れたので、軟膏を手にとって青痣に丁寧に塗り込んでやる。


「すまない、気持ち良すぎて声が……」

「あと、もうちょっとだ。耐えてくれ」

「ああ。くぅぅぅう……、うっ!」


 ビクッと触れるたびに体を震わせていたテッサだが、薬を塗り終わり服を直してやると、安堵の息を深々と吐いた。

 最後にピンク色に染まった頬や額に浮かぶ汗を濡らした布で拭き取って、ベッドに寝かしつけてやる。


「しばらく安静にしてろ」

「……ハァハァ。ありがとう、ザッグ」


 テーブルの方に戻ると、そっちもタルニコたちの治療がちょうど終わったところだった。

 森林監督官に傷薬を塗ってもらった二人は、痛みが和らいだのか人心地がついた顔をしている。


「本当に助かるよ。何から何まですまないな」

「良いんだ。気にしないでくれ。それより、本当にあの魔物を倒してくれたのか?」

「多分、倒したはずだ。今からちょっと確認に戻るんだが、一緒にどうだ?」

「ぜひ、おともをさせてくれ!」


 森林監督官のトルースを誘って、もう一度現場を見にいくことにする。

 実は置いてきた武器や盾の回収ついでなんだが、第三者に確認してもらった方が安心だしな。

 まだ腰を痛めているドルスに留守番に頼んだ俺たちは、再び伐採場へ向かった。

 なぜか尻尾を誇らしげに伸ばしたコボルトが、先頭に立って歩き出す。


「お前は元気だな、タルニコ」

「エモノゥ獲れると嬉しいです」

「俺は反省することが多くて、そうはしゃげないな」


 タルニコが不思議そうに、耳を傾けてくる。


「まず魔物が罠にかかった時に、もう少し慎重に行動すべきだった。そしてお前たちが危なくなった時も、即座に撤退を考えるべきだったよ。結果として上手く行ったが、判断の甘い場面が多すぎた」


 今さらだが棘亀が穴に落ちた時点で、そのまま放置して立ち去れば良かったのだ。

 腹に杭ががっつり刺さっているのだから、数時間もすれば失血死は免れない状況だった。


 だが、タルニコはそうは思わなかったようだ。

 ブンブンと音がしそうなくらいに、首と尻尾を左右にふる。


「セイレィツキは、あれくらいなら逃げてしまいます。そうなったら、カラダァ治してもっと強くなってしまいます。そしたら、もうアナァに落ちません」


 そうか。

 土を操る精霊術なら、やろうと思えばあの穴くらい簡単に埋められてしまうか。

 今回は俺たちが居たからこそ、棘亀は土の棘を飛ばすために穴を広げざるを得なくなり、結果、仕留めることができたと。

 もし経験をもっと積んだ魔物が相手だったら、全く違った結末になっていただろうな。


「ふう、完全に知識不足だった。まだだまだな」

「でもアニィキのハンダァン、間違ってないです。とても正しくて凄いです」

「たまたま上手く行っただけだ。凄いのはお前の落とし穴だよ」

「……いや、本当に凄いと思うよ」


 突然、森林監督官が会話に口を挟んでくる。

 何を言い出したのかと思い前を向くと、彼の顔はこっちを見ていない。

 髭の男の視線は、広間の中央で巨大な骸を晒す亀に釘付けになっていた。

 いつの間にか、伐採場に到着していたようだ。


 改めて見ると、亀は小山くらいのサイズがあった。

 よく勝てたものだと改めて思い直していると、森林監督官にいきなり手を握られた。

 そのまま握手の状態で、激しく上下に振られる。


「本当に、本当に倒してくれたんだな!! ありがとう! 本当にありがとう」


 もしかしてこれほどの善意で感謝されるのは、ザッグの人生じゃ初めてかもしれないな。

 悪くないものだと、何となくそう思った。


「さて、これをどうすべきか」

「マルゥヤキおすすめです」

「いや、倒した証拠を食べてどうするんだ」

「しかし全部を街まで運ぼうとするのは、ちょっと難しいね」

「馬車に乗りきらないか。まあ頭だけ持っていけばいいかな」


 大亀の頭を試しに持ち上げてみるが、これだけでもかなり重い。

 袋に入るサイズでもないし、持ち運びに手間取りそうだな。


「下までは、盾に乗せて運ぶか。街までは馬車があるし、なんとかなるか」

「申し訳ない話だが、街行きの馬車は荷物が多いので、多分、これは乗せてもらえないと思うよ」

「そうなのか。じゃあ、いったん街まで戻って荷車か何かを調達してこないとな」

「それなら、君たちがまた来るまでの間、この魔物の死骸は私が巡回して見張っておくよ。それくらいは協力させてほしい」

「色々助けてもらったのに、そんなことまですまないな」

「助かったのは私たちの方だよ。本当に感謝している」

 

 タルニコが手斧とナイフを使い、慣れた手つきで亀の首を切り落としてタワーシールドの上に乗せる。

 骨が固くて大変かと思ったが、テッサの武器は切れ味が半端ないらしく、さっくりと終了した。

 そういえば盾の方も土塊をかなり近い距離で受けていたのに、凹みが出来ていただけで穴が空いたりは全くなかったな。


「あの石つぶてを受けても平気とは、中々に凄い盾だね」

「あんたもアレを喰らったのか」

「そばの木に穴が空いて、肝を冷やしたよ」

「もしかして、報告書を書いた?」

「ああ、私だよ。あの時は雄牛くらいの大きさに見えたんだが……。本当に申し訳ない。これほど大きくなっていたとは」


 引っかかる点があったので、記憶の隅に留めておく。

 最後に甲羅の棘を三本ほど切り落とし、持ってきたズタ袋に詰めた後、荷物を担いだ俺たちは小屋へ引き返した。


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