第7話 おい、どうなってんだ!?
この世界で目覚める二度目の朝は、晴れやかに澄みわたっていた。
俺たちは宿屋で朝食をすませると、まずは金物屋のある鍛冶職人通りへ向かった。
できるだけ技能の高い職人が居る店を探し、タルニコが気に入ったスコップを買ってやる。
その後、細いロープも欲しいと言うので、雑貨屋に寄って購入してから、約束した武器屋へ向かう。
店に近づくと、がっちり装備を固めた二人組が佇んでいるのが見えた。
こちらに気付いたのか、大鬼族の女性が大きく手を振って挨拶してくる。
「テッサも来るのか?」
「よく考えれば、弟子にだけ危険な目に合わせるのはどうかと思ってな」
武勇でも名高いオーガが同行してくれるのは、なかなかに心強くはある。
しかし俺たちとテッサたちを見比べると、何だか意気込みが違いすぎるような。
タルニコは革製の服を着込み、昨日買ったばかりのナイフや手斧を腰に吊るしているので、まだ辛うじてそれらしく見える。
だが俺は、いつもと同じ布地の服のみで得物すらない。
いや、本当は体のあちこちに仕込んであるのだが、パッと見ただけでは丸腰である。
対してテッサとドルスの二人は頑丈そうな胸当てを着け兜を被り、さらに禿頭に至っては大きな盾まで背負っていた。
武器もテッサが凶悪な
ちなみに大鬼族は筋組織の構造が普通の人間とは違うらしく、少ない筋肉量でも一般人を遥かにしのぐ力を出すことができたりする。
「で、戦争でも行く気か」
「凶暴な魔物相手だからな。それに武器の試用も兼ねてだが、不味かったか?」
「森へ行く前にバテないか?」
「ここから鉱山行きの馬車が出てるので、乗せて行ってもらうつもりだっだんだが……」
「そうなのか。それなら良いが、今日は魔物がいるか確認するだけだぞ」
「ああ、分かっている。でも、ちょっと試すぐらいは良いだろう?」
恐ろしいことをさらっと言い出したテッサをひとまず置いて、俺は弟子のドルスを脇に引っ張っていく。
「おい、どうなってんだ!?」
「親方は昔からあんな感じですぜ」
「オーガは血の気が多いってのは、本当だったのか」
「おーい、まだ出発しないのかー?」
待ちきれないといった感じで急かしてくるテッサには、俺の冷めた視線は全く通じていないようだ。
可愛く小首を傾げられた。
仕方ないか。
無理に置いていっても、後から平気な顔で付いてきそうだしな。
南門に向かう途中で馴染みになったナッジの屋台によって、チキンサンドを昼飯用に買っておく。
馬車の乗り場は南門出口のすぐ傍らに荷降ろし場にあり、そこから南の森の伐採場経由でビヘン鉱山行きの便が出ていた。
この時間、街から出る馬車は人夫の日用品くらいしか荷物がないので、客を乗せる余裕が有るらしい。
一人五十ゴルドの運賃だと聞いて、大銅貨二枚を手渡し幌馬車に乗り込もうとした俺たちだが、なぜか御者に苦い顔で止められる。
「オーガと犬は百ゴルドだ。でかいし臭いからな」
小さく顔を背けたテッサに軽く頷くと、俺は御者の男の個人情報を軽くチェックしてから、ゆっくりと目を合わせた。
そのまま男の顔色が変わるまで、静かに眺め続ける。
「み、見間違いのようで……。ど、どうぞお乗り下さい」
ついさっきまでの横柄な態度が微塵もなくなった御者に、鷹揚に頷いた俺はテッサに手を差し伸べ荷台へ引っ張り上げる。
美人を尊ばない奴に、俺は容赦しない。
「……ありがとう。ああ、そうだ、私とドルスの運賃を払っておくよ」
「いや、今回の調査に掛かる費用は俺が全部負担する。その代わり、ヤバい時は俺の指示に従ってくれ」
「わかったよ、ザッグ隊長殿」
暴走しそうなテッサに手綱を付けることが出来たし、あの御者も少しは役に立ったな。
乗客は俺たち四人だけだったようで、乗り込むと馬車はすぐに動き出した。
夏小麦の畑が左右に広がる風景を楽しみながら、俺はテッサと会話を続けた。
ビヘン鉱山で騒動が起きて、鉄鉱石の仕入れが減っていること。
それと南の森の魔物騒ぎで、炭が値上がりし燃料費が馬鹿にならないこと。
鍛冶組合でも、いかに質を落として数を打つかという話ばかりで、品質に拘るテッサとは反りが合わないことなどなど。
テッサは言葉を濁していたが、鬼人種や獣人種はこのカルマン王国が建国時に争った経緯があり、つい先ほどの御者のように蔑む風潮が根強く残っている。
なので、若い大鬼族の女性が店を続けるには、並大抵ではない苦労があるのだろう。
自分のこともまだままならない俺が言うことじゃないが、なんとか力になってやりたいところだ。
ちなみにタルニコは朝買ったばかりのロープを何やらいじりつつ、陽気に話しかけてくるドルスにたまに相槌を打っていた。
結構、気が合うようだ。
時折、雲雀のさえずりが頭上を賑わしていく。
麦畑を真っ直ぐ区切るように敷かれた馬車道は、よく整備されており荷台の揺れもほとんどない。
会話が少し途切れがちになった頃、平地を抜けた道がようやく丘陵地に差し掛かる。
そのまま十五分くらい馬車を走らせると、いつの間にか道の左右は濃い緑色に覆われていた。
森に入ったらしい。
しばらく行くと、馬車は丸太が山積になった広場にたどり着き、そこでようやく停車した。
礼を言って下りた俺たちは、停車場の傍らの建物へ向かった。
大きな丸太組みの小屋には、ドアノッカーなんて小洒落た物はついていない。
代わりに吊るされた大きな鉄の鐘をならすと、小屋から髭の濃い男が顔を出した。
「何の用だい?」
「市庁舎で森の魔物の調査を頼まれた。これにサインをくれ」
俺は森林監督官らしき男に、環境保全課のレイリーから渡された通行証を差し出した。
「おお、やっとか。来てくれて助かるよ」
「最後に見たのは、どの辺りなんだ?」
「そこの道を少し上がると伐採場に出る。二週間前に、そのかなり奥で見たのが最後だな」
「そうか。俺たちが陽が落ちても戻ってこない場合は、市庁舎に連絡を頼んでいいか?」
「ああ、分かったよ。くれぐれも無茶はしないでくれ」
小屋を出た俺たちは、森の中に作られた道を登り始めた。
森といえば平坦な場所に木が大量ってイメージだったが、ここいらは山裾に近いせいかかなり起伏が有る。
そこそこ重たい装備を身につけた鍛冶職人の二人には、やや厳しい勾配のようだ。
しかし狩人のタルニコにとって、森は住み慣れた場所なのだろう。
明らかに尻尾の動き方が普段と違い、上下左右に激しく揺れている。
時折、鼻先を地面に向けてクンクンと楽しげに匂いを確かめるタルニコに、俺はふと感じた疑問をぶつけた。
「そういや、お前、前に使っていた弓はどうしたんだ?」
俺の疑問に、タルニコは急にしょぼんと尻尾を垂らして悲しそうに答えた。
「大事なユミィありました。でも、マァチに入る時に捨てられました」
「門衛にか?」
「門番の奴らは、正規市民だからって調子に乗ってる奴が多いんでさ。あいつら、タルニコみたいなのは、特に見下してきやがるんですよ。くそったれどもめ」
怒りを隠さないドルスの言葉に、俺は黙って首を縦に振った。
毛髪はないしギャンブル好きだが、こいつは真っ当なやつだな。
ひとしきり歩くと、またも少し開けた場所に出た。
所々に切り株が残っているので、ここが伐採場だろう。
「タルニコ、少し周りを見てきてくれ」
俺の指図にタルニコは素直に頷き、軽やかに木立の間に姿を消した。
切り株に腰掛けて、俺は目の前に立ち並ぶ樹々を眺めながら一息つく。
鳥の鳴き声一つしない森はとても物静かで、恐ろしい魔物が闊歩してるとはとうてい思えない。
「それでどうするんだい? 隊長殿」
切り株の一つに足を置き、周りを見回しながらテッサが声を掛けて来た。
武器の覆いはすでに外してあり、戦う気で満ち溢れているようだ。
「思っていた以上に大きな森だな。まあ、タルニコの偵察が終わるまで、動かずにここで待機しとくか」
「この森は実は無茶苦茶広いっすからね。広すぎて奥の方は道もありませんし、猟師連中も滅多に行かないって話でさ」
「そうか。……通りで銀貨二枚も出すわけだ」
前にここで働いていたというドルスの受け答えに、俺は禿頭が道中、リラックスしていた理由にようやく気づく。
なるほど、この森の広さを知っているからこそ、そうそう魔物に出くわさないと分かっていたんだな。
ただし、こいつは知らないのだ。
こちらには、狩猟神の加護を持つ探知技能レベル4の狩人が居ることを。
これでもし魔物が見つからなければ骨折り損というわけでもなく、それならそれで狩場として使用できるというだけの話である。
どっちに転んだとしても、俺に損はない。
などと考えていたら、十五分ほどして戻ってきたタルニコがあっさりと言い放った。
「トゲガメェの跡、見つけたよ。アニィキ」
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