第6話 話はそれからだ



 状況を理解すると同時に、体は動いていた。

 瞬時にタルニコの背後に回った俺は、その背中を受け止めつつ、手から転げ落ちそうになった盃を受け止める。


 タルニコは意識はあるみたいだが、体に力が入らないようだ。

 呼吸に大きな乱れもなく、体温がやや高くなっている以外に異常は見当たらない。


 タルニコの盃に残った匂いは俺の物と一緒であり、毒物の可能性も低い。

 となると――。

 

「何を飲ませた?」


 全く平気な俺の様子に、丸禿げは唖然とした顔で立ち尽くすのみで何も答えない。

 俺の問い掛けに返事をしたのは、戸惑った顔のテッサだった。


「それは私の秘蔵してた名酒、鬼殺しだ。大鬼族でも水で割らなければ酔い潰れる強さなんだが、平気なのか?」

「こんな美味い火酒を飲んだのは久しぶりだよ。馳走になったな」

「無事なら良いんだが、……凄いな」


 やっぱり、酔っ払っただけか。

 

「どういうわけか説明してもらうぞ。ドルス!」


 親方に問い詰められたドルスは観念したのか、がっくりとその場に膝をつく。

 俺はとりあえず、フラフラと目を回してるタルニコを壁にもたれさせて楽にしてやった。 


「……すみません、親方。俺が調子に乗ったばかりに」

「何かあったのか?」

「その支払い分の金を……、昨日、全部擦っちまって……」

「お前、賭け事はもう止めろと、あれほど言っただろ!」

「……本当にすみません」


 事情を聞いてみると、どうやら不味い事態のようだった。

 テッサがこの店を構える時に借りた金を、以前から少しずつ返済していたのだが、最近は客足も減って厳しい状況だったとか。

 それでも何とか残った返済額の半分を掻き集めたのだが、期限が今月末と迫っていた。

 そこで親方の苦境を見かねた弟子が、集めた金を元手にサイコロで増やそうと考えたのがこの騒ぎの大元である。


 白鹿亭はそれ筋の人間も居ない落ち着いた賭場だったので、行けると踏んだらしい。

 まあ、あんな強運娘っ子の秘密兵器に気付けと言うのは、無理があるから気持ちは分かる。


 そして金を全て失い、どう打ち明けるかを悩んでいたところに、堅気と思えない連中が店にやってきたと。

 しかも遠回しに昨日のギャンブルの大負けを当て擦られて、てっきり借金取りだと思ったらしい。

 これは誤解させることを言った俺も、ちょっとだけ悪いな。

 それでドルスは俺たちをテッサの強い酒で無理やり酔わせて、店から放り出すことを思い付いたって顛末だ。


「借金取りが酔っ払えば、借金がなくなる訳でもないと思うが……」

「すまない。根が単純な奴なんだ」

「まあ、美味い酒だったので怒っちゃいないが、借金はいくらなんだ?」

「返済分はあと銀貨十枚だ」

 

 俺の昨日のサイコロの勝ち分で、十分立て替えられる額だな。

 そして鍛冶の腕前がレベル4の上に、神様の加護付きとなれば、投資先としては申し分ない。

 何より気持ちのいい馬鹿正直さと、美人であることもたいへん重要だが。


 他にも何か買えば、なんとかなるだろう。


「よし、他の品も見せて――」

「弟子が迷惑をかけたお詫びだ。さっきの品は受け取ってくれ」

「いやいや。それだと、借金はどうするんだ?」

「……何とかする」

「当てはあるのか?」

「ないが何とかする」


 この強情っぷりも物凄く俺の好みだが、今はそんな意地を張ってる場合じゃないぞ。

 ここで他の武具を買うとか言うと、それまで只にしそうな勢いだし、やり方を変えるしかなさそうだな。

 俺が考えあぐねている間に、テッサは勝手に話を進めていく。

 

「そうか。そもそも森へ行かないのなら、必要ないな。なら別の――」

「待て待て。森には行くぞ。そこを変えるつもりはない」

「しかしだな」

「まずはこっちの事情を聞いてくれ。話はそれからだ」


 市庁舎での依頼を、ざっとかいつまんで二人に話す。

 ようやく納得してくれたテッサに、俺はきっぱりと告げた。 


「商品の代金はちゃんと払わせてもらうぞ。あんたの仕事は代価を受け取るのにふさわしい」

「そう言ってもらえるのは、職人冥利に尽きるが……。そうだ! ドルスも連れて行ってくれ。こいつは以前、南の森で働いてたんだ。きっと、役に立つはずだ」


 やらかした本人とはいえ、了承もなく危険な状況に放り込んで良いのか?

 心配になった俺が視線を向けると、丸禿げは力強く頷いてみせた。

 良いらしい。


「それは心強い助っ人だな。お願いしていいか?」

「任せて下さい、旦那。あの森はガキの頃から知ってますでさ」

「分かった。じゃあ明日の朝、ここに迎えに来るよ。気が変わったら、それはそれで良いぞ」

「大丈夫でさぁ。お待ちしてますよ」


 俺は買ったばかりの刃物を背負袋にしまい、呑気に寝息を立てているタルニコと一緒に背中に担ぐ。

 これくらいの重さなら余裕だが、このまま宿屋に戻ると女将にまた変な誤解をされそうだ。


 やれやれと思いながら、俺は武器屋を後にした。


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