第13話


「……そんなの、ただのズルじゃないですか」


 視界に入れば殺される、なんて。いくら何でもおかしいだろう。一体どうやって回避しろというのだ。


「嘘でボクを怯えさせる作戦ですか?そんな理不尽な能力、存在するはずがありません」


「はぁ?」


 魔眼などギルヴァの妄想で、左腕を斬り落とされたのも、偶然『飛撃魔法』を見逃しただけだ――と、フニは自分に言い聞かせる。


 そうでなければ、初めから勝ち目のない勝負を挑んだことになっていまう。ここからの逆転を、自分ですら信じられなくなってしまう。


「ぶふふっ!なんだよお前、そんな顔も出来たんだね!凄く良いよ!犯したくなるよね!!」


「……っ」


「その必死に泣くのを堪えてる感じ、本当に好きだよ。冗談抜きで殺すのが勿体なくなっちゃうね。殺すけどね」


 泣いてはいけない。負けを認めてはいけない。ギルヴァの言葉を嘘だと決めつけてしまえば、まだ結末は分からない。

 フニは目尻を拭い、立ち上がる。どんなに身体を切り刻まれようと、先に首を落とせば勝ちなのだ。


「……虚言に惑わされるボクじゃない。片腕を落としたくらいで、勝ったつもりにならないでください」


「嘘じゃないよバーカ。ちゃんと俺の目を見てよ……って見てるね。ぶふっ、じゃあ現実を見てね」


 楽しげに笑うギルヴァと、苦し紛れに笑みを作るフニ。同じ笑みでも、その内幕はかけ離れていた。


「お前さー、この世界の『一人につき一つの魔法』って法則を不思議に思ったことはない?」


「……何の話ですか。貴方と無駄話はしないと言いました」


「少しくらい良いじゃん、聞いてよ。……生まれ持った一つの魔法は自由に使えるのに、他の人が使う魔法はどんなに努力しても絶対に覚えられない。これ、どう考えてもおかしくない?まるで『一つの魔法を使う為だけの臓器を、一人一人が別々で持ってるのかな?』って疑いたくなるレベルだよね」


「……くだらない。そんなものがあるとでも?」


「それがあるんだよね。臓器じゃないけどね」


 そう言うとギルヴァは、下瞼を引っ張りながら答えを告げる。


「目玉だよ。魔眼だね。この世の人間は全員、一生開かない閉じっぱなしの魔眼を持ってるの。で、閉じた魔眼から漏れ出た……まぁ絞りカスみたいなのが、お前らの言う魔法になる」


「……魔眼が、魔法の元だと?」


「そういうこと。つまりは俺の『飛撃魔法』も、『断絶眼』から生まれた絞りカスでしかないワケ。魔眼が魔法よりも遥かに強力な理由も、俺の言葉が嘘じゃないってのも分かってきた?」


「……っ、わざわざ説明したのは」


「お前の心が折れたら面白いなって思ったんだ。少しは現実味が増してきたかなぁ?」


「……ッ」


 話はもう終わりだと言わんばかりに、フニは右腕だけでギルヴァに飛びかかる。しかし血が足りないせいで、フニの動きは大きく鈍っていた。


「ぶふっ、もう限界?それじゃあ今から三つ数えたタイミングで、お前の右脇腹を『断絶眼』で斬るから……頑張って躱してみてね」


 明らかにフニを舐めた宣言――或いは『断絶眼』への絶対の自信ゆえかもしれないが、ともあれフニの表情は苦悶に歪む。


「ほら行くよ。さーん、にー、いーち……ゼロ」


「あぐっ……っ」


 場所とタイミングを教えられても躱せない。


「次は右肩ー」


 遊ばれているだけの状況に、ただ歯噛む。


「左の足首」


 その攻撃には、予備動作が何も無いのだ。


「もっかい腹を斬るね」


 音も気配も一切の情報なく、突如身体に裂け目が走る。


「右腕」


 ギルヴァの目線を追えば予測できるのでは、とも考えるがそんなこともなく。


「右の腿」


 『断絶眼』とは本当に、「視界に入れれば殺せる能力」だった。


 斬られて、斬られて、斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて斬られて。


「……が、ぐっ」


 また、斬られて。


「……」


 どう足掻いても躱せないそれに、抵抗する意味が分からなくなってきた。身体を捻ろうが跳ねようが、結果が何も変わらないのだ。


「……殺そうと、思えば。……いつでも、殺せるくせに」


 徐々に足が重くなる。剣を持つ手に力が入らなくなる。ボロボロに傷ついた身体とは別に、フニは心まで折れかけていた。


――リガミア様は、こうなることを初めから分かっていたのでしょうか。


 ギルヴァの魔眼の存在を知った上で「止めろ」と仰っていたのであれば、それに抵抗した自分はなんて滑稽なのだろう。やはりリガミア様の言葉は正しかったのだ、とフニは思う。

 

――もう、疲れた。眠い。


 視界が霞み、身体の感覚も消えてきた。自分が立っているのかどうかすらも判然としない。誰かが自分の名を呼んでいる気もするが、しかし耳鳴りが酷くて何も分からなかった。


 ふと身体の前面に、ドンっと軽い衝撃が走る。一体何事かと手を前に向けると、土を削るような感触がして、フニは自分が倒れたことに気づいた。


 反射的に立ち上がろうと右手が動く、が。


――もういい。これ以上は無駄ですよ。


 微かに残った意識が、その右手を止める。どうせ避けれない。欠片も見えない光明に、フニの心は擦り切れた。


「………、…………」


 遠くから、何かが聞こえる。耳鳴りの合間を貫いて、誰かの呼び声が聞こえた気がした。


――そもそも、ボクはどうしてギルヴァに挑んだんでしたっけ。


 頭が全く回らない。まるで夢の中にいるような感覚。ぼうっとして、昼下がりに微睡んでいるような気分だった。


「……ニ様!!………ッ!」


 大好きな人の声がする。つい甘えたくなるような声だ。でもその声色は悲痛で、聞いていると切なくなった。


――どうして、こんな必死に戦っていたんでしたっけ。


 戦うのは好きじゃない。だから何か理由があって戦っていたはず。理由がなければ剣なんて持たない。

 何故。何故。何故。フニは死にかけの頭を必死に回して、大切なモノを思い出そうとする。それは決して忘れてはいけないモノのはずで、死に物狂いで守るべきモノなはずだ。


 その叫び声に、その親愛なる声に、閉じかけの記憶を揺さぶられて。


――そうだ。ボクは、確か。


「フニ様!!フニ様、目を覚ましてくださいッ!フニ様、フニ様、フニ様!!」


――……サーシャを、助けようと。


「お願いですギルヴァ様!私はなんでもしますから、どんな命令でも従いますから!どうか、どうかフニ様の命だけは……っ!!」


 やけにサーシャの声が近い。どうにか顔を持ち上げると、そこには泣きながらギルヴァに縋り付く、サーシャの姿があった。


「……サー…シャ?」


 サーシャの涙など、今までに一度も見たことがない。それ以前に声を荒らげている姿すらあまりにも珍しくて、フニは驚きに目を丸くした。


 一瞬にして目が覚める。身体は言うことを聞かないが、それでも意識だけは明瞭になった。


「ぶふっ、『どんな命令でも』?じゃあ裸で国中を歩き回れ、とかでもやっちゃうの?」


「やります!フニ様を見逃して頂けるのなら、幾らでも!!」


――ふざけるな。そんなことを誰が許すか。


 ボクは今、諦めようとしていたのか?この状況で、こんな悲惨な終わりを受け入れて、サーシャに全てを押し付けて眠ろうとしていたのか?

 

「……駄目、に……決まってるだろう……ッ!」


 早く立て。サーシャを守れ。何を休もうとしている。


「……ぐっ、…ぁ”あ”……ッ」


 明らかに致命傷を超えた激痛に、全身が悲鳴を上げた。もう一歩も動ける身体ではないと、理屈では理解していた。


「知る、か……ッ」


 でも、立て。剣を持て。この戦いは、死んで終われるものじゃない。死んだ後の光景こそが、本物の地獄なのだ。


「……サー、シャから……離れろ……ッ」


 血みどろの身体でも、フニの瞳は炎熱に燃える。地獄に片足を突っ込もうと、残る片足でギルヴァを殺そうとした。


 許すな。終わりを認めるな。越えろ。理不尽を叩き潰せ。


「……その人に、触るな……ッ!!」


 右腕だけで、地面を押し込む。歯軋りと共に、片足を持ち上げる。ただ立ち上がることすら、地獄の底から這い上がるくらいに辛かった。


 血を吐きながら、全身から血を噴きながら、唸り声を上げながら――

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