第11話


 フニは《残響》を使うのに必要な距離を取り、再び細剣レイピアを鋭く構えた。


――急げ、疾く……ッ!


 これはフニの《残響》とギルヴァの『飛撃魔法』の、どちらが先に発動するかという勝負。向かい合って挑めば確実に負ける勝負だが、「ギルヴァの背後を取っている」という今に限って言えば、その勝算は五分だと言えた。


「神威――」


 ギルヴァはまだ振り向いている最中。その横顔が僅かに見える。フニはギルヴァの首を目がけて。


 再び、音を、斬る。


「――《残k……ょ…」


 ……よりも早く、フニの脇腹から血が吹き出した。『飛撃魔法』がフニの腹部を、大きく斬り裂いていた。


「残念、俺の方が早かったねぇ」


 フニの視界に映るのは、剣を振り抜いた体勢でニヤついているギルヴァである。相手の神経を逆撫でる、勝ち誇った表情を浮かべていた。


「……っ」


 不意の激痛に、膝をつく。腹から漏れる赤い血が、ボタボタと垂れて地面を濡らした。


「惜しかったねぇ。まぁ俺は振り向く前から魔力を練ってた訳だから、速さ以前に読み負けてんだよねぇ、お前」


 想像以上に強力だった『飛撃魔法』の威力に、フニは眉を歪ませる。身体能力の差以上に、生まれ持った魔法の違いが二人の実力を分けていた。


 フニの持つ魔法は『占卜せんぼく魔法』。つまりは占うだけの、戦闘には何の役にも立たない魔法である。フニはその魔法を気に入ってはいるが、しかし今この場では、フニの足を大きく引っ張っていた。


 ふとギルヴァがため息を吐く。つまらない物を見るような、そんな顔をフニに向けた。


「……なん…ですか、その顔は」


「ぬ?いや予想通りではあるんだけどね?やっぱお前は痛みで泣き叫んだりはしないタイプだね」


「……は?」


 言ってる意味が分からない。何故そんな話に至るのか。

 フニは頬を引き攣らせたまま、ギルヴァの顔を見つめた。


「ぶふっ、これってそんなに難しい話?ボールはよく跳ねる方が面白いし、虫だってバタバタ暴れながら死んだ方が見てて楽しいでしょ」


 ヘラヘラと。


「人のペットを殺すときもキャンキャン鳴いてくれた方が盛り上がるし、それで飼い主が泣き崩れたらもっと面白いよね?」


 ヘラヘラと。


「特に人間なんて、わざわざ俺に分かる言葉で命乞いしてくれるんだもんね。俺が遊ぶために生まれたとしか思えないよね」


 ヘラヘラと。


「それにしても、昨日の女はお前と違って良かったね。表情豊かにぐちゃぐちゃに泣き崩れてくれて、殴れば殴るほど弱っていくのが本当に笑えたよねぇ」


 クイナの死すらも、ヘラヘラと。


「……貴方、は」


 ありとあらゆる暴言が、フニの脳裏を駆け抜ける。だが一線を越えた怒りに喉が詰まり、何も言葉にならなかった。


「私兵を20人くらい連れてって、全員にクイナを犯させたんだ。あれは本当に見てて面白かったよね。クイナは中古だから俺は勃たなかったけど、まぁ顔は良いから観覧用としては楽しめたよ」


「……」


「ただ犯させるだけじゃつまんないから、『一分以内に男をイかせられなければ殴る』ってルールを20人に順々にやらせたんだよ。最初は泣きながら嫌がってたんだけど、一人目にぶん殴られてからは、必死になってしゃぶってたよねー」


「もう、いい。……もう黙れ」


「でもクイナの奴、すっごく下手でね?ほとんどクリア出来ないでぶん殴られてたよ。五人目くらいまでは頑張ってたんだが、それ以降は諦めちゃってさぁ。されるがままに犯されて、一分おきに殴れれるだけになっちゃったの」


「……黙れって」


「後半は死んだ目で腰振るだけのオナホだったよね。殴られるたびに顔が腫れて、女としての価値も腰を振るペースも落ちていくんだ。それにしてもアイツ、どのタイミングで死んだんだろうね?ずっと注視してたつもりだけど、もしかすると死んでからも十回くらい犯されてたかも」


「…………」


 これ以上、語る言葉も語らせる言葉もない。あれは人ではなく、ただの虫だ。言葉を覚えただけの害虫。


 フニはゆらりと立ち上がる。流れ出る血も意に介さずに、血走った瞳でギルヴァを見つめた。

 

「……貴方は、ダメだ」


 ボソリと小さな声で、フニは呟く。


「……今すぐ、死ぬべきだ。この国のために、死ぬべきだ」


 ここまで怒り狂った経験が、人生の中であっただろうか。本気で人を殺したいと思った経験が、一度でもあったか。


「……罪の償いは、あの世で済ませなさい。きっとリガミア様が、貴方に後悔を与えてくださる」


 恐ろしく冷静なままに、怒りと覚悟が頭を満たす。

 フニの思考は、人を殺すに最適な状態へと進んだ。


「――――」


 フニはその場で、細剣レイピアを構える。それはつい先ほどに見せたばかりの、《残響》の構え。ギルヴァの『飛撃魔法』によって封じられたはずの剣技である。


「お前、何してるの?それじゃあ隙だらけだよ」


 案の定ギルヴァは、フニに向けて斬撃を飛ばす。それはフニの太ももを、深く切り裂いた。腹に加え、足からもまた血が流れ始める。

 激痛。一歩踏み出すにも躊躇する激痛が走った。


 しかし。

 

「……神威」


――無視する。


 叫び出したくなるほどの痛みを、燃えるような熱を、フニは全て捨て置いた。先と異なるのは覚悟である。

 

 橙色の瞳は、ただ前だけ向く。


 斬りたければ好きに斬れ。足も腕も腹も、何もかもをくれてやる。


――代わりに、その首だけは意地でも落とす。

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