第9話
「……決闘、って言ったの?」
フニの言葉に、ギルヴァは苛立ちを見せながらそう答える。
「ええ。『第一位』の座を頂きに来ました」
「バカなのお前?もしかして周りが見えてない?今はね、俺とサーシャの記念すべき結婚式の最中なんだ。その途中で決闘とか、流石に空気読めなすぎだと思うよ」
「貴方に言われたくはありませんが……」
世界一空気が読めない男に言われても、とフニは軽く嘲笑う。
「まぁいいよ、今の俺は気分が良いから見逃してあげる。決闘はこの式が終わった後に付き合うから、隅っこで待っててね」
「いいえ、待ちません。今すぐにです。貴方がいくら『第一位』だろうと、決闘を断る権利だけは持ち合わせていない。……早くここへ降りて来なさい、ギルヴァ・グレイグ」
順位を懸けた決闘は、あらゆる全てに優先される。だからこそ、順位は絶対的な価値を保有していた。
「それにボクが決闘を申し込んだ瞬間から、貴方は『第一位』ではなく、ボクも『第二位』ではない。その称号が戻るのは、決闘を終えたときです」
フニはちらりとサーシャに目をやる。
「……つまり、今サーシャに触れれば、貴方はただの犯罪者。それはたとえ『第一位』に戻ったときにも変わらず、この国は貴方の所有物ではなくなりますよ」
「……お前うっざぁ」
フニの言葉に間違いはない。それを理解していたギルヴァは、気怠げに高位席から飛び降りた。
「ごめんね、少し待っててねサーシャ。すぐにこのチビを殺して、俺たちの大切な結婚式を再開させるからね。俺とのキスがお預けになるのはサーシャにとっても辛いと思うけど、ちょっとだけ我慢して……」
「何をなさっているのですか、フニ様!!」
ギルヴァの発言を遮って、サーシャはフニに向けて叫んだ。
「決闘などそんな……っ、私は大丈夫ですから!私が囚われたのは、私の弱さが原因です!フニ様が無茶をする必要などありません!」
「落ち着いてください、サーシャ」
「落ち着いてなど……っ!お願いです、大人しく退いてください!フニ様が無事でいることが、私の最期の願いなのです……っ」
普段の冷静なサーシャの姿はどこにもなく、駄々を捏ねるように懇願をする。フニはそんなサーシャを珍しく思いながら、小さく微笑んだ。
「サーシャ、これは命令です。ボクを信じていてください」
「……ッ。そんな、ことを、言われても」
「大丈夫ですよ。今のボクはいつもより、少しだけ身軽なんです」
縛るものが消えたから、と。
フニはサーシャから目を離すと、目の前のギルヴァを睨みつける。互いの瞳は嫌悪を示し、互いを殺す意思を覗かせた。
「お前、元々『第九位』だった女だよね?いつもビクビクしながら、こっそり俺を見てたよね?今日に限って何の用なの?」
「だから決闘をしに来たと言っているでしょう。話を聞かない人ですね」
覚悟を決めたフニは、一歩も下がらず
「この決闘に見届け人は要りませんね。なにせ全国民が立ち会っているのですから」
『第一位』vs『第二位』。それはこの場の全ての人間にとって、王国の命運を分ける決闘だった。
「はぁ……血を洗い流すのが面倒だから、剣は使わない。素手で殴り殺すよ。楽には死ねないけど、別にいいよね?」
ギルヴァはフニを舐めきっているが、フニは気にせずに全身に力を込めた。拳を構えたギルヴァに対し、
観客たちは『フニ様は、ギルヴァ様に勝てるのか?』なんて疑問を抱く――ことはなく。どうせフニでは勝てないと、ほとんどの人間が思っていた。
フニの本来の順位が『第九位』であることは誰もが知っているし、ギルヴァが過去最強の『第一位』であることも知っている。勝って欲しいとは思うが、しかし心の底から期待している人間など、数えられる程しかいなかった。
『もしフニ様が勝てば国が変わる。だがそんな奇跡は有り得ない』
それが観客たちの総意。つまりフニを舐めているのはギルヴァだけではなく、この国の全てだ。ハーネス王国の全てが、フニの存在を舐めていた。
「――――後悔しますよ」
ふと響いた、深く冷たいフニの声。
それはギルヴァに告げたセリフだが、この場に居合わせた全ての人間がビクリと震えた。
――フニは本来『第九位』である。
事実だ。
――ギルヴァは過去最強の『第一位』である。
事実だ。
――ギルヴァは『第二位』から『第八位』までの七人を同時に相手取り、勝利した。
これも事実。
だがしかし、これだけでは重要な情報が欠けている。フニを語るに到底足りなかった。
故に事実を、もう一つ付け加える。
――フニは過去に、一度も決闘を申し込んだことがない。
決闘とは、順位の変動を起こす為に踏まなくてはならない手順である。しかし順位に興味のないフニは、誰にも挑むことはしなかった。
フニはただ
世間でフニより強いと言われる旧八位など、実際のところ相手にもならない。七位も六位も五位も四位も三位も二位も、フニの前には等しく有象無象である。
フニは小さく何かを呟いた。
「神威――」
姿勢は低く、呼吸は鋭く。
手にする武器は
そして皆がフニが動いた、と理解した瞬間。
フニの姿は掻き消えた。
「――《残響》」
音より速く、音を断つ。
皆が甲高い異音に耳を塞いだとき、フニの刃は振り終わっていた。十メートル以上離れていたはずのギルヴァとの距離は、誰に気づかれることもなく一瞬で消え去る。
「もう一歩近ければ、殺せたんですけどね」
「……お前、何者なの?」
観客たちの視界に映るのは、首の皮一枚でフニの一閃を躱すギルヴァの姿だった。その首元には、細く赤い線が走る。
目を細めるフニと、僅かに驚くギルヴァ。そして群衆は大きく色めいた。
『ギルヴァ様が、傷を負った……?』
『……血だ。血が流れてる』
もしかしてこれは、有り得るのではないか?そんなざわめきが駆け抜けた直後、あまりにも巨大な歓声が巻き起こった。大地を揺らす大歓声。それはフニに向けられた、数え切れぬほどの声援だった。
ギルヴァは跳ねて、フニから一歩遠ざかる。
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