第7話
「そんな、嘘です……ッ!!」
サーシャが結婚?サーシャが自殺?嘘だ、何かの間違いに決まっている。
フニは自室を飛び出し、サーシャの部屋へと駆け込んだ。サーシャの部屋に荒れた様子はない。不審な点も見つからない。
しかしフニは、そんないつも通りの内装には目もくれず、迷うことなく一つの引き出しに手をかけた。
「……っ、無い!!サーシャのナイフが……ッ」
普段ならそこに仕舞われている筈の、サーシャの武器。それが跡形もなく姿を消していた。
一切の高級品を無視してナイフだけが盗まれる訳はなく、つまりはサーシャが自らナイフを手に、屋敷を飛び出したのだと分かった。
「まさかギルヴァに挑んだのですか!?何故そんな無謀なことを!?」
勝てるはずがない。ギルヴァが如何に下劣な人物であろうとも、その強さだけは本物だ。サーシャに勝ち目など、万に一つも無かった。
フニは頭を掻き毟りながら、サーシャの暴挙の理由を探す。今までそんなに素振りは見せなかったのに、一体どうして今日に限って――
「――いや。……ボクのせい、なのですか?」
もしかして……否、もしかしなくとも。昨晩の自分の言葉のせいで、サーシャはギルヴァに挑んだのではないか?自分がギルヴァと戦いたくないと泣いたから、サーシャが代わりに向かったのではないか?
「……そんな」
目眩がした。天地がひっくり返るような、そんな絶望に包まれた。
「どうにか、どうにかサーシャを助けないと……!でなきゃサーシャは、あの水晶玉の通りに……ッ」
でも、どうやって。
そもそもリガミア様に予言された未来を変えるなんて、可能なのだろうか。リガミア様の予言が外れたことなど、今までに一度でもあっただろうか。
「……っ。とにかくまずは、サーシャの元へ」
考えるのは、走りながらでも出来る。フニは細身の愛剣を腰に差し、中央部へと駆け出すことにした。
占いの結果からサーシャが中央部に居るのは分かっていたが、しかしその情報だけではあまりにも範囲が広く、フニの捜索は難航する。
「……式場に入られたら、警備が一気に厳しくなってしまう。なんとかその前にサーシャを見つけないと」
そう考えたフニは、ギルヴァの屋敷や王宮と、めぼしいところを片っ端から回っていく。手当たり次第に駆け回り、聞き回るが――やはりサーシャは、どこにも見つからなかった。
時間はあっという間に過ぎていく。開式まで、残り一時間。
「この時間であれば、流石にサーシャはもう式場の中?メインルートから中へ入っていく姿は見えなかったので、裏口から入ったか……或いは、四時間前から中に居たのでしょうか」
もしもずっと中に居たのであれば、フニの『誰にも悟られずにサーシャを連れ逃げ去る』という作戦は初めから不可能だった、という話になるが……しかし、それはただの結果論である。
今回ギルヴァが式場として利用するのは、普段は『闘技場』として使われている巨大な建物だ。多くの人間が入れる場所を選んだのだろうが、結婚式には向かないとフニは思う。
「とりあえず、客席に紛れましょう。そしてサーシャの姿が見えたら、どうにか隙を見て……一瞬で助ける」
フニは、闘技場のアリーナ部分に二人が現れると予想した。中心に意味ありげに大きく敷かれた、赤色のカーペットを見てそう判断したのだ。
サーシャとギルヴァがどう現れるのか分からない以上、どうしても後手になる。何も出来ない時間にフニは奥歯を噛み締めるが、これが最善なのだと自分に言い聞かせてどうにか耐えた。
そうして、ついに迎えた十六時。
『時間となりました。これよりギルヴァ様とサーシャ様の結婚式を開始致します』
闘技場全体に響くのは、『音魔法』を通して拡散された司会進行の声だ。音のする方に目を向けると、闘技場の中心で口を動かしている一人の男が見えた。
『それでは新郎新婦の登場です。皆様、上部――高位席の方向をご覧ください』
男が腕で指し示したそこは、王族や一部の上位貴族のみが入ることを許される特別な場所である。フニが見上げると、そこにはギルヴァと数人の私兵……そしてサーシャが立っていた。
フニの位置からは、決して届かない高所である。
「……っ、そんな」
アリーナに二人は現れる、というフニの予想は完全に裏目に出た。
――どう、すれば。
フニは絶望した表情のまま、サーシャを見上げる。何か助け出す方法はないかと、必死に考えた。
「専用通路を通り、サーシャの元まで駆け抜ける?」
絶対に無理だ。道中には無数の兵士が待ち構えているに違いない。サーシャのすぐ隣にはギルヴァが立っているし、行き着けはしても逃げ切るのは不可能だろう。
「ここから武器を投げて、ギルヴァに対して不意打ちを仕掛ける?」
それも無理だ。この遠距離で、ギルヴァにそんなものが当たる筈がない。武器を失い、状況が悪化するだけである。
「……な、何か。何か考えないと」
でなければ、サーシャが死んでしまう。
嫌だ。それだけは嫌だ。
フニが全力で思考を巡らせる中でも、式は構わず進む。一秒が経過する度にサーシャを汚されていくようで、フニの焦りは増していった。
大きく心臓が跳ねる。呼吸が荒くなる。フニは脳裏を過ぎった選択肢に、迷いを感じる。
「……決闘を、やるしかない?」
本当のことを言えば、フニはサーシャを助ける手段を思いついていた。順位を変動させる決闘は、この状況の全てを覆す一手だった。
だが、フニには決して選べない選択肢でもある。
【止めなさい】
「……リ、リガミア様」
【止めなさい】
「……で、も。サーシャを、救うには……これ、しか」
【止めなさい】
リガミア様が否定する。お前では無理だと否定する。
「今、この場でギルヴァから……『第一位』を、奪い取れば」
【――不可能です】
最後の可能性を、否定する。
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