第6話
フニはパチリと目を開く。起床。
窓の外を見ると、日は既に真上まで昇ってていた。
「……寝すぎましたね。もうお昼じゃないですか」
普段であれば、こんな時間になる前にサーシャが起こしてくれる。しかし昨晩の出来事を考えれば、敢えて起こさず寝かせてくれた、なんて可能性も有り得るとフニは思った。
「……。それにしても、まさか十六にもなって泣いてしまうとは。恥ずかしい」
フニは大きく伸びをすると、ベッドから出て立ち上がる。よほど熟睡できたらしく、身体に疲れは残っていなかった。
「朝食――いや、時間的には昼食ですか。何か食べたい気分です」
きゅるると、ちょうど腹が鳴る。フニは食べ物を探すべく、部屋の外へと歩き出した。
「サーシャ!サーシャー!」
ボクのご飯はどこですかー、と呼びかけながら屋敷を巡る。広間、厨房、客室と、トイレと、バンバン扉を開けていく。
が、しかし。
「おかしいですね……。いつもは一度呼べば来てくれるのに」
中々見つからない。丁度、洗濯物を抱えたメイドの一人が通りかかったので、サーシャの所在を尋ねることにした。
「すみません!サーシャを見ていませんか?」
「メイド長でございますか。……それが今朝から姿が見えず。メイド長が所用で姿を消すのはよくあることですので、私共も特に気にしてはおりませんでした。何かメイド長にご用件があるのでしたら、急ぎ探して参りますが」
「ああいえ、そこまでは大丈夫です。ありがとうございます」
その後もフニは屋敷を歩き、何人かのメイドに同じ質問をして回る。ところが、サーシャの居場所を知る人間は一人として居なかった。
「あのサーシャが、誰にも何も言わずに出て行くなんて珍しいですね。余程の急用だったのでしょうか……?」
なんだか少し、嫌な予感がする。
「久しぶりに占ってみますか、サーシャのこと。勝手に占うと嫌がられるので、最近はあまりやっていませんでしたが……もしかしたら、居場所が分かるかもしれませんし」
道中にメイドから受け取ったパンを咥え、フニは水晶玉の置いてある自室へと戻った。
フニの行う「占い」とは、自らリガミア様へと近づき神託を得るための行為である。運勢やらラッキーアイテムについてやら、どんな質問でも投げかけることも出来るが、しかし返答の有無はリガミア様の気分次第。なんでも調べられる万能な手段、という訳ではなかった。
対して聞いてもいないのに一方的に下される神託を、フニは「お告げ」と呼ぶ。それは威厳ある「声」として、フニだけ聞こえる有難いお言葉だ。
「ふふっ。それにしてもやはり、水晶玉に向かうとテンションが上がってきますね。凄まじい高揚感です。ふふふfuuuu……」
手を構え、瞳を閉じて、叫びたくなるのを堪えつつ、占いへと意識を集中させた。
「ひにゃらまーはにゃらまー……さぁリガミア様、サーシャの居場所をお教え下さい!!」
すると水晶が薄らと輝き始めた。失敗の場合は、このまま何も映らず光が消えていくのだが、さて今回はどうだろう。
「むむむ」
ゆっくりと水晶玉に色が浮かび上がる。どうやら占いは成功したらしい。となれば、あとはどこまで詳細を教えて貰えるかが問題だ。
ぼんやりと映り出すのは、王国の中心部。貴族階級の人々が暮らす地区だった。
「んー?サーシャは一体、中心部に何の用が」
あんな場所、国王や貴族連中――あとは、ギルヴァなどの一部ランキング勢の家が並んでいるだけだ。特に面白い物もないので、フニとて誰かに呼ばれぬ限り、そう立ち入る機会はなかった。
「迎えに行くべきでしょうか?……いやでもサーシャの目的が分からない以上、下手に動いて邪魔をする訳にもいきませんよね」
悩む。サーシャとて、その強さは相当だ。大抵のアクシデントは彼女一人でカタがつくので、むしろ心配する方が失礼という考え方もあった。
「よし、ではこうしましょう!サーシャの運勢を占って、結果が悪ければ向かう!……大丈夫だとは思いますけど、不運の日には何があるか分かりませんしね」
そしてフニは、もう一度水晶玉に手を向けた。
「ひにゃらまーはにゃらまーリガミア様リガミア様!!サーシャの運勢をお教えくださいませ!!」
ふんぬと力を込め、念を送る。フニは全力でサーシャの幸運を祈り、大吉カモン大吉カモンと小声で呟くが――
『フニ様、少々お時間よろしいですか?』
「わひょ!?」
――ノックと共に扉の向こうからメイドの声が聞こえ、ビクリと跳ねた。
少し占いに集中しすぎていたらしい。変な声を上げてしまったことにフニは顔を赤らめるが、咳払いをして誤魔化すことにする。
「ど、どうぞ」
入っていいですよ、と伝える。メイドは扉を通るとすぐその場に立ち止まり、顔を伏せながら話し始めた。
「失礼します。……つい先ほど国全体に八咫鳩が飛ばされたので、その内容をお伝えに参りました」
「八咫鳩ですか」
八咫鳩とは、主に手紙の運搬に利用される「三つ足の鳩」である。三本のうちの真ん中の足は、空中でバランスを取る目的でしか使われないため動きが少なく、故に手紙を結んでも落ちにくいのだ。
現代では八咫鳩の首に手紙入れを取り付けるので、三足であることに大きな意味は無いが、しかし人懐っこさと飛行速度を理由に、今でも利用され続けていた。
とはいえ八咫鳩は基本的に、国外の遠方に手紙を送る際に使われる。今回のように国内での伝達手段として利用されるのは、極めて稀だと言えた。
「まず差出人ですが、『ギルヴァ・グレイグ』です。その名義でハーネス王国全域に八咫鳩を飛ばされておりました」
「……ギルヴァが?」
「はい。そして内容は……そのまま読み上げさせて頂きます。『本日十六時より、俺の結婚式を開くよ。ハーネス国民は須らくこれに出席し、俺を祝福することを義務とするね。また皆が気になっているだろう、今回の結婚相手だけどね――』」
メイドの眉が僅かに歪む。
「『――サーシャ・ミシュナイト。第七位の女だよ』」
「……え?」
「『ちなみに当該時間内に結婚式場以外で見かけた人間は、例外なく俺の私兵が殺して回るので悪しからず。以上』」
「い、いやちょっと待ってください。今、誰と結婚すると言いました?」
フニは椅子から立ち上がり、顔を強ばらせて問いかける。だがメイドの表情は暗いままで、それが事実なのだとフニは理解した。
「……サーシャ・ミシュナイトと、間違いなくそう記してありました」
フニの瞳孔は不規則に揺らぎ、その焦点はどこにも合わない。全身からは冷たい汗が吹き出して、おぞましい程の悪寒が身体を覆う。
――『リガミア様リガミア様!!サーシャの運勢をお教えくださいませ!!』
数分前にそう占ったはずの水晶玉には、「運勢」ではなく「死因」が映されていた。
ピンク色のベッドの上で舌を噛み切り、自ら命を絶つサーシャの姿が、そこにはあった。
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