第3話


 サーシャの答えに頷いたフニは、串肉屋の方へと歩いていく。そして俯いたままの二人のもとに、しゃがみ込んだ。


「こんにちは」


 二人は驚き、目を見開く。どうやらフニの顔は知っていたらしい。


「……フニ様?一体、なぜこのようなところに……」


「串肉を食べたい気分になって、ふらふら〜とやってきてしまいました。早速で申し訳ないのですが、ボクに串肉を一本売っていただけませんか?」


 クイナは困ったように表情を曇らせるが、しかしフニは構わず串肉屋の男だけを見つめた。


「あ、あぁ……。申し訳ありません、フニ様。……今は、その。お渡しできる串肉は一つも無くて」


「嘘はいけませんよ。そこにほら、一本落ちているではないですか」


「……え?」


 フニは男の足元に落ちていた一本の串肉を拾って見せつける。それは砂に塗れた、とても食べられる状態ではない串肉だった。ギルヴァたちが運び出す際に落としたものである。


「……な、何を仰っているのです?」


「いえ別に。ただ串肉を買うというだけの話ですが。……ところでこれ、もしかして最後の一つですか?」


「は、はぁ。最後といえば最後ですが……」


「本当ですか、それはとても縁起が良いですね。『残り物には福がある』とも言いますし。ですよねサーシャ」


「そうですね。ある意味ラッキーアイテムとも呼べるかと」


 二人の混乱も置き去りに、フニは串肉を空に掲げる。


「さしずめ『幸運の串肉』といったところでしょうか。であればこのフニ・サーチレイ、通常価格で購入する訳にはいきませんね」


「一理あります。お幾らで買われるのですか?」


「ズバリ、150万といったところでしょう」


 遠目にフニを眺めていた人々が、ザワりと揺れる。その言葉の意味を理解する者が徐々に現れ始め――そして、串肉屋の男もまた気づいた。


「……そ、そういう訳にはいきません。そんなゴミを、150万だなんて」


「幸運の値段を決めるのはボクです」


「だとしても。そんな砂だらけの、食べれもしないの物を売ることは出来ません……」


「食べますよ」


「「「え?」」」


 フニの返事に、サーシャも含めて周囲の全員が呆気に取られた瞬間。フニは砂だらけの串肉を、口の中に放り込んだ。


「え、ちょフニ様!本当に食べる必要はなかったのでは!?は、早くペッてしてくださいペッて!」


「もう飲み込んじゃいました。サーシャは慌てすぎです」


「お、お腹を壊したらどうするんですか!」


 口の中には、まだ砂の感触が残る。だがフニはそんな不快感に構うことなく、唖然としたままの串肉屋に話しかけた。


「ごめんなさい、お金を払う前に食べるのは不味かったですね。でもこれで『お金は受け取らない』なんて言われると、ボク泥棒になっちゃうんですけど」


 だから受け取ってくれますよね、と続けながら、フニは金を強引に手渡す。男はそれでも悩んでいる様子だったが、フニが決して引かないことを察して諦めた。


「……このご恩はいつか必ず」


「いいんですよ。お金は幸せを買う為のものですから」


 フニは手を振り、男の感謝を追いやった。

 そしてフニは興味は、横に立つ女の子――串肉屋の娘へと移動する。


「ところで、そんなことより娘さん!」


「ふぁ、ふぁい!ななななんでしょう!?」


「い、いやそんな緊張しなくても……。クイナさん、お幾つですか?多分ボクと同じくらいですよね?」


「じゅ、17です」


「ボクより一つ上でしたか。もし迷惑でなければ、今度一緒に遊びません?何故かボク、歳の近い友達が全然居ないんですよね」


「それは多分、フニ様が恐れ多いだけだと思います……」


「恐れ多い……?」

 

「……はい。あ、あ、一緒に遊ぶのはもちろん大丈夫です!」


「ありがとうございます。ではまた今度、迎えに来ますね」


 フニはクイナの両手を握りしめ、思いきり微笑んだ。その後二人はたっぷりと話し込み、気づけば辺りは薄暗くなる。


 帰り際には大きく手を振り、「また明日ー!」と大声で叫ぶ。サーシャとの帰路の中での話題は、当然の如くクイナのことばかりである。会話というよりは、フニが常に喋り続けているだけなのだが――ともあれ、フニは誰の目からも幸せそうに見えた。



――翌日、フニはクイナの死体を見つける。

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