〈ユメノ視点〉











「・・・おじさんッ!」






何も答えてくれないおじさんの袖を揺すると

おじさんは目を細めて「帰れ…」と言ってきた






トウキ「・・・帰っても…

   蓬莱が君を受け入れるとは限らないよ?」





「・・・・・・」






トウキ「ちょっとやそっとの事で心が動くのなら…

   偽の婚約者まで作らないだろうし…

   君が思っているよりも…大変な未来だ…」







透輝さんから言われていたし…

帰って来た私を誰よりも歓迎しないのは

おじさんだと分かっていた…






( ・・・でも… )






「・・・ツッ…やだッ!帰らないッ!!」






( 絶対に帰らない…今度こそ離れない… )






おじさんの手を掴み

就任式に出てここの坊守になると伝えると

おじさんの顔は更に歪んで手を払いのけられた






アオシ「・・・ッ・・かえれッ…」






部屋から出て行くおじさんの背中を追って行くと

急に立ち止まってパッと振り返って来た

おじさんの顔は酷く怒っていて

私を睨んでいるけれど…

誰よりも寂しく見えた…






アオシ「なんで戻ってきたッ!?」






あの日の言葉を取り消したかった…

謝りたかった…






「・・・違うの…ッ…

 お坊さんの…おじさんがいいのッ…」






アオシ「・・・・・・」






おじさんは表情を変える事なく

私を見ていて…「一緒にいたいのッ…」と

伝えても優しく微笑んではくれない…






アオシ「・・・此処はお前のいる日常ばしょじゃない…」






きっと…

透輝さんから話を聞いていなければ

おじさんのこの言葉の本当の意味を理解出来なかった…






アオシ「弦蒸寺ここにお前の幸せはない…」







( ・・・アタシの幸せ? )






トウキ「生活していたなら大体は分かると思うけど…

  今みたいにバーで美味しいカクテルを飲む事も

   毎シーズン出る流行りの服に身を包む事も…

   多分できなくなるよ?それでもいいの?」






バーで楽しく話しながら

美味しいお酒を飲むのは好きだし…

洋服だってご褒美にと毎月買っていた…





( ・・・でも…アタシの幸せは… )






アオシ「だから帰れ」


 



そう言って背を向けて歩いて行こうとするおじさんに

「ふざけないでよッ」と叫んだ






「おじさんが

 アタシの幸せを勝手に決めないでよッ」






可愛い洋服に身を包んで

綺麗にデザインされたネイルを見て笑うのが

私の幸せなんかじゃない…





新しいあの部屋で…

新しい職場で…

どんなに楽しい生活をしていたとしても…






「アタシの幸せは…

 にいるかじゃない…といるかよ…」





( あそこに…アタシの幸せはない… )






アオシ「・・・・・・」





 

朝目を覚ますと

必ず先に起きているおじさんが

「いつまで寝てんだ」と呆れた目を向けていて…

「起こして」と甘えると

3日に1度の確率で抱き起こしてくれる…

それだけで今日はいい日になるかもって思える…





ピーコを古屋から出してあげると

喜んで庭を駆け回っている姿を見るのも好きだし

「よくなったわね」と口煩いお義母さんから

味付けを褒めてもらえたら嬉しい…





おじさんがお参りに行くのは寂しいけれど…

袈裟を着て歩く姿は

あのスーツ姿よりも大好きだから…

その袈裟と一緒に履く足袋を洗うのは

全然苦じゃなかった…





「いつ帰って来るんだろうって

 時計を見て待ってちゃダメなのッ?」






アオシ「・・・・・ダメ…だッ…」






どうして…ダメなのよ…

お義母さんは私を…私だけしか

おじさんの坊守になれないって言ってくれたのに…




お父義さんも私を否定しなかった…

連れ出されそうになった私を

声を上げて止めてくれた…





このお寺の住職はお義父さんで

そのお義父さんが止めたって事は

きっとそう言う事だから…

私は…このお寺の人間なんだ…





( ・・・だから…認めてよ… )





おじさんも…

ちゃんと認めてよ…

私が次の坊守だって…

私の事が好きだって認めてよッ





アオシ「・・・・ハァ…かえ…れ…」






( ・・・なんでよ… )






なんで認めてくれないのよ…

足袋を履いてるって事はそう言う事でしょ…

好きだから履いてくれたんでしょ…






「・・・帰らない…絶対に帰らないッ…

  夜になったら…おじさんにクリーム塗ってもらって

  おじさんのお経を聞きながら…寝るんだから…」






アオシ「お前はココにいちゃいけねぇんだよッ」






おじさんの背中は小さく震えていて

声も…泣いているのが分かった…




絶対に一人にはしない…

このお寺にこの人を一人きりにはしたくないッ




もしその時が来て

このお寺の扉を閉める時は

二人一緒に閉めるんだから…




二人で…手を繋いで

あの石階段を降りて行くんだから…






「ココにいるのッ…あたしの…

 アタシの幸せは…なのッ」





私がアナタを支える…

アナタを笑顔にしてみせる…



だって…私は…

アナタが笑うと幸せだから…






アオシ「・・・ッ・・ナンデ…」





「・・・・・・」






おじさんが振り向いた時に

やっぱり…誰よりも愛おしいと思った…

私の幸せを望んで「それでいい」と

微笑んでくれたあの笑顔に嘘は無くて…






アオシ「ナンデ……ッ…モドッテ…」







アナタの…

優しいあいだったんだから…






「〝まだ〟でも〝もう〟でもないの…」





あの時の私は…

「まだ」としか口に出来なかった…

でも今ならハッキリと言える…





一緒にいるのッ!」





だからおじさんも…

「もう」意外の言葉を頂戴…






アオシ「・・・まさか…言う日がくるとはな…笑」






ギュッと強く抱きついた

おじさんの胸元から香る

懐かしい匂いに目を閉じていると

笑う小さな声が聞こえ「え?」と口にした





アオシ「後生大事にする…必ず…」





私の耳元に捧げられた言葉は

私がずっと…欲しかった言葉で

もうこれ以上抱きつけないと分かっていても

ギュッと腕に力を入れて

「来来世は?」と笑って問いかけた




後生までじゃきっと足りない…

私は…ずっとアナタの側にいたいから…






アオシ「・・・ふっ…

   その先はしらねぇから…

   来世つぎの俺に聞くんだな…笑」






「そうする…笑」






おじさんは抱きしめている腕を解いて

私の顎を少し持ち上げると

「ひでぇ顔だな」と笑っていて

「お互い様よ」と手を伸ばして

おじさんの目尻にある涙を拭き取ると

「覚悟は出来てるんだろうな」と問いかけられ

その意味が分かった私は

「キスして」と自分の唇を指差した






アオシ「・・・寺だぞ…」

 




「・・・もう…おでこじゃ我慢できないから」






此処は母屋でもなく

正真正銘のお寺だけど…

あの日くれなかったキスが欲しかった…




ホワイトデーは…

愛を…気持ちを返す日なんだから…






アオシ「俺も我慢する気はねぇ…」






その言葉と同時に

今度こそ唇に届けられた

おじさんの返事に腕を強く回して応えた…





唇を離したおじさんは

「行くぞ」と言って私の手を強く握ったから

「はい」と握り返した






アオシ「初めてお前からしおらしい返事を聞いたな…笑」






「・・・だって…おじさんの…

  弦蒸寺25代目住職の…坊守ですから?笑」






そう言うとおじさんは目を細めて笑い

私の手を引いて就任式へと向かい…






私とおじさんを繋ぐ紫の糸から

ゆっくりと静かに…

濃ゆい青の糸がほどけ落ちてゆき

本来の色に戻っていった…







〜FIN〜
































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る