〈アオシ視点〉










走る様な足音が耳に聞こえ

何かあったのかと思い

ドアに近づこうとした足を止めた…






( ・・・・・・ )






この寺の中や母屋の中で

走る足音を立てる人物は一人しかいない…





まさかと思い立ち止まって

近づいて来る足音に固まっていると

バンっと開いた扉から

此処にいるはずのない夢乃の姿が見えた…






アオシ「・・・・・・」





なんでいるんだと驚いていると

夢乃は俺の袖をギュッと握りしめて

何か言っているが

驚きの方が強く何を言っているのか

俺の耳には届いてこなかった…





夢乃を向こうに置いて来た翌朝

いつもよりも早めに着替えをすませて

鶏の古屋へと向かい鍵を開けてやると

最初こそは喜んだ様に飛び出て来て

俺の足回りを歩いていたが

鶏が段々と俺から離れ夢乃を探しているのが分かった







アオシ「・・・悪いな…

   アイツはもう戻って来ねぇ…」






そう呟いてから

蒲鉾かまぼこ板のある方へと顔を向け

「泣くなよ」と前の鶏に声をかけた…





今いる鶏はあまり理解していないのか

夢乃を探している様子はあるものの

特別鳴き声をあげる事もなく

草をつついているのを見て少しホッとし

蒲鉾板の前に腰を降ろした





アオシ「・・・お前の事心配してたぞ…」





少し傾いている蒲鉾板を

真っ直ぐと立ててやりながら

「前の時といい…お前には嫌われてるだろうな」と

いるはずも無い鶏に語りかけている自分に

何をやってるんだと感じながらも

出かける前の昨日…

夢乃が此処にトウモロコシを置きながら

「明日には帰るからね」と

話しかけていた姿を思い出すと

同じ様に語りかけていた…






父「早い戻りだな」






オヤジの声が聞こえ

膝を伸ばして立ち上がり

「おはよう御座います」と挨拶をすると

縁側から「あら戻っていたの」と顔を出している

お袋にも挨拶をしてから…

夢乃が戻らない事を伝えると

「え?」と驚いているお袋とは対照的に

オヤジは「そうか…」とだけ答え

鶏を眺めていた…





アオシ「・・・・・・」






オヤジは…夢乃の対して

関心があるのかないのか時折り分からなくなる…





初めから寺の人間と思ってないからこそ

「もういい」と流す事が多いのかと思っていれば

鶏を買い与えたり、菓子や草履だってそうだ…

どこか夢乃には甘い部分が見えた…





夢乃が居なくなっても

理由も聞かないし

連れ戻そうともしない…





そして…夢乃が居なくなった事で

寂しさを見せていたのは意外にもお袋の方で

夢乃を真似て3時になると鶏にトウモロコシを与えていた






お袋にも…が見えたんだろうかと思った…

夢乃がこの寺に来てから

俺の目にはこの寺に…がついたから…





白と…黒…

それだけだった…

俺がガキの頃から見ていた

この実家と呼ばれる建物に色はない…




いつも香る線香の香りに

どこか一線引かれた様な…

目には見えない距離が俺たち家族にはあり…

学校では見える色が帰ってきた途端に消えていき

そう言う所なんだと理解した





一つ歳を取る度に町の連中から

「立派になって弦蒸寺は安泰ね」と

言われ出し自分の未来にあるのは

あの色の無い建物なんだと思い出してからは

何処を歩いても色は見えなくなっていった…






レイコ「蒼君!麗子ね、蒼君のお嫁さんになるんだって!」





ミツタロウ「お嫁さん?何言ってんだ?」





レイコ「お母さん達が話してたもん!

   蒼君とお寺に住むんだって!笑」







俺が中学に上がった頃から

麗子との話を耳にしだし

きっとそうなるんだろうと思った…





( ・・・そう決められているから… )






高校を出てから寺の学校へと進み

卒業してからはオヤジの知り合いの寺で

見習いとして働かせてもらい

自分の帰る場所である弦蒸寺の未来さきを知った





御布施おふせの額も少ない上に

あの田舎町から出て行って戻らない連中だっている

きっとあの寺は俺の代で限界になるだろう…






トウキ「お互い…嫌な宿命背負ったな…」





アオシ「・・・・・・」






帰らないわけには行かない…

だが、俺は黄瀬きせほど悩んでもいなかった…




僧侶としての仕事にやりがいを感じた事はないが

苦だとも感じた事もない…




ただ…今生こんじょうの蓬莱蒼紫としての生を

やり遂げればそれでいいと思っていたからだ

俺のやらなきゃいけねぇ事はもう分かってる






アオシ「育った環境も違うのに

  どうやってお互いを理解するんだよ」






アレはただの八つ当たりだった…

麗子との縁談が固まっていて

どう崩そうかと考えている時に

たまたま目の前に現れた夢乃が

バカな男としてきたバカなデート話している…

自分とかけ離れてる呑気な夢乃を少し虐めたくなって

口から出た言葉だった…






「・・・でも…

 寝て起きてご飯を食べてまた寝る…

 人間としての生きるサイクルは一緒なんだから

  そんなに変わらないんじゃないかな?」






夢乃は考えの幼いバカな女だが…

その真っ直ぐな答えに

また羨ましさを感じた…





他の奴らを見ても

そんな感情を抱いた事はないが

夢乃に対しては会ったあの日から

会う度に羨ましさを感じていた…






「おじさんだったらプロポーズの時なんて言う?」






職場では住職の手前

固い話しかできねぇし…

黄瀬と飲む時は大抵実家の話だ…





夢乃は大して中身のない質問をしてくるから

答えてなんの意味があるんだと思いながら

酒を飲んでいたが…





「決め台詞みたいなのあるじゃん

  死ぬまで守り抜くからとか何とか」





コイツが運命ってやつを信じていた

めでたいガキだった事を思い出し

口から出てきた台詞に思わず吹き出し






アオシ「守り抜く?笑

   お前は映画の見過ぎだぞ」






この平和ボケしている国で

いったい何から守るんだと呆れた…






「女の子は皆んなそんなもんだよ…

  お見合いだからって…

  ちゃんとした言葉は欲しいはずだから

  それなりの言葉用意しとかないと」





アオシ「・・・・・・」






今までの人生で一度だって

考えた事はなかった…

プロポーズなんてしなくても

もう麗子との縁談は決まっていたし…





( 俺は…誰かと添い遂げるつもりもねぇ… )





だが…もし…

誰かと寄り添う未来があったら俺は

なんて口にしたんだろうか…






アオシ「後生ごしょう大事にする…

   それ以外言わねぇだろうな」






この言葉を伝える相手なんていないが

もし…誰かを想う事があるんだとしたら

俺は…この言葉を捧げたいだろうなと思った…





僧侶の俺に今生を幸せにはしてやれねぇ…

なら、後生…来世で必ず幸せにしてやると…






「・・・おじさんッ!」





アオシ「・・・・・・」






俺の袖を揺すりながら

泣いた顔を向けている夢乃が

なぜ此処にいるのかは分からないが

コイツはココにいちゃいけねぇ人間だ…




 

アオシ「帰れ…」





「・・・ツッ…やだッ!帰らないッ!!」





アオシ「ダメだ帰れッ」






夢乃の手を離させ様とすると

夢乃は袖から手を離して

俺の手をギュッと握りしめ

「なるのッ!」と呟いた…





「おじさんと就任式に出るし…

  私が…アタシがッ…このお寺の坊守になるのッ!」





アオシ「・・・ッ・・かえれッ…」






俺は夢乃の手を払いのけて

始まっているであろう就任式の方へ行こうと

扉の外に出て行った





( ・・・なんで… )





「マッテ…待ってよ…おじさんッ!」





アオシ「なんで戻ってきたッ!?」






後ろから追いかけて来る夢乃に

「来るな」と叫び振り返って

夢乃を睨みながら何故戻って来たんだと問いかけた





あの日…

お前を置いて来たあの日の

俺の気持ちがなんで分からないんだと

握る拳は震えていた






「・・・違うの…ッ…

 お坊さんの…おじさんがいいのッ…」






アオシ「・・・・・・」






「一緒にいたいのッ…」






アオシ「・・・此処はお前のいる日常ばしょじゃない…」






夢乃は目に涙を溜めたまま

下唇を小さく噛んでいて…

きっと…今俺が向けている顔が怖いんだろう…





コイツの泣き顔は苦手だし

あの日の様に抱きしめてやりたいが

今の俺にはもう出来ない…






( コイツが好きだからこそ出来ない… )






アオシ「弦蒸寺ここにお前の幸せはない…」






「だから帰れ」と言って

背を向けて歩いて行こうとすると

「ふざけないでよッ」と背中に届いた

叫び声に足を止めた






「おじさんが

 アタシの幸せを勝手に決めないでよッ」






アオシ「・・・・・・」






「アタシの幸せは…

 にいるかじゃない…

 といるかよ…」






アオシ「・・・・・・」






「・・・ハァッ…ダメなの?そんなにダメ?

  朝起きて……ピーコにオヤツをあげて…

 お義母さんに小言を言われながら朝食を作って…

  おじさんに行ってらっしゃいって言って…ッ…

  いつ帰って来るんだろうって

  時計を見て待ってちゃダメなのッ?」






アオシ「・・・・・ダメ…だッ…」






「普段はッ…口数も少なくて……

 偉そうに腕組みばっかりなお義父さんが…

 影でピーコにオヤツあげてるのも知ってるもんッ…

 おじさんも…あげてるの知ってるもん…

 お義母さんもッ…足袋ッ…

 その足袋をわざわざ履かせてくれてるじゃないッ…」






アオシ「・・・・ハァ…かえ…れ…」






俺が今履いている足袋が手作りなのは知っているし

片方に比べ左足の足袋の出来が不細工なのも…

誰が作った物なのかも知っている…





「・・・だって…お父さんのしかなかったんだもん… 」





足袋と草履を履いて遊んでいるのかと思っていた…

お前は…本当にバカな女だ…





( ・・・だからこそ…帰ってくれ… )






「・・・帰らない…絶対に帰らないッ…

  夜になったら…おじさんにクリーム塗ってもらって

  おじさんのお経を聞きながら…寝るんだから…」






アオシ「お前はココにいちゃいけねぇんだよッ」






式も始まってるし…

今から大勢の前に顔を出さなきゃいけねぇのに…





アオシ「・・・ツッ…」





( いい歳した大人の俺が何泣いてんだよ… )






「ココにいるのッ…あたしの…

 アタシの幸せは…なのッ」






アオシ「・・・ッ・・ナンデ…」






朝…目を覚ませば

隣りで眠る夢乃は口を開けて

うるせぇ寝息をたてているし…





4時半に台所に行ったとしても

15分近くは庭の鶏と遊んでいて

朝飯を作り出すのは5時前だ…





たった一つの卵を

どうやって料理しようかと

唸るくせに結局いつも味噌汁に入れて

必ず俺の椀に装ってきて…

自分で食ったのは鶏が…

あの…野犬に襲われた日だけだった…





飽きもせず…毎日毎日…

何時に帰るのかと問いかけて来て…

袖を掴んで玄関先までついて来ると

「いってらっしゃい」と眉を下げて言い

帰って来ると口を上げて「お帰り」と

出迎えるお前が…






( 誰よりも…愛おしい… )






アオシ「ナンデ……ッ…モドッテ…」






ダメだと分かっていても

俺の足は夢乃の方へと足を進めて

泣いている夢乃を抱きしめていた





「〝まだ〟でも〝もう〟でもないの…」





アオシ「・・・・・・」






一緒にいるのッ!」






夢乃の手が俺の背中の袈裟を強く掴んでいるのが分かり

今から出る式で皺が目立つから辞めろと

言わなくちゃいけねぇ筈なのに

俺も夢乃を抱きしめる腕を強めていた…





コイツがいると…

白と黒しか無いはずのこのばしょ

妙に暖かく感じる…





朝陽の昇る薄明るい空も…

陽の沈む夕焼けも…

全部が…暖かく感じる…






アオシ「・・・まさか…言う日がくるとはな…笑」






夢乃の肩に顔を埋めて小さく笑うと

「え?」と問い返す夢乃の耳元に口を近づけて

あの言葉を口にした…






アオシ「後生大事にする…必ず…」























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