〈ユメノ視点〉










「・・・だからこそ?」





トウキ「さっきも言ったけど…

   蓬莱の実家の寺はそう保たないし…

   多分、アイツの代で閉じる事になる」






「・・・・閉じるって…お寺を?」






トウキ「・・・・そう…

   檀家達の年齢層も上がっていくし

   今の若い世代は…どうかな…

   お寺って聞いてピンと来ないでしょ?」






確かに…

おじさんの実家に行くまで

お寺とは無縁だったなと思い

スーツ男の檀家さんが減るの意味が少し分かった…





トウキ「少しずつ檀家が減っていくのは

   寺としても中々厳しいし…

   維持も難しいからね…

   そんな場所に…君を連れてはいけないよ…」





「・・・・お見合い…」





トウキ「え?お見合い??」





「お見合いをすれば…

 お得意様の檀家さんの娘と結婚すればなんとかなる?」





スーツ男…透輝さんは私の顔をジッと見ながら

「幼なじみとのお見合いの事も知ってるの?」と

今までのおどけた声とは違い…

少し低めの声で問いかけられ

「はい…」と答えた…





トウキ「・・・・・・」




「・・・・あの…」





まだ私の顔をジッと見ている透輝さんは

何かを考えている様で

「蓬莱のどこが好きなの?」と

尋ねるその目は真っ直ぐで…

「よく…わかりません…」と答えていた…




何処が好き…

それは自分でも分からなかった…




最初こそ

このバーでカクテルを送られた時は

そのカッコ良さにときめいたけれど

直ぐに印象は最悪になったし…




自分でも分からないうちに

どんどん、蓬莱蒼紫に惹かれていっていた…





「・・・会いたく…

  無意識に探していたり…

  会えたら会えたで…嬉しくて

  離れたくなかったりで…」





トウキ「・・・・・・」





「いつもの不機嫌顔が急に

  優しくなったり…笑っていたら…

  胸の辺りがポカポカするし…」





トウキ「・・・・・・」





「どこって…言うのが…よく分かりません…」





トウキ「・・・・はぁ…まいったな…」






そう言うと顔を私から背けて

入り口のドア付近をジッと眺めている

透輝さんに何となく声がかけづらく…




半分近く残っているカクテルを

口に流し込みもう帰ろうと「すみません」と

マスターに声をかけると

近づいて来たマスターに

「ギムレットを2杯いい?」と透輝さんが言い出し

「えっ…」と顔を向けると

蓬莱アイツが好きなカクテル飲んでから帰りなよ」と

言われ手に握ったバックをそっと離した…





トウキ「・・・・・・」




「・・・・・・」





カクテルが目の前に差し出されても

透輝さんは何も言わないまま

ジッとカクテルを見下ろしていて

勝手に飲んでいいのか分からず

居心地悪く座っていると

「一人言だよ…」と言って

カクテルを見つめたまま話だした…





トウキ「・・・俺の…知り合いの話だよ…

   そいつは小さい頃から

   実家の…寺の住職になると決まっていて…

   最初は…そうなりたかったらしいよ…」





「・・・・・・」






おじさんは…

年齢が上がっていくのと同時に

自分の家が他とは違う事に気付いた様で…





アオシ「・・・ガキの頃に人ん家に行って驚いたよ…

   こんなに笑ってる家族なんているんだなって」





お父さんとお母さんに

私が社長と事務員の連想しか出来なかった様に

おじさんも…普通とは違う雰囲気に

何かを感じながら育っていき…


 




トウキ「・・・特に彼は一人っ子だからね…

   余計に寂しさを感じていたんじゃないかな」





「・・・・・・」





トウキ「・・・お見合いは…しないよ…

   何があってもしないよ…彼は…」






きっと…

自分が感じていた寂しさを

子供に味合わせたく無いから

お見合いをしたくないんだろう…




( ・・・でも…麗子さんは幼なじみだし… )




お父さんとお母さんみたいに

他所他所よそよそしい感じには

ならないんじゃないかな…




「例えしたとしても変わらない」と

話を続ける透輝さんに顔を向けると

やっと2杯目のギムレットに手をつけ

グラスを高く上げて眺めている





トウキ「その大口檀家の娘を貰ったとしても

   他の檀家が減っていくのは変わらない…

   閉じる時期が少し延びただけだよ…

   だが、娶ってしまえば

   子供を欲しがるだろしね…

   相手もその両親も…

   子供が出来ればまた次期住職になんて

   話が浮き上がるだろうし

   子供の代にはもう保たないよ…」






「・・・・・・」





トウキ「だいたい…そんな苦しい状況で

   俺ならまず子供なんて望まないよ…

   子供が可哀想だからね…」





もし…私があのお寺の子供だったら…

「クリスマスにケーキを食べたい」

「サンタさんは?」と駄々ばかりこねる気がした…

そして他所の家では当たり前に買ってもらえる

オモチャを欲しがって…





トウキ「檀家達の手前…贅沢は出来ないけど…

  したくてもさせてあげれないだろうからね…」





「・・・・・・」





トウキ「・・・・彼は…

   あのお寺を見届ける

   最後の住職になる為に

   帰って行ったんだよ…

   お見合いは…どうにかして断るだろうね…」





おじさんがどうしてお見合いをしたくないのか…

どうして私を婚約者として連れ帰ったのか

今…やっと分かった…





( ・・・何にも…知らなかった… )





「どうして……

 どうして継がせようとするんです?」





トウキ「・・・・・・」





「お父さんも…

 今の住職もその事に気付いているんですよね?

 なのに…苦しくなるって分かってるのに

 どうしてワザワザ呼び戻すんです?」





トウキ「その辺りは聞いてないんだね…笑」





「・・・・・・」





トウキ「お寺は財産じゃないんだよ

   つまり蓬莱家の物では無いから

   今の住職である蓬莱のオヤジさんが

   住職を止めればあのお寺から

   出て行かなくちゃならないんだよ」





「・・・・えっ?」





トウキ「・・・だから…

  戻らなくちゃいけないんだよ…俺たちは…」






あのお寺は…

お母さんの実家だと言っていた…



きっとおじさんは…

お母さんとお父さんの居なくなったあのお寺を

一人で閉める気なんだ…





「・・・・ッ……」





ポタッと落ちてきた

温かい雫が自分の手で弾け飛び

顔を下げて泣いていると

スッと手元にハンカチが差し出されて

「すみません」と言って

そのハンカチを顔に当てると

より一層懐かしい香りがして

余計に涙が溢れ出てきた…





「アタシがッ…フル…のッ…

 あたしが……おぼ…サンのおじさんを…ッ…」





なんて事を口にしたんだろう…

誰よりも…

そうである事に悩んできた

おじさんに…




「・・・・ッ…」




「それでいい」と笑ったあの笑顔が

無性に愛おしくなり…抱きしめたくなった…

抱きしめて…謝りたかった…





「・・・やだッ…」





おじさんが

麗子さんとお見合いをするのも嫌だけれど…

それ以上にあのお寺で…

たった一人で

お寺の最後を見届けさせる事の方が

もっと嫌だった…





アオシ「お前はお前の日常せかいに戻れ」





「・・・・戻らなきゃ…」





おじさんの胸で聞いたあの言葉を思い出し

そう口にすると

透輝さんは「どこに?」と問いかけてきて

この人は私があのお寺にいた事を

知らないんだったと思い

涙を拭きながら笑って答えた






「・・・弦蒸寺です…

  私は…あのお寺の…坊守見習いですから…笑」






私の帰る場所は

あの人の隣りだから…







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