〈ユメノ視点〉








マ「いらっしゃいま……あれ?笑」





「こんばんは…笑」





お店の扉を少し開けて顔を覗かせると

コッチに気付いたマスターが笑って

「どうぞ」と前回おじさんと並んで座った

端の席をさしてくれた





マ「一人は初めてだよね?」




「少しだけ飲みたくて…」





マスターは私の言葉にたいして

「何かあった?」なんて野望な問いかけはしてこず

「何にしましょうか?」と優しく微笑んでいて

「モスコミュールを一杯」とお願いした




マスターがカクテルを作っている間

カウンターの下で自分の手をそっと右隣に伸ばしても

手に当たるのはくうだけで

温かい何かに私の手が包まれる事はない…





( ・・・当たり前か…笑 )





前回とは違って私の右隣におじさんはいないし

手を繋いでいてくれたのも

ホワイトデーなんかじゃなく

きっと…最後だったからだ…





アオシ「ウォーターロックはいいのか?」





「まだ酔ってないし…まだいらないかな…」





2杯目を頼んだ後に

おじさんからそう問いかけられ

前に麻梨子と来た日の事を思い出し

おじさんに体を寄せて

「あのボーイ君ウォーターロックを知らなかったのよ」と

小声で話すと、おじさんは急に笑い出し

「氷の沢山入った水だったな」と

何が可笑しいのかずっと口の端を上げていた




アオシ「分かる様にチェイサーって言ってやれ?笑」






( ・・・・・・ )






モスコミュールを目の前に

差し出して来たマスターに

「明日早いんでチェイサーもいいですか?」と

お願いするとクスリと笑って「いいよ」と

私の望むウォーターロックが出てきたから

おじさんの教えてくれた

チェイサーが正式名なんだと分かった…





「・・・盗み聞きしてたんだ…笑」





あの日…

初めて会った日に

きっと私が「ウォーターロック」と言っていたのを

聞いて知っていたんだと思い

モスコミュールを口にしながら

あと1時間もしないで迎える27日に

おじさんは何をしてるのかなと考えた…




準備は26日までに全て終わらせると

お母さんが言っていたし

明日に備えて早く眠りについたかな…

足袋も…きっと新しいのを準備したよね…





( ・・・今日…が約束だったんだよね… )


 



本来なら就任式前にお寺から出て行く予定だったから

今日辺りにお母さん達の前から…

あのお寺から出て行かなくちゃいけなかった…





「・・・きっと…

 泣いて誕生日までお祝いするとか言ってそうだな…」





早く出て行けと言うおじさんに

0時を過ぎるまで嫌だと言って

泣いている自分が想像出来てしまい

「ふふ…」と笑った





( ・・・・・・ )





部屋も決まった…

仕事も見つかって明日には制服を貰って

帰りには新生活用の家電品などを買い揃える…




少しずつ…

コッチでの…

八重桜夢乃をスタートさせているから…





「・・・最後にしなきゃ…」





そう思って今日ここに来た

私とおじさんのいとはココから始まったから

あの日と同じ様に…





「パルフェタムールをお願いします」





あのカクテルを飲んで

おじさんの誕生日をお祝いしてから

おじさんへの…想いを終わらせようと思った…





カチャカチャと周りの

話し声に混ざって聞こえる

グラスとグラスのぶつかり合う音を

ぼーっと聞いていると

「一人かな?」と私の左隣に

スーツを着た男の人が腰を降ろしてきた




「・・・・・・」




顔を左側に向けてから

また空になったグラスへと顔を戻し

今からくるカクテルは

誰とも話さず

おじさんとの思い出に浸りながら

飲みたかったのにと思い

何も答えないまま無視をしていると

「酔っちゃったのかな?大丈夫?」と

下心丸出しの問いかけをしてきた…





「・・・・・・」





( おじさんは…下心なんて一度もなかった… )





もう手を離す私に対して

キスをしようとはせずに

「今はコレで我慢しろ」と言って

額に唇を当てただけだった…






マ「透輝とうきさん…

  こちらのお客様にはいらっしゃいますよ」






隣りで「大丈夫?」と声をかけ続けている

スーツ男を無視していると

カクテルを手にマスターが戻ってきて

小指立てながら私にはそう言う相手がいると

話してくれているけど…




マスターの思っている

小指の相手は多分おじさんで…

もう…最初からそう言う相手では無い…





トウキ「あらら…でも…

   そのカクテルを自分で頼んで飲むって事は

   その相手と何かあったんじゃないの?」





「・・・もう直ぐ…相手の誕生日なんですよ…」





あと数分で0時を迎え

一人で乾杯をしてから静かに飲みたかったのに

隣りの透輝とか言うおじさんは

「誕生日…」と小さく呟き…

急に「あっ!?」と言い出したかと思えば





トウキ「マスター!俺にも大至急一杯頼む!」





マ「大至急?何にします?」





トウキ「なんだっけ…ほら!

   蓬莱ほうらいがよく頼んでたヤツなんだっけ?」





五月蝿いなと思いながら

スマホを取り出して

時間を確認していると

隣りから聞こえてきた苗字に固まった…




( ・・・蓬莱って… )




あまり聞かない苗字だし

隣りのスーツ男のスーツは

おじさんが着ていた様な高い良い物で

ほのかに香る独特の匂いも…似ていた…






トウキ「そうそうギムレット!!」





「・・・・・・」





マスターは顔色を変えずに

言われたカクテルを作っているけど

それこそ更に怪しく思えた…





トウキ「俺の知り合いも後ちょっとで誕生日なんだよ」





「・・・・ぇっ… 」





トウキ「知り合いっていうか元同僚なんだけどね」





「・・・同僚……仕事って…」





隣りのスーツ男は煙草を取り出して

「あー…至って普通のサラリーマンだよ」と

ニコッと笑っているけど…

普通のサラリーマンはそんな事を言わない…





男「不動産関係だよ」





男「うちは小さい会社だから分かるかな?

   ○○って言う所なんだけど」





煙草と…高そうな香水の香りに混じって

お線香の独特な匂いがするこの人は多分…





「お待たせしました」と出てきた

ギムレットと言うカクテルは

リップ男とのデートを切り上げて

このお店に来た時に「いつもの」と

おじさんが頼んで出てきていた物と同じに見えた





トウキ「あぁ…せっかくだし乾杯する?笑

   お互いここに居ない奴の誕生日だけど」





そう言ってグラスを私に向けている

スーツ男は「あと30秒だよ」と時計を見ていて

「透輝さん…」と余り絡まないでくださいと

困った顔をしているマスターに「大丈夫です」と

笑って答えてから私も自分のグラスを手に取った





10秒前になると

スーツ男は顔をコッチに向けてきて

カウントダウンをしだし

「ゼロ」のタイミングで

「誕生日おめでとう蓬莱」と言ったから

私も「31歳おめでとう…蓬莱…蒼紫さん」と

口にするとスーツ男は口元に近づけたグラスを

ピタリと止めて驚いた顔でコッチを見てきた…
















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