出て行った…

〈ミツタロウ視点〉










父「満太朗、準備は出来たのか?」






ミツタロウ「あぁ…スーツなんて久々着たな…」






朝イチにクーリング屋から受け取って来た

スーツに袖を通しながら

「太ったか」と腹回りを気にしていると

「弦蒸寺も災難よね」と奥の部屋から

よそ行き用の服に身を包んだ母ちゃんが

タメ息を吐いていて

また言い出したとオヤジと顔を見合わせた…






母「麗子ちゃんを初めから貰っていれば良かったのよ…

  今日の就任式だって…

  嫁が逃げ出したなんてどんな顔で

  皆んなの前に立ったらいいか

  私だったら分からないわ…はぁ…気の毒…」






ミツタロウ「・・・・・・」






この数日…我が家でも…

商店街でもこの話ばかりだ…





夢乃ちゃんが商店街に顔を出さなくなり

不思議に思いながら

前の様に蒼紫に尋ねると

「寺で彼岸花の準備をしている」と言って

お参り後に買い出しをしていたが…






( まさか…出て行ってたなんてな… )






母「元々蒼紫君が勤めていた

  向こうのお寺の方で知り合ってたんでしょ?

  この田舎町に飽きて出ていくのも

  分からなくないけど…はぁ……」






父「おい…寺でそんな事口にするんじゃねぇぞ」







止まる事なく話続けている母ちゃんに

オヤジが眉を寄せて釘をさすと

母ちゃんは「言えないわよ」と

ペラペラと軽そうな唇に口紅を塗っている…





言わない、言えないと言いながら

近所の主婦仲間と一緒になって

寺の角でヒソヒソと噂話をする姿が

何となく想像出来てしまい

大丈夫かとオヤジに目を向けると

「この町の女連中は口が軽いからな」と言って

玄関へと歩いて行った





3人で車に乗り寺に向かっている最中も

「この距離を歩いて買い出しに来ていたんでしょ?」

と夢乃ちゃんの話を止めない母ちゃんに

「いつまで言ってんだよ」と

後部座席から小声で呟くと

「だって気になるじゃない」と本音を溢していた…






母「自転車でも買い与えていれば良かったのよ」






ミツタロウ「・・・・・」






そう言う問題じゃない気がしたが

何も答えないまま

顔を窓の外へと向け

蒼紫に何て声をかけようかと悩んでいた…






( ・・・逃げ出したんじゃない筈だ… )






もし…この田舎町が嫌で

出て行ったんだとすれば

もっと早くにそうしてだろうし…

夢乃ちゃんは…蒼紫を好きだったから…






弦蒸寺の近くに着くと

遠方の檀家達も集まっている様で

1時間前の今、車は道の脇に連なって停まっていた






ミツタロウ「・・・凄いな…」






蒼紫のオヤジさんの就任式は

俺達が生まれる前だったし

住職の就任式を見るのも参加するのも初めてで

こんなに大勢が集まるのかと

驚きながら車から降りて

少し離れた距離から歩いて行った





女「あらッ!おはようございます」





後ろから聞こえてきた声に顔を向ければ

母ちゃんの話友達のおばちゃん達が

タクシーから降りて来て

「聞いた?」とまた噂話を始め出し

先に行こうと前を向いて歩き出すと

「水戸さんはまだ縁談をする気があるみたいよ」と

耳に届き「え?」と足を止めた






女「昨日の夜に

  呉服屋の岸さん家に電話してきたみたいよ?」






ミツタロウ「・・・・・・」





  


岸さんは…

水戸家の次の次位に大口の檀家で…

根回しのお願いの電話をしたんだと分かり

今度こそ…断れないんじゃないかと思った…





( 夢乃ちゃんもいないし………… )






婚約者もいない蒼紫が

大口檀家の娘との縁談話を断れる筈がないと

思った時にある考えが頭をよぎった…






ミツタロウ「・・・・まさか…」






夢乃ちゃんと蒼紫に感じていた違和感が

一気に繋がった気がしたのと同時に

就任式前にいなくなった夢乃ちゃんにも…

どこか納得した…






「バレンタインにチョコがダメとか初めてで

 朝からずっと悩んでたら…」






( ・・・・・・ )






ミツタロウ「だから!自分の婚約者が

    違う女とお見合いしようとしていて

    そのお見合い相手の麗子がいる中でも

    ニコニコと笑ってオバさん連中と

    仲良くしようと頑張っていたのに…」






普通…婚約者である夢乃ちゃんに

お見合いの話がバレていると知ったら

もっと焦るんじゃないか??





蒼紫は驚いて眉間に手を当てて

困った顔はしていたが…






( ・・・もっと取り乱すのが普通だろ… )






口癖の様に「結婚はしない」と言っていたのに

急に婚約者を連れ帰るなんて変だし…

麗子とのお見合いが潰れて

就任式直前に夢乃ちゃんが消えたのは…






ミツタロウ「・・・・・・」






空き地の駐車場で見たあのキスは

情が移ったのか…




ずっと…夢乃ちゃんと蒼紫に抱いていた

違和感について考えながら

お寺まで歩いていくと

「みっちゃん!」と麗子の声が聞こえ

ハッとして顔を上げると

先に着いていた麗子達の姿があり

翔が手を上げて呼んでいるのが分かった






ミツタロウ「早いな皆…」





レイコ「だって、蒼君の晴れ舞台だし?笑」






機嫌よく頬を上げて笑っている麗子は

白い綺麗な着物を着ていて

黒の袈裟を着て出てくる蒼紫と並んだら

まるで花嫁衣装の様に見えるだろう…






ショウ「つぅーか…まさかだな…」





ミツタロウ「え??」






翔が手をポケットへと突っ込んだまま

タメ息まじりに話出そうとすると

「止めてよ」と麗子の低い声が響いた






レイコ「・・・今日は蒼君にとって

   大事な日なんだから…

   変な事口にしないでよ…」





ショウ「・・・・だな…」






翔が話そうとしたのは

おそらく夢乃ちゃんの話で…

止めてと言う麗子の顔を見て

目線を…地面へと下げた…





( ・・・・・・ )





俺の考えが当たっているなら…

蒼紫は麗子との縁談話を無くすために

恋人でも何でも無い夢乃ちゃんを

この寺へと連れてきた筈だ…

期間限定の婚約者として…





何でそんなに結婚をしたくないのかは

分からないが…

わざわざ皆んなを…

自分の両親すらも騙してまで

無くそうとした縁談話がまた持ち上がっていると

蒼紫が知ればどうするんだ…





岸家まで口添えをすれば

蒼紫も…蒼紫のオヤジさん達も断れないだろう…






( ・・・・・・ )






麗子は…大事な幼なじみで

妹っていうか…

亜季達も皆んな数少ない町の友達で

大切な仲間だ…





麗子にも幸せになってほしいが…

無理矢理進めた縁談で

蒼紫とはれて夫婦になったとして

麗子は本当に幸せなのかと…問いかけたかった…






蒼紫の事だから

墓に入るその日まで夫婦でい続けるだろうが

愛してもらえる日は…きっとこない…







アオシ「せっかく奢ってやったら…

   コイツ生意気に花の香りがする酒は

   嫌いだって文句を言い出すしな…笑」






( ・・・・・・ )







アオシ「アイツは鶏を鶏だとは思ってないからな…」






夢乃ちゃんに向ける蒼紫の顔は…

麗子に向ける物とは違う…

夢乃ちゃんには…

麗子や…俺たちの知らない蒼紫の顔を見せている…





( ・・・本当の蒼紫は… )





俺たちは幼少期からずっと一緒だったと言っても

高校を卒業してからはこの町を離れていて

年に数回しか帰って来ない

蒼紫の何を知っているんだろうと思った…





式の始まる10分前となり

住職である蒼紫のオヤジさんとおばさんが出て来て

挨拶をしだしグルグルと考えがまとまらず

眺めていると後ろの方から

ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえ出し

不思議に思い振り向くと石階段の所に

息を上げながら立っている

夢乃ちゃんの姿があった…















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る