舞台…

〈ユメノ視点〉









目を開けると薄暗い部屋が視界に映り

パチパチと数回瞬きをした目は重く

顔に違和感を感じた…






( ・・・・あぁ…そっか… )







頬に手を当てると

固まった髪が頬に張り付いていて

泣いたままいつの間にか眠りについたんだと理解し

カピカピと乾燥した自分の頬に

カーテンの隙間から見える陽の光を見ながら

おじさんの言った通りだなと思った…





( 一晩経てば…涙は止まる… )






「・・・・仕事…探さなきゃ…」






体を起こして

辺りを見渡せば

昨日泣きながら広げていた

自分の荷物が散乱していて

顔をまた閉ざされているカーテンへと向けた





「・・・・・・」






そのままベッドから脚を降ろし

ルームサンダルも履かずに

ペタペタと裸足のままバスルームへと歩いて行き

トイレと一緒になったカーテン付きの

小さくて真っ白な浴槽を眺めながら

数ヶ月前の…

お寺に行く前に泊まっていた

ビジネスホテルでの事が

ふっと頭の奥をよこぎった…





「もうッ!トイレと一緒なんて最悪!」






そう口にしながら

リラックスタイムである筈の

入浴時に目の前にトイレがあると思うと

妙に浴槽に浸かっている自分の体が

ムズムズと痒みの様な物を感じていて

二日目からはシャワーだけにしていた






「・・・普通に…キレイ…」







誰かの体毛や髪の毛も落ちていないし

水滴も綺麗に拭き取られた浴槽は

とても綺麗に見えた…





用意されたバスタオルに手を当て

少し固めでしっかりとした素材のタオル生地に

ここは本当にビジネスホテルなのかと

感じてしまうほど…






( お寺のタオルは薄くてゴワゴワしてたな… )






最初こそは

「コレで体を拭くの?」と

置かれているタオルに頬を引き攣らせていたし

拭いている体は鳥肌が立っていた






「ほつれまくってるし…もう雑巾ぞうきんだよ…」






そう口にしながら

洗濯物を干していた筈なのに…

いつからか…になっていた…





蛇口をひねると勢いよく水が出だし

直ぐに温かいお湯へと変わり

手を当てながら「温かい…」と呟いた…





( ・・・当たり前の事なのに… )





陽も出ていない

朝早くから風通しの良すぎる

土間の台所で朝食を作りながら

よく「ハァ」と自分の手に息を吹きかけていた

あの日々が遠く感じた…








アオシ「一晩寝れば涙は止まるし

   数日経てば寂しさも消えて行く…

   数ヶ月経てば…

   アソコでの生活もただの思い出になる」







まるで眠っている間に見ていた

夢だったんじゃないかと思う自分が嫌で

キュッと蛇口のお湯を止めて

またベッドへと歩いて行った…





( まだ…まだ思い出にはしたくない… )






ベッドに膝を乗せて上がると

分厚くて大きな枕に頭を乗せ

カーテンの隙間から見える陽の光を見ないよう

毛布を頭の上まで被り

ゆっくりと瞼を閉じた…




お芝居は終わったけれど…

私はまだカーテンの裏側にいて

中々舞台から降りれないでいる…





( ・・・おじさんのいない舞台に… )





「・・・まだ…もうちょっとだけ…」





そう言って…

あのお寺の庭で笑って過ごしていた

あの〝夢〟の続きがもう少し見ていたくて

意識を夢の世界へと向けた…






( ・・・明日にはちゃんと降りるから… )






明日…目を覚ませば

ちゃんと舞台ベッドから降りて

シャワー浴びて仕事と部屋を探しに行くから…





だから…今日までは…

まだ舞台からは降りずにここにいたい…





明日には

八重桜 夢乃に戻るから…














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