〈ユメノ視点〉










バックの中には私がお寺でよく着ていた

デニムやニットの他に

寝る用の部屋着も入っていて

一泊なんかじゃなく

本当に私をこのホテルに置いていくんだと分かった…







「全部…ッ…

 最初からそのつもりだったのッ!?

 最初から……だから…さそッ…たの?」







アオシ「・・・あぁ…そうだ」








初めてのおじさんとのデートに浮かれて

洋服や下着を何時間も悩んでいた自分を思い出し

それを…どんな気持ちで見ていたんだろうと思った…






アオシ「・・・明日…楽しみか?」






( ・・・酷いよ… )







睨む様におじさんの顔を見上げると

キッと張った筋肉が解けていき

眉も目め口も…

一気に垂れ下がっていくのが分かった…




おじさんが楽しんで見ていたわけじゃない事は

ちゃんと分かってる…






( だって…おじさんも… )





おじさんも…

私の事を好きだから…




麗子さんの家から帰る

あの駐車場でしたキスは…

前とは違ったから…





「・・・ヤダ…」





おじさんが私を予定よりも早く

お寺から出そうと思った理由は…

多分…あの日のキスのせいだ…






「・・・もう…しないカラ…」






もう直ぐ離れなきゃいけないのに

どんどん…どんどん欲張りになっていったから…






「カッテに…ッ…キスしないからッ…」






おじさんの気持ちが分かってからは

断られないと思い

何度かキスをしようと勝手に顔を寄せた…





( ・・・まるで神宮寺先輩達みたいだ… )






「ヨルも……ひ…とりで寝る…カラッ…」





離れるから…

ギリギリまで一緒に過ごしたいと

どんどん…おじさんとの時間が欲しくなった…





おじさんはきっと…

距離が近づく事を望んでいなかったんだと思った

だから、こんな風に急に突き離すんだと…







「まだ…一緒にいるのッ…

 マダッ……おじさんとイッショにッ…いたぃ」







一緒に眠れなくても

キスをしてくれなくてもいい…






( おじさんの側にいたい… )






アオシ「もう一緒にはいれない」






おじさんは抱きしめてくれているけれど

出てくる言葉は私とは正反対で…






「・・ツッ……もうしないからッ…」






(  まだ…まだ…離れたくない… )






「ちゃんと…はなれるから…」






アオシ「・・・夢乃…」






「おじさんのッ…就任式の日には…

  チャントッ…はなれ……からッ…」






おじさんは住職になる日までと言っていた…

なら、後少し一緒にいれる筈だと思い

ちゃんと離れるからと服をギュッと掴んでお願いした






アオシ「・・・前日にお前が消えれば

   就任式どころじゃなくなる…」

   


 



「・・・・・・」






アオシ「オヤジやお袋は何かあったのかと

   お前を探そうとするだろうからな…」







おじさんの言っている意味が分かり

グッと奥歯を噛み締めると

自分の頬に重みのある涙が落ちてきて

ゆっくりと頬をつたっていく…







父「人にはそれぞれ生まれ持った力量があり

  それに見合った場所へと流れて行く…

  合うと思っているのか?あの娘が?」







たまたま…

お父さんとおじさんが話しているのを

立ち聞きしてしまい…

「クソじじい…」と頬を膨らませたし…





何かをする度に

こんな事も知らないのかと

呆れたタメ息を零していたお母さんには

「姑は鬼千匹ってホントね」と何度も思っていた…





私を歓迎していない事は分かっていたし

冷ややかな目に肩をすくめた日もあった…






父「参り先で貰った物だ」






ふらっと何処かへ行って

戻って来たお父さんの手には

小さなお菓子が握られていて…

何度か買って来たお菓子を

私に差し出して来た…





( あの日も… )






父「・・そんなに長く家を空けるものじゃない」






私をあのお寺に呼び戻したのは

お父さんだった…






母「住職は柔らかめなご飯が好みだけど…

  蒼紫は固めが好きだから覚えておきなさい」






そう言って炊飯器の外側のお米を

おじさんのお茶碗に装うように言われ

おじさんが餡子が好きな事も…

お母さんが教えてくれた…






( 苦手だった筈なのに… )







アオシ「だから…この旅行中に喧嘩して

   寺から出たがっているお前を

   置いてきた事にした方がいい…」







「・・ツッ…酷いよ…

  アタシ…出たがって……ないよ…」







最初は嫌で嫌でたまらなかった…

独特の香りのするトイレも

タイル張りのお風呂も…

オシャレじゃ無いあの台所も…





( でも…今は帰りたい… )






残り少ない時間を

あの大嫌いだったお寺で過ごしたかった…






「アタシ…皆んなにッ…

  チャント…お別れも言ってないのに…」






アオシ「・・・・・・」






「ピーコにも…ニーコにもッ…

 おかあ…さんにもユキチャンにも…

 お土産……カッテ…クルッてヤクソッ…したのに」






お土産を買ってくると伝えた時に

言葉遣いを注意されたけれど…

お母さんの口の端は上がっていた…





ニーコにも…

明日には帰るねって約束していたから

ちゃんと帰ってあげないと…

あの子は寂しがり屋だから…







アオシ「一晩寝れば涙は止まるし

   数日経てば寂しさも消えて行く…

   数ヶ月経てば…

   アソコでの生活もただの思い出になる」







(  ・・・まだ嫌だ… )






離れる日に泣く事は分かっていた…

でも、まだだよ…







「・・・・ヤダよッ…」







アオシ「うちのせんべい布団よりも 

   寝心地はいいと思うぞ?笑」







おじさんは私の背中を撫でながら

笑い声まじりに話していて…

笑って…サヨナラがしたいんだと思った…





( ・・・引き寄せてよ… )





誰よりも引き寄せ合うんだったら

ちゃんと引き寄せてよ…






占「えにし線は…ある意味呪われた運命線ですから」






引き寄せ合ったとしても決して結ばれない…

コレがあの占い師の言っていた

呪いなのかと思いながら

おじさんに抱きつく腕を強め

自分とおじさんを繋ぐ紫の糸に

もっと強く引き寄せてよと涙を流した…






アオシ「・・・悪かった…」






そんな言葉は…欲しくなった…

このホテルのベッドの上で

今日限りとなる関係だったとしても…

おじさんからは甘い囁きが欲しかった…






( だって…今日はホワイトデーだから… )






「・・・酷いよッ…」






ホワイトデーは…

バレンタインの返事を送る日なのに…







「こん…なッ…

 こんなサプライズッ…ひど…いよッ…」







コレがおじさんからの返事なんだと分かり

掌をグッと握りしめておじさんの背中を叩いた…







アオシ「あぁ…全部俺が悪かった…

   あんな所に騙して連れて行った俺が悪い…

   だから、お前はお前の日常せかいに戻れ」







おじさんから

「お前とは住む世界が違う」と

言われた事を思い出し

その意味が今になってやっと分かった…






マリコ「・・・お芝居フリなんだから

   本気になっちゃダメだし

   絶対に好きになっちゃダメ!」







(  そんなの…無理だよ… )







おじさんといたこの数ヶ月は…

私のおじさんへの恋心を大きくしていった…






マリコ「万が一…好きになったとして…

   夢乃、そのお寺に一生住めるの?」






( ・・・・・・ )






おじさんの胸に顔を埋めたまま

麻梨子の問いに答えようと思っても

「はい」とも「いいえ」とも…

答えは出なかった…






「・・・ッ……」







アオシ「部屋が見つかるまで

   このホテルに泊まれ…」






「ホント…にッ…かえるのッ…」






アオシ「明日も朝から仕事だからな」






おじさんの飲んでいたカクテルに

アルコールが入っていなかったんだと思い

何故あのバーを選んだのかも分かった…





車で今から帰っても

お寺に帰り着くのは深夜2時過ぎで

数時間後にはいつも通りに

お寺の仕事をするおじさんを思うと

いつまでもこの手を離さないわけにはいかなかった…






(  その姿をずっと見ていたからこそ… )






ギュッと目を閉じて

おじさんの温もりとほんのり香る

お線香の匂いを感じながら

ゆっくりと首に回している腕をといた…






「・・・はやく……カエッテ…」






お芝居が終わるのは

おじさんがこの部屋を出て行った後だ…

なら、今はエンディングロールで…

私はまだ坊守ぼうもり見習いのままで…






アオシ「・・・・・・・」






おじさんを…

早くお寺に帰してあげる事が

私の…最後の仕事だ…






「・・・ッ……あしたッ…から…

  ゆっくり…起きて……

  ゴハン…だって…好きな食べてやるんだからッ…」






アオシ「・・・・・・」






「アタシがッ…フル…のッ…

 あたしが……おぼ…サンのおじさんを…ッ…」






だから早く帰ってと伝えると

おじさんは「それでいい」

と小さく笑っていて…

今までで…1番優しい顔をしていた…






( ・・・ヤダ… )






立ち上がってドアへと歩いて行く

おじさんの背中に「行かないで」と叫びたい…





でも、それをすれば

おじさんは泣いている私の背中を撫で続ける…






( ・・・時間…ギリギリまで… )






どんなに泣いて叫んでも

時間になれば、おじさんはこの部屋から出て行く

それなら少しでも早く帰して眠らせてあげたかった…





( ・・・・・・ )





ドアノブに手をかけるおじさんの姿が

涙で滲んでよく見えないけど…

瞬きも目を擦る事もしたくなかった…

最後になるおじさんの姿を見ていたかったから…





ガチャッとドアが開き

出て行くおじさんの背中に

口に手を当てて「スキ…」と小さく呟いた…





( ・・・だいスキ… )





キスをしても…

ハート型のおはぎをあげても…

決して口にしなかった言葉を

最後に伝えたかった…





例え聞こえなくても

おじさんに伝えたくて

扉の向こう側へと消えていく背中に…

そう…呟いた…





重みのある扉がガチャンッと音を立てて閉まり

慌てて立ち上がってドアの前へと走っていき

ドアノブを掴んだ手をギュッと

もう片方の手で押さえた





「・・・お芝居はッ……オワッタノッ…」






そう自分に言い聞かせて

その場に座り込んでも

ドアノブから手を離す事が出来ないまま

「行かないでよッ」と

もう此処にはいないおじさんに泣いて縋っていた…















  




  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る