〈アオシ視点〉









「なぁにが運命線よッ!」





目の前の空のグラスをボーっと眺めていると

ジャズの流れる店内にバンッと開けられた

ドアの音と一緒に酔っ払いの声が響き渡った…






アオシ「・・・・・・」






顔を上げて入口に視線を移すと

頬を赤くした女がハンドバッグを

ブンブンと降りながら

「今日は飲んで、飲んで、飲みまくってやる」と

威勢よく言うとカウンターの真ん中の席に

ドカッと座りおしぼりを手渡しているボーイに

「とりあえずウォーターロックを一杯」と言っていて

ボーイは「えっ?ウォーターロック?」と

聞きなおしていた…






( ・・・・・・ )






「だ・か・ら!氷の沢山入ったお水よ!」






隣りの連れの女から「夢乃ッ!」と叱られると

「教育的指導よ…」と訳の分からない事を言って

ツンっと顔を背けている…





( ・・・飲みまくるのが…水なのか? )





さっきの言葉はなんだったんだと

離れた席で勝手にツッコミ

「ふっ…」と鼻で笑いながら

空になったグラスを持ち上げ

近くにいたマスターに「おかわり頼む」と伝えた






( ・・・・いよいよか… )






周りの会話がガヤガヤとした

雑音の様に聞こえグラスの無くなった

テーブルに視線を再度落とし

昼間うけたお袋からの電話を思い出していた…






母「住職が腰を痛めてね…

  軽いギックリ腰だったんだけれど…

  遠方のお参りもあるし

  いつ…そうなるかも分からないから…

  そろそろ戻って来たら?」






( ・・・・・・ )






時期になれば

呼び戻される事は分かっていたし

そう決められていた…






母「あと…麗子ちゃんの件なんだけど…

  一度帰って来て先に顔合わせだけでも

  済ませておいた方がいいんじゃないかしら」






コツっと目の前に

新しく作られたカクテルが置かれ

「忙しいのに長居して悪いな」と

マスターに詫びてグラスに手を伸ばすと

「前世なんて知らないわよッ」と

さっきの女の声が耳に届き

運命だの前世だの五月蝿い奴だなと思いながら

手に取ったグラスを口元に運んだ






「運命の相手じゃない?

 じゃあ桔平はなんだったのよッ!」






女は饒舌で…

ペラペラと1時間近く話つづけても

足りないのかチェイサー代わりになった

ウォーターロックとかいうやつと

カクテルを交互に飲みながら

飽きる事なく話ている…





聞こえてくる会話に

バカなガキだなと感じながらも

少し…羨ましくも感じていた…






( ・・・何にも考えなくていいんだろうな… )







愛や恋を欲して

占いなんかに通い

会ったばかりの赤の他人から

言われた言葉を鵜呑みにして

やけ酒を飲んでいられるあのバカな女が

羨ましく見えた…





アオシ「ふっ…占いなんかで分かれば世話ねぇよ…」






自分の行く末を

たかだか数千円払って教えて貰えるなら

皆んな通い詰めてるだろうと

皮肉めいた事を思っていると

俺の呟きを聞いていたマスターが

「蒼紫さんも占い興味あるんですか?」

と笑いながら問いかけてきた






アオシ「・・・興味はねぇな…

   例え見えたとしても…

   自分の未来さきは自分がよく知ってる」






( ・・・俺はもうじきあの寺に帰り… )






アオシ「・・・・・・」






もうだいぶ前から

分かりきっている自分の未来に

大して興味は無く…

やるべき事も分かっていた







女「・・・パッと別れて…

   今度は運命の相手が何処にいるのか

   また別の占い師にみてもらったら?」






「・・・運命の…相手がどこにいるか…」






( ・・・友達ダチだよな… )






耳に届いた言葉に眉を寄せて

うるせぇ席に顔を向け…

なんつーいい加減な

アドバイスをしてんだと呆れていると

バカ女は俺が思っていたよりもバカな様で

そんないい加減なアドバイスに

「ありがとう」と言っていた…






アオシ「ふっ…バカだな…笑」





マ「若いから 

  まだまだ可能性に溢れているんですよ」






マスターの言葉に「甘いな」と返し…

「あのバカに一杯作ってやってくれ」と頼んだ





マ「カクテルをですか?珍しいですね?笑」






アオシ「・・・愛だの恋だの夢見心地なバカだからな…」






そう口にしながら

あのバカ女が連れから

「夢乃」と呼ばれていた事を思い出し

名前までめでたいヤツだなとフッと笑った






アオシ「名は体を表すか…」





マ「何のカクテルにします?」





アオシ「・・・・・・」







さっきまでのわめいていた

不貞腐れ顔は消えてなくなり

ニコニコとした顔でスマホを眺めている

バカ女の姿を見ながら

また羨ましく思え…




俺が決して誰かに送る事のない

カクテルを送る事にした…






アオシ「パルフェタムールを頼む」






自分の未来さき

〝愛〟なんてモノは無い…




誰かにソレを与えた事も

望んだ事も無い…






( ・・・俺には何の意味もねぇからだ… )






もし…違う未来があるとしたら

こんな風に〝愛〟を

送る事もあったのかもしれねぇなと思い

今日一日を心忙せわしなく過ごした

あのガキに何となく送っただけだった…







( ただの気まぐれで…意味は無い… )







だから…グラスを片手に

尻尾を振って近づいて来たバカ女に呆れ

揶揄うついでに説教をしてやると…






「花の香りのするお酒は苦手なのよ!」






グラスを俺の前に置き

顔を真っ赤にさせて怒りながら

店から出て行った夢乃の背中を見て

やかましいヤツだな」と呟いた…






それが…

俺と夢乃の出会いだった…








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