〈ユメノ視点〉










着替えを済ませて

おじさんの部屋に走って行くと

見慣れた袈裟じゃない姿のおじさんがいて

少しドキッとした…






( いつもの部屋着とも違う… )






向こうで初めて会った時の様に

カジュアルだけど…

大人な雰囲気のおじさんに

何となく…甘えたくなった私は

襖を閉じて腕時計をつけているおじさんに

後ろからギュッと抱きついた






アオシ「化粧つけるなよ」





「・・・ついた事ないじゃない…」






そう言うと時計をつけ終わった手を

コッチに向けて差し出しながら

「鼻先掴んだだけで指についてただろうが」と

あのバーでの事を言ってきた






「あんなにギュッと掴めば

 誰のメイクだってげるわよ!」





アオシ「今日もまた懲りずに落書きみてぇな

    メイクしたんじゃねぇだろうな?」






いちいち皮肉めいた言い方をするおじさんに

ムッとするけれど

その声色は楽しそうに笑っているのが分かり

「おじさんのくせに…」と言いながらも

自分の口の端は上がっていて

更に強くおじさんに抱きついた






( おじさんが笑ってると…なんだか嬉しい… )






いつも眉間にシワを寄せた顔ばかり

向けられているからか

おじさんが笑うと

それだけでコッチまで笑ってしまう






アオシ「さっさと離れろ…」






甘い雰囲気はあっという間に終わった様で

いつもの淡々としたおじさんの声に

唇を尖らせながら離れると

目の前に鍵が差し出された






アオシ「住職と話してから行く」






先に車に乗って待っていろという意味なのが分かり

「早く来てよ」と言って受け取ると

「しおらしく頷けねぇのか」と言われ

頭に「はい」と頷く麗子さんの姿が浮かんできた





( ・・・何がしおらしくよ… )






勝手なヤキモチを妬き

面白くない気分のアタシは

おじさんがお参りの予定表を取ろうと

少し屈んだ時に顔を両手で掴みキスをした…





直ぐにパッと離れ「早くね」と言って

逃げる様に部屋から出て行き

自分の唇に手を当てながら

「ホワイトデーだもん」とニヤけていると

「夢乃さん」とお母さんの低い声が聞こえ

背中にゾクリとする寒気を感じながら振り向いた






母「世間ではそういう呼び名だけれど…

  うちには関係ない日よ?」






「すっ…すみません…」






バレンタインのおはぎ作りは許しても

こう言う所は相変わらず厳しく…

しまったと思いながら謝ると

「はぁ…」とタメ息を吐きながら

近づいてきて

彼岸会ひがんえの準備もありますからね」と言われ

「あっ!」とある事を思い出した






「お母さん…その…」





母「あぁ…足袋ね?」





「まだ…途中ですけど間に合わせますから…」





母「・・・・・・」






おじさんの住職就任式に着る

袈裟の手直しをさせてほしいとお願いしたけれど…

「ダメよ」と断られてしまった…






母「この袈裟は何代も前からの就任式で

  使われているものだから

  間違えましたで破かれたら困るのよ…」






「・・・・・じゃあ…」






就任式はおじさんの誕生日でもあるし…

おじさんにとって特別な日となる就任式に

何か身につけて欲しかった私は

足袋を縫わせて欲しいとお願いした






母「足袋を??」





「はい…就任式の日だけは…その足袋がいいです…」






お母さんは了承してくれたけれど

あまり不出来な出来栄えだったら

新しい市販の足袋を履かせますからねと

念押しもされていて

商店街にミシンの糸と生地を購入しに行き

箪笥たんすの奥で眠っていた

ミシンでカタカタと作り始めたけれど…






「えっ!?エッ!?」






ネットの作り方を見ながら作っても

中々上手くいかず

足の指部分のカーブが何度やってもズレてしまい

材料を何度も購入しに行っては塗ってを繰り返し

上手くできたのは片方だけで…

もう片足分が残っていた…





明日はもう15日で18日から始まる

彼岸会の準備で多分お昼は無理だろうし…

夜は夜でおじさんが家にいるから

何処か空いた時間を見つけて縫う予定だけど…






母「26日まではまだ少しあるから

  出来る所までやってしまいなさい…」






「はい!あっ…お土産買ってきますね?笑」






母「・・・・行ってまいります…ね?」






「ぁ…はい…行ってまいります…」






相変わらず煩いなぁと思いながら

頭を下げて自分の部屋へと行き

一泊二日にしてはだいぶ大きめなバックを手に取り

「夜もバッチリだもんねー」と

ウキウキとして重い荷物をトランクへと積んで

助手席で足をぶらぶらとさせながら待っていても

中々現れないおじさんに

「お父さんも気をつかって話は短めにしてよね」

と失礼な事を口にしていると

やっとおじさんの姿が見えた






「遅い!!23分も何してたのよ…」





アオシ「・・・いちいち測ってるのか」





「8時出発が…8時半になったもん…」






呆れた目を向けられながらも

「早く」と再度声をかけ

嫌味の様なタメ息を吐いて

荷物を乗せるおじさんに

「荷物多くない?」と首を傾げた






アオシ「何があるか分かんねぇからな

   袈裟や草履を一式積んで来た」





「確かに…お葬式って予告できないもんね」






アオシ「予告ってお前…」






「ほら!結婚式とかは何ヶ月も前から

 招待状届いててコッチも

 ご祝儀だったり、ドレスだったり準備できるけど

 お葬式は突然だもんね…」






アオシ「・・・お前しれっと普通にしてるみてぇだが」






おじさんの言葉に「へっ?」と顔を横に向けると

ジロリと言うような冷めた目をコッチに向けていて

何かしたっけと考えていると

「犯罪だぞ」と言われた






アオシ「合意の無い一方的なキスは犯罪だからな」





「・・・・嫌だった?」





アオシ「・・・・はぁ…気をつけろ…」






嫌じゃない事は何となく分かっていたし

それ以上攻めようとしないおじさんに

自分からしたのはおじさんが初めてだと告げると

何の反応もせずにエンジンをかけて車を発進しだした







「・・・・ねぇ…ちゃんと聞いてた?」






アオシ「・・・・・・」






「・・・・訴える?笑」







おじさんが照れてる様に感じて

洋服を軽く掴んで笑って揶揄からかうと

顔を前に向けたまま「うるせぇ…」と

不機嫌な声が返ってきた







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